第19話 拾われ子は山道を往く

 西大陸北東に、砂漠との境目に聳え立つ岩壁がある。


『(昇格試験で遠目から見た時も大きいとは思ってたけど、近くで見ると圧倒される……これを登るのは時間かかりそうだなぁ……)』


 スイは口を開けて見上げていたが、顔を正面に向けると岩壁の外に作られた階段を上がり、中に作られた道を歩いていく。

 時々分かれ道があるのは、崩落等で地形が変わって新しく道を作り直した為だ。


『(結構しっかりとした道。作ったのは地魔法持ちの人かな)』


 地魔法は岩の形を変えたり、砂や土をレンガに変えたり、その逆の事も出来る。道作りや、西大陸の場合だと家作りにも使える。水魔法と同等に日常生活では重宝されている魔法だ。


『(風は基本、戦闘以外では使わないんだよね……あと闇もか)』


 火は炊事に、光は明かりに使われるが、風と闇は日常生活にはほぼ使用用途が無い為、活躍の出番は少ない。

 しかし風は、延焼や地盤崩れと言った発動の際の周囲への被害があまり無いので、直接の攻撃魔法が無い無属性を除いた六属性の中では光の次に戦闘で全力を出しやすいと言える。真に不憫なのは闇属性持ちの人間だろう。


『(闇は精神ダメージの魔法が多いからなぁ……一部の人からは差別を受ける程嫌われているし)』


 日常生活では風より使う場面が無く、位の高い魔法になる程与える精神ダメージが大きくなる闇魔法は、使い方次第で相手を廃人にする可能性がある。

 王都がある中央大陸の象徴である光と対極に位置する事もあって嫌う者が少なくない。

 闇属性持ちと知られたり、持っていなくても眼の色が紫系統の色だと、闇属性持ちと疑われて差別に遭う人もいると言うのをスイは養祖父母から聞いていた。


『(……闇龍あんりゅうは、光と同じく中央大陸にいるって噂だけど、どうなんだろう)』


 全七属性の内、地水火風光の五属性はそれぞれが各大陸の象徴となっており、無属性にはそれが無い。

 地は西大陸、水は北大陸、火は南大陸、風は東大陸、そして光が中央大陸の象徴であり、それぞれを司る神龍も各大陸の何処かに居ると言う話だ。

 中央大陸は他の四大陸と違い、極端に過酷な地形は無く、気候も穏やかだ。王都があり、五大陸の中では最も平和で過ごしやすいので住む人も多い。最も繁栄している大陸だ。

 栄えて光が強く眩くなる反面、そこに抱える闇も深く濃くなる。故に、中央大陸には光と闇、二柱の神龍が居るのではと言うのが闇龍に関する噂だ。

 しかし他の五属性も含め、出逢った事があるという人間の話は聞かない為、いずれの神龍も御伽噺の存在となっている。


『(紫色の眼……そう言えば……っ、!?)』


 何処かで何かが崩れる音が聞こえて、スイは思考を中断した。進行方向からは何か重い物が落ちた音もした。

 そこから感じる気配に、スイは覚えがあった。足を速めて、物陰に隠れて先を窺うと動く岩が三つ。


『(あぁ、やっぱり。やけに静かだからもしや居ないのかと思ったけど……)』


 そんな訳は無いな、とスイは上半身を左右に捻って戦闘準備に入った。風の魔力を手に集める。

 岩蟹ロッククラブが自分に気付いていないのを確認して飛び出すと、三発の風魔法を放った。




『(……これで何匹目だっけ……)』


 岩蟹をアイテムポーチに入れながら、スイは指をひとつ、ふたつと曲げた。解らなくなって、結局把握するのを諦めた。

 岩蟹はEランク昇格試験の指定モンスターだったが、砂漠だけではなく山岳地帯にも生息する。寧ろ山岳地帯が主な生息場所だ。地属性持ちで環境が合う事もあり、西大陸北東部の砂漠地帯にも出没する。


『(今がこの辺だからこの先は……)』


 地図を見て進みながら、地形も確認する。山道に入った時に発動させていたマッピングのスキルで頭の中の地図も更新していく。

 外へと続く道を歩き、スイは日射しと空気に熱されながら岩壁に作られた道から砂漠を見下ろした。


『(……だいぶ登ってきたなぁ……休憩しよう)』


 スイは座り込むと、アイテムポーチから水筒を出して水を飲んだ。屋台で買った物とリリアナから貰った物、どっちを先に食べるか悩んで、屋台の方を選んだ。前日にレジナルドに奢ってもらったのと同じ屋台の物だ。ソースだけは前日と違い、辛めの物を頼んだ。


『(ちょっと辛いのが癖になる……ハマりそう……)』


 咀嚼しながら景色を見る。

 視界いっぱいの砂漠は広大で、果てが見えない。中にいると広いと思えたオアシスは、岩壁からはポツンと小さく見えた。西を見ると遠くに西の果ての森らしき緑色も見える。


『(西大陸だけでもこんなに広い。他の四大陸も早く行ってみたいなぁ)』


 水を飲み、包み紙を丁寧に折畳んでポーチに入れると、零した野菜を払ってスイは立ち上がった。


『(野菜を零さない上手な食べ方を知りたい)』


 そんな事を考えながらスイは山道上りを再開した。時折遭遇する岩蟹は風魔法で、洞窟蝙蝠ケイブバットはナイフの刃が通るので練習を兼ねて近接戦で倒して行った。

 そうして何度目かの外へと続く道を出て、思わず声が出た。


『道が無い……』


 地図を見ると、この岩壁外側の道を通ってまた中に入らなければならないが、崩落してしまっている。


『(さっきの音は多分これかな……滑るからこんな高い所ではやりたくないけど、回り道は無いみたいだし……)』


 スイは少し考えてから、水魔法で出した水を氷魔法で凍らせ、氷の道を作った。


『(慎重に、慎重に……)』


 滑って転落死なんて、色んな意味で目も当てられない。養祖父母にも合わせる顔がない。

 スイは壁に手をつきながら進んだ。途中、足が片方外側へと滑り、びたんっと音を立てて転んだ。


『…………!!』


 ドッドッドッドッ、と早鐘の様になる自分の鼓動を、スイは氷の道にしがみつく様に爪を立てながら聞いた。


『(アードウィッチに着いたらすぐにギルドに行こう……!)』


 道が地図と違う場合は、報告すればギルドから人員を派遣してくれるとセオドアから聞いている。帰りの自分の為にも、絶対に報告しなければと心に決めて、そろそろと立ち上がってゆっくりと足を運んで氷の道を渡りきった。


 その後も内側で一箇所崩落があったが、幸いにも他に道があり、回り道をして先に進んだ。

 外側で起きていた二箇所目の崩落は、半階層程一旦降りる形にはなるが地図ではその先に上へと続く道を確認した為、助走をつけて別の道へと飛び移った。


『(予想しないタイミングで落ちそうになるより、こっちの方がずっと良い)』


 転落しかけた事が、スイには軽くトラウマになっていた。


 上がって上がって、時々下ってはまた上がってを繰り返し、本当にこの山道は町に続いてるのかとスイが思い始めた頃、立て札と出口が見えた。この先アードウィッチ、と書かれている。

 出口を抜けると、外は太陽が沈みかけ、町は夕陽の橙色と影の黒色で二色に染まっていた。

 窪地には地魔法で作ったと思われる石材の建物が並び、周りを囲む様に聳え立つ山肌にも出入口と思しき穴が空いている。


『…………!』


 山岳地帯全体がひとつの町となっている様子に、スイは感動した。オアシスの町しか知らないスイには、新鮮さしか感じられず、きょろきょろと見回しながら道を下る。

 途中で出会った人に道を訊いて、アードウィッチのハンターズギルドに向かった。


 町のほぼ中心部に建つハンターズギルドに辿り着き、スイは扉を開ける。中に居たハンター数人が目を丸くした。


「子ども?」


「親の遣いか?」


 何人かの言葉が一人、また一人へと伝わり、スイに向けられる視線を増やしていく。


『(懐かしい。あまり良いものじゃないけど)』


 一ヶ月前にオアシスに来た時もこうだったと思いながら、スイは受付の前に来た。見慣れてはいるが、不思議な物を見つける。


『(踏み台がある……)』


 オアシスのハンターズギルドから連絡がいっていたのだろうか。いやそんなまさか、と思いながらもスイは踏み台に乗った。


「おや、可愛らしいお客様だ。ようこそ、ハンターズギルド、アードウィッチ支部へ。親御さんのお手伝いでご依頼かな?」


 そう尋ねて来たのは、大きめの鼻に豊富な顎髭、ずんぐりむっくりとした体型の男性だ。


『(ドワーフだ……!)』


 養祖父母から聞いた話や、本の挿絵で見た通りの容貌でスイは思わずじっと見た後、首を左右に振った。


「ではどう言った御用で……おや、それは……!?」


 ドワーフの男性はスイの首に下げられたハンターの証に気付き目を見開いた。

 スイは用件を告げる。


『ボクはハンターです。オアシスのハンターズギルドから運搬依頼を請けて、アードウィッチのハンターズギルドへ荷物をお届けに来ました』


 ざわりと周囲から声が上がる。


「あの子がハンターだって……!?」


「……そう言えば、一ヶ月位前にオアシスで……」


「あれか、史上最年少で試験に合格した子どもがハンターになったって話か!」


『…………』


 気恥ずかしいのを我慢して、スイは受付にオアシス支部からの荷物と受領証を置いた。


『荷物の確認と、こちらにサインをお願いします』


「……わ、解りました。少々お待ちください」


 男性は受付を離れ、奥の方で箱を開けて中身を確認している。遮蔽物となっていた男性が居なくなり、受付の奥の方からもスイに視線が向けられた。


『(これ、もしかして何処行ってもこうなるのかな……それはちょっと嫌だなぁ……)』


 顔には出さずにゲンナリしていると、男性が戻ってきて受領証にサインをした。


「お待たせしました。確かにオアシス支部から連絡があった荷物と確認しました。こちら、受領証をお返しします……失礼と存じますが、お名前とランクを窺ってもよろしいですか?」


 スイは首から下げているハンターの証を外して提示しながら答えた。


『Eランクハンターのスイです』


「やはり、最年少ハンターの……! いや、失礼しました。支部長がお待ちでして、心苦しいのですが、すぐに呼んできますのでこのままお待ちいただけますかな?」


『え? あ……はい』


 何でアードウィッチの支部長が自分を待ってるのか。

 心当たりが無いスイは困惑したが、腰と身長の低い男性にとりあえず了承の返事をして、証を首にかけた。


「待たせたな!」


『わっ! ……人?』


 勢い良くロビーへと続くドアを開けて出てきたのは、セオドアよりも長身で横幅も相当にある大柄の人間の男性だった。赤銅色の髪に薄墨色の眼を持ち、声も大きい。

 受付の男性から、ドワーフのイメージが定着していたスイは、ついポロッと思った事を零してしまう。


「何だ、支部長もドワーフかと期待してたのか?」


『あ、すみません……!』


「良い、良い。構わん。この町に来たのは初めてか?」


『はい』


「なら、ドワーフのイメージが強いのも仕方無い。おっと、自己紹介が遅れたな。ハンターズギルド、アードウィッチ支部長のヴァレオンだ」


 差し出された右手にスイも右手を重ねて自己紹介をする。


『初めまして、Eランクハンターのスイです』


「礼儀正しいな。こいつらとは大違いだ」


 周りを見ながらそう言ったヴァレオンに、周囲から野次が飛ぶ。


「アンタが一番粗野に見えるぞ!」


「坊主! 支部長に虐められたら俺達に言うんだぞ!」


「誰が虐めるか! おい今言った奴後で評価下げるからな!」


「横暴だ! 権力乱用だ!」


 ヴァレオンとハンター達のやり取りにスイは思わず笑ってしまった。


「お、笑ってる笑ってる」


「緊張してたもんなぁ」


 緊張してたのだろうか。そんなつもりは無かったけどと思いながらスイは頬を揉んだ。


「さて、もう日暮れだが宿は取ってあるか?」


『あっ、まだです』


「そうか、ならば此方で宿に連絡をしておく。ここまでの話を聞かせて欲しいから、少し付き合え。ヨルク、ハンマーに一人一晩の予約を入れて置いてくれ。マルガルト、飲み物二人分頼む」


「かしこまりました」


「了解しました」


『ハンマーに予約……?』


「ハンマーってのは宿の名前だ。ギルドを出て真っ直ぐ進み、十字路を右に曲がって右側三件目にある。ほら、入れ」


 支部長室へと案内されてソファーに腰掛ける。すぐにマルガルトと呼ばれていた女性が飲み物を持ってきて、二人の前に置いた。


「運搬依頼ご苦労だったな。道中何も無かったか?」


『道が何ヶ所か崩れていました』


 絶対言わねばと思っていたスイが、被せ気味に答えた。


「またか……場所はどの辺か分かるか?」


『えっと……』


 スイはオアシスのハンターズギルドから渡された地図を広げて、崩落箇所を説明する。


「詳細な情報で助かる。後で舗装が得意な奴を派遣する。遅くても三・四日程で片付くと思うが、問題無いか?」


『はい、何日滞在するかはまだ決めていないので』


「何だ、観光目的もあったのか?」


『観光と言うか……』


 スイは、養祖父マリクからの頼まれ事でアードウィッチに住む鍛冶師に用がある事と、自分に合う武器を探している事を話した。


「……三週間程前にオアシス支部からハンターマリク逝去の通達が来ていたが……そうか、スイがマリク殿の孫か……この度はお悔やみ申し上げる」


 各地のモンスターの出没情報や指名手配情報だけでなく、ハンターの情報も本部・各支部間で共有される。特に上級ハイランクハンターに関しての情報共有は早い。


『……ありがとう、ございます……』


 ヴァレオンの言葉に、スイは頭を下げた。


「マリク殿からの頼み事は何か訊いても良いか?」


『すみません、ボクも詳しい事は聞かされていないんです。ただ、手紙をゲルベルトと言う鍛冶師に渡して欲しい、と。その先の事は奴に任せてあると言っていました』


「ゲルベルトか……」


『この町にいらっしゃいますか?』


「あぁ、地下の方に住んでる。この町一番の鍛冶師だ。依頼を選ぶわ頑固だわで、気難しい職人の手本みたいな爺さんだ」


 色々情報が出てきたが、スイはとりあえず気になる事を聴いてみた。


『……地下? 地下があるんですか?』


「あぁ、山と窪地ここだけだと思ったか? この下に地下街があってな、そこにも人が住んでる。地上と地下、どちらにもドワーフと人間が住んでるが、比率で言えば地上は人間、地下はドワーフが多い」


『へぇぇ……』


「ゲルベルトも含め、鍛冶屋は殆ど地下だ。鉱石を採ってきて上まで運ぶのが手間だからな。今日はもう遅いから、場所は明日教えてやるよ。マリク殿と親交があったなら、彼の孫のスイを邪険にする事は無いだろ……多分な」


 最後に付け加えられた一言に不安を覚えながらスイは水を飲み干した。

 二人立ち上がって部屋を出てロビーに向かう。


「それにしても、あの爺さん本当によく客が来るな……二週間前にも一人、ハンターが訪ねてきてな……おっと噂をすればってやつか」


 ギルドの扉が開き、一人の男が入ってきた。


「よう、シュウ。また爺さんを口説きに行っていたのか?」


『!!』


「その言い方はやめろと何回言ったら解るんだ、支部長」


 シュウという名前。長身痩躯で青みがかった黒髪に、視線の読めないゴーグルと腰に下げた細い剣。

 オアシスでレジナルドが教えてくれた、東大陸で知り合ったと言うハンターその人だった。

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