第18話 拾われ子は運搬依頼を請ける

 雲ひとつ無い、絵具をそのまま塗った様な濃い青が広がる空の下で、砂漠は今日も風に砂を運ばせて砂丘を作っている。


 スイがオアシスに来てから一ヶ月が過ぎようとしていた。

 その間、スイは変わらず宿屋ブレスで寝泊まりをし、依頼を受けては完遂してギルドからの評価を上げていた。特に生体捕獲依頼は無傷で捕獲するので、薬屋や素材買取所からも高評価を得ている。


「はい、今回もA評価ですね。証をお返しします。凄いですね、スイさん……! 今の所請負った依頼は全部A評価ですよ! これならもう少しでDランク昇格試験の受験条件に到達出来ます!」


 興奮気味に話すのは兎の獣人であるポリーだ。歳は十七歳で、淡いピンク色の髪と同色の耳がピンと立っている。


『Dランクに上がれば、大陸間の移動制限が解除されるんですよね?』


「そうです。FとEは下級ローランクなので適性試験を受けた大陸内でしか活動出来ませんが、Dからは中級ミドルランクとなりますので他の大陸にも行けるようになりますね」


 ハンターの証は公的身分証明書になるが、発行されてすぐに大陸間を行き来する事は出来ない。

 中央大陸以外の四大陸は危険度Dランク以上の敵がそこかしこに生息しており、端に行けばAやBと言ったランクのモンスターも生息している。駆け出しのハンターを守る為にも、下級ランクの間は移動制限をしている。

 これは中央大陸でハンターになった者にしか意味を成さない様な制限だが、まずは自身が生まれ育った土地でモンスター討伐に慣れさせると言った意味もあるので中央以外の四大陸でも施行されている。


「この後も何か依頼を請ける予定ですか?」


『どうしよう……掲示板見てから考えますね』


「解りました」


 スイ専用の踏み台を降りて掲示板の方に向かうと、セオドアとレジナルドが掲示板の前に立っていた。レジナルドの手には一枚の依頼書がある。

 何となくその依頼書に目を向けた時、スイは思わず声を上げた。


『あっ』


「ん?」


「どうした、スイ」


 二人に目を向けられたが、スイの目はレジナルドが持つ依頼書に釘付けになっている。

 その依頼書には「運び先:アードウィッチ」と書かれていた。西大陸北東にある山岳地帯に作られた町で、ドワーフと人間が共存している。


『……その依頼、レジナルドさんが請負うんですか?』


「これか? これはDランクだから俺は基本受けられない。特別な事情がない限りは下のランクのハンターが優先される」


 冒険者もハンターも、現在のランクに見合った依頼を請負わねばならないと言う規則がある。これはハンターの、請負える依頼は自分のランクのワンランク上までと言う規則にも通ずる。

 上級ハイランクハンターは、後進の為にも中級ランク以下の依頼は受けられない。例外的に請けるのが認められるのは、人手不足且つ急な依頼の時だけだ。


「もしかして、これ請けたいのか?」


『はい、もし良ければ譲ってもらえないかと思ったんですが……』


「良いぞ、さっき言った様に俺は受けられないからな。セオドア、スイも請けたがっているし、ちょうど良いんじゃないか?」


『?』


 疑問符を浮かべて自分達を見上げるスイに、レジナルドはしゃがんでスイの顔を見た。


「いやな、俺は元々この依頼をスイに勧めようと思ってたんだ。そしたらセオドアが渋ってな」


「……マリク殿の事もあるし、俺もスイに行かせたいのは山々なんだが、ちょっと今はな……」


『強いモンスターが出るとかですか?』


「いやそういうんじゃないんだが……」


 歯切れの悪いセオドアに、スイが未だ疑問符を浮かべているとレジナルドが説明を始めた。


「スイの昇格試験の時、俺が今回、東大陸で知り合ったハンターと一緒に西大陸に来たって言ったのを覚えているか?」


『はい』


「西の関門を抜けた後、俺はオアシスに来たがアイツはアードウィッチに行ったんだ。どうやらセオドアはそのハンターの事が気に食わんようでな」


『……あれ? それって、半月以上前の話ですよね? 今もいる可能性は……』


「無くはない。アイツは武器の調子が悪いから見てもらうと言っててな。直すのならまだしも、新しく打つとなったら日数がかかる。まだ滞在している可能性は十分あるんだ。それに、用が済んだらオアシスに寄るって言ってたが、まだ来ていないようだしな」


『その人は、何か問題ある人なんです?』


 セオドアに訊くと、頭を掻きながらセオドアは唸る様な声で答えた。


「……Bランクハンターで、依頼は今の所すべてA評価。ハンターらしく単独行動を好むが、連携も出来て、リーダーとして人員を動かす事も出来る。他のハンターからも一目置かれている」


『……完璧な人に聞こえますが……』


 そんな人の何が問題なのかと言いたそうなスイに、セオドアもしゃがみ、小声で話を続けた。


 大の大人が二人、子どもに合わせてしゃがんでいる。傍から見れば微笑ましくて、受付内ではポリーを始めとした職員達がほっこりしていた。


「……数年前にも一度オアシスに来た事があるんだが、その時町を歩き回ってはどうも子どもを見ていた様でな……」


「おい、アイツがロリコンだって言いたいのか?」


『ロリコン?』


「気にするなスイ。レジナルド、そうじゃない。人攫い共の一味の可能性があるって事だ」


 早口でレジナルドの言葉を否定したセオドアにスイは目を向けたが、まだ知らなくて良いと言われた。


「……あぁ、そう言えば西大陸はその問題を抱えてたな……すまん、忘れていた」


「実際、奴が町を出た後に子どもが二人行方不明になった。偶然かもしれないが、そうじゃない可能性も大いにある」


 スイは疑問に思った事を口にした。


『……ハンターが人攫いに加担している事ってあるんですか?』


「遺憾だが、悪行に手を染める奴はいる。ハンターだけでなく冒険者もな。上級でも例は少ないがいない訳じゃないし、上級だからこそ、周りからの信頼は厚いからそれを利用して声をかければ子どもを攫うのは容易い」


 ハンターは命を懸けて人を助ける職業だ。

 モンスターと戦うマリクを何度も見たし、マリクからも他のハンターの話をスイは何度も聞いた。だから憧れた。


『…………』


 憧れたハンターが、誰かを助ける為に戦うハンターと言う存在が、誰かを傷付けるなんて、悲しい。

 スイは唇を噛んだ。


「この町に、裏切り者はいないと言いたいが断言は出来ないし、そもそも奴は外から来たハンターだからな……疑っておくに越した事はない」


「ぬぅ……俺にはそんな奴には見えなかったがな……だがしかし……」


 人には裏表がある。一面だけでは、その人となりは把握しきれない。レジナルドもそれを解っているから否定出来ない。

 スイは養祖父母から言われた言葉を思い出した。


『……ボク、その依頼を請けます』


「スイ……しかし」


「その人は、人攫い達の仲間って決まった訳では無いですよね?」


「あぁ」


『噂は判断材料のひとつにはなるけれど、噂だけを信じて判断するのはやめなさい。おばあさまとおじいさまから言われた言葉のひとつです』


「!?」


『子どもを見てたのは本当なのかもしれませんが、人攫いかどうか、ボクにとって害がある人なのかどうかは、会って話してからボク自身が見極めます。だからその依頼、ボクに行かせてください。もしかしたら、擦れ違いで会わない可能性もありますけど』


 それに、とスイは続けた。


『アードウィッチは、おじいさまに頼まれた事もあるので早めに行きたいと思ってたんです』


「そうだよなぁ……」


 セオドアは額に手を当てて、眉を下げてスイを見た。そんなセオドアにスイは常々思ってた事を言葉にした。


『セオドアさんはボクに対して過保護じゃないですか……? ハンターズギルドの支部長は、ハンター全員に平等でなければならないっておじいさまから聞きました』


「ぐっ……!」


「はははは! それはそうだ。それはスイとハンターマリクが正しい。なぁセオドア?」


「しかし……ぬぅぅ……」


 しかし、子どもを守るのは大人の役目だ。

 そう言おうとして、セオドアは詰まった。

 適性試験に合格してハンターになった以上は例え子どもでも一人前の人間として扱う。それがハンターズギルドの方針だ。

 支部長のセオドアがそれに反する事は出来ない。


「……解った。スイがアードウィッチへの運搬依頼を請ける事を許可する。但し、充分に準備をしていけ。アードウィッチへは山、と言うか最早崖だな。崖に作った道を上って行く事になる」


 セオドアは受付に一度行くと、地図を持ってきてスイに渡した。


「地図は渡すが、時々崩れて地形が変わっている事もあってな……回り道を繰り返したり迷ったりすると朝から出発しても一日では町に着かない事もある」


『おぉ……』


 予想以上のハードな道程になる可能性に、スイから戸惑いの声が漏れた。


「食料は数日分、回復薬等も数を準備しておけ。いつ頃此処を発つか、もう決めてるか?」


『出来れば今日中に準備して、明日早朝にと考えています』


「解った。町を発つ前にギルドに寄ってくれ。その時に荷物を渡す」


『解りました』


「アードウィッチは物作り、とりわけ鍛治が盛んな町だ。良い鍛冶師を見つけたら交渉して武器を打ってもらうのもアリだぞ。ほら、依頼書」


 スイの空いた右腰を見てレジナルドがそう言うと、スイは真剣な顔で頷いた。

 スイは依頼書を受取ると受付で手続きを行い、ギルドを出た。すると、すぐに後ろからレジナルドに呼ばれた。


「メシはもう食ったか?」


『まだです』


「じゃあ一緒に食おう。勿論俺が奢る」


 レジナルドに連れられて、スイはある屋台のサンドウィッチを奢ってもらった。薄めの袋状の生地に、野菜と肉がぎっちり入れられ、ソースがかかっている。

 道端に置いてある箱にそれぞれ腰をかけて食べ始めた。


『美味しい……!』


「食べた事無いのか?」


『はい、いつもは宿屋のオーナーさんにお願いしてお昼ご飯作って貰ってるので』


「なるほどなぁ、店によるがその方が安く済む時もあるからな……スイ、食べながらで良いから聞いてくれ」


『は、はい……むぅ……!』


 野菜を零さないようにと悪戦苦闘しながら食べているスイに笑いながら、レジナルドは話し始めた。


「さっきはセオドアがいたから話すのを躊躇ったが……俺はやっぱりアイツは人攫いとは無関係だと思ってるんだ。確証は無い。ただの俺の勘だ」


『……はい』


「だから最終的には、さっきスイが言った様に、スイが直接会ってアイツがどっち側の人間か判断してからで良いんだが」


『はい』


「もし、敵じゃないと思ったら戦い方を訊いてみると良い」


『戦い方を、ですか?』


「そうだ。スイは恐らく、身体強化ストレングスを使えないな?」


『……はい』


 身体強化は無属性魔法のひとつだが、同じく無属性魔法の中級である変装ディスガイズを使えるスイは、下級の身体強化が使えない。

 マリクに教わり何度も練習したが、適性が無いのか習得出来なかった。


 無属性魔法は、地水火風光闇のいずれにも属さない魔法の総称だ。一言で無属性と言っても、細分化すると幾つかの種類に分けられる。

 アイテムバッグやポーチ等に付与されているのは空間魔法だが、身体強化は補助魔法だ。

 そして魔法がひとつ使えるからと言って、その魔法が属する性質の魔法すべてが使える様になるのかと言ったらそうでもない。修練を積んでも使えなかった場合、その魔法そのものと相性が良くない可能性がある。


「やはりそうか。魔法や魔法剣で戦おうとするからもしやと思ったが」


『練習はしたんです。でもどうしても使えなくて……』


「そういう人間もいる。相性が悪いとかな。身体強化魔法が使えないと、魔法が効きにくい敵と遭遇した場合、スイは戦えない」


『……はい。だから、それを補える武器が無いか訊きたいのもあって、アードウィッチへの運搬依頼を請けたかったんです』


「そういう事か」


 レジナルドは、依頼書を持っていた時に向けられたスイの焦燥の目の理由を理解した。


「スイ、武器の強さは大事だが、それにだけ頼っていてはいけない。武器が手元に無い時に戦えないのは危険だし、武器に依存してしまう可能性がある。そっちの方が危うい」


『……はい……でも、今のボクじゃ……』


「そこなんだ。俺が話そうと思ったのは」


『?』


「アードウィッチに行ったハンターは、魔法を使わずに身体強化をしていた」


『!? そんな方法があるんですか……!?』


「ある。と言っても詳しくは俺も知らんから、説明は出来ないが。教えてもらえるかは解らんが、危険な奴じゃないと判断したら訊いてみると良い。シュウと言う名前のハンターだ。特徴だが――」


 レジナルドはその人物の名前と外見的特徴をスイに伝える。


『……解りました、ありがとうございます』


「あぁ。そうだ、世話になってる宿にはちゃんとオアシスを離れる事を話しておけよ。もしも武器を打ってもらうなら、さっき話した通り結構日数がかかる。暫くオアシスに戻って来れなくなるからな」


『はい。因みに、打ってもらうなら大体どれくらい掛かりますか?』


「二週間前後が普通じゃないか? 物によってはもっと掛かると思うが」


『二週間……!?』


 予想以上の期間にスイは訊いておいて良かったと思った。ちょっと留守にする程度の話をしたら、心配をかける事になったかもしれない。

 宿屋のオーナー夫妻の他に、ネイトとエルムにも話しておこうと決めて、スイは結局服に零していた野菜を払い落とした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る