第16話 拾われ子は歴史を語る

『…………』


 道具はいつか壊れる。それは解っているけれど、割り切れない。


「ス……スイ君……?」


 名を呼ばれて振り返ると、エルムが立っていた。


『……ストーカーしてました?』


「し、してないよ! 今日は本当にたまたま……!」


 慌てふためくエルムにスイは笑う。解ってて、ちょっと意地悪したのだ。


「あ、怪我してるけど、大丈夫……?」


『擦り傷なので大丈夫です。放っておいても治ります』


「そ、それなら良いけど……じゃあ、今って忙しいかな? 話、出来たらなって……」


 一度エルムから話を聞いてみようと思っていたし、気分転換には良いかもしれない。

 スイは了承して、良い場所が無いか訊くと、エルムは少し考えた後に人が多すぎず少な過ぎない通りにある小さな空き地にスイを案内した。

 樽や木箱が置いてあるので、二人ともそれぞれ腰掛ける。


「お仕事終わったんだよね、お疲れ様……あれ、石、変わった……?」


『ありがとう。さっき昇格試――』


「あれ、スイ?」


 呼ばれた方に顔を向けると、ネイトが木箱を抱えながら立っていた。


「昇格試験終わったのか?」


『終わった。合格したよ』


「マジか、おめでとう! いやスイなら当然か……あれ、そっちは……」


「え、えっと……あの……」


 バレット系の魔法の様に喋りだしたネイトにおろおろしているエルム。正反対だな、と思いながらスイは助け舟を出した。


『エルム君、こっちは防具屋のネイト。ネイト、この子はエルム君。この間知り合った』


 簡潔に紹介すると、エルムは会釈し、ネイトはよろしくと挨拶した。


「今暇なのか?」


『エルム君と話そうとしていた所』


「じゃあ、コレ置いたら戻ってくるから俺も混ぜろよ。色々話聞かせてもらおうぜ、エルム」


「え、え、」


「すぐ戻ってくるから待ってろよ!」


 何が入ってるのか、ガタガタ箱を鳴らしながらネイトは走っていった。


「…………」


『大丈夫です?』


「う、うん。ちょっとビックリしたけど……その、友達?」


『…………………………多分?』


 何をもって友達と定義するのか解らないが、一応そういう事にしておくかとスイは首を傾げた後に頷いた。


「そっか…………あ、あの、さ。僕にも……普通に話してくれないかな?」


『?』


「敬語じゃなくて……その、ネイト君に話してたように。多分、僕ら歳同じ位だし……僕は十歳だけど、スイ君は幾つ?」


『十歳。じゃあ、普通に話すね』


「う、うん!」


 ニコニコと笑うエルムを見てると、ネイトが戻ってきたので三人で話す事にした。と言っても、二人がスイに質問を浴びせるので、スイは訊かれるがままに森での生活や、ハンターとなってから遂行した依頼の事を守秘義務に違反しない程度に話していく。


「……あの森で暮らしてたとか凄い……」


「適性試験の日の話もやばいだろ……お前良く生きてたな……」


『(若干引いてるのが解せない)』


 聞いてくるから話したのに、とスイは内心憤慨した。


「はー……でも凄いな。物語みたいだ。あ、そうだ、俺訊こうと思ってた事があるんだけどさ」


『……何?』


 少しだけ不機嫌を顔に出したスイに気付かず、ネイトは質問を続けた。


「冒険者とハンターって、何が違うんだ? それぞれギルドがあるし、分かれてるって事は、何か違うんだろうけど……」


「そ、それ僕も知りたい……!」


「な、イマイチ解んないよな」


『……あぁ、まぁ、確かに……』


 やってる事は似たような事だし、昔と今では変わった事もあるので解りにくいかもしれない。そう思ったスイは前置きして話しだした。


『ボクも、おじいさまから聞いた範囲でしか説明出来ないんだけど――』


 冒険者とハンター。

 今ではどちらも人々からの依頼を請負い、報酬と引換に働く職業だが、その歴史はハンターの方が古い。昔は冒険者と言う職業は無かったのだ。


 その昔、結界は今とは違い王都にしか無く、人々はモンスターに脅えながら暮らしていた。村から村への移動すら大変な危険が伴う。そんな中、頼られるのは腕っ節の強い者達だった。

 彼等は村人に請われては報酬と引換に畑を荒らすモンスターを討伐したり、用があって別の村に行かなければならない者に着いていき護衛をした。

 やがて彼等は狩人ハンターと呼ばれ始め、モンスター討伐を生業とする様になった。コレがハンターの起源である。


 世界中でハンターの数が増え始めた頃、王都が正式にその存在を認可した。同時に、ハンターズギルドを設立し、各地に支部を作った。

 人々が依頼を直接ハンターにではなく、間にギルドを通す事で、依頼者側もハンター側も相手の不正で不利益を被る事がないようにした。


 そして時代は移ろい、生活が変わる事で人々からの依頼にも変化が生じてきた。

 モンスターを討伐して欲しいだけではなく、「素材を採取してきて欲しい」「橋が壊れたので直して欲しい」「荷物を隣町まで運んで欲しい」と言った、討伐以外の依頼が増え始めたのだ。

 時代の変化に伴い、ハンター達も変わり始めた。歳をとって討伐が厳しくなった者、家庭を持った為に危険な依頼を請負えなくなった者達がそういった依頼を請負う様になった。

 討伐がメインでは無く、依頼によっては長距離の移動も伴う。依頼が無い時は外に行って素材採取をしたり、ダンジョン等で稼ぐ者も出てきた為、彼等は自分達を「ハンター」ではなく「冒険者」と名乗る事にした。


 やがて冒険者も数が増え、王都に正式に認可され、冒険者ギルドが設立された。

 モンスター討伐はハンターズギルドを、それ以外の依頼は冒険者ギルドを通す様になり、住み分けがされたのだ。

 

『――って言うのが、ハンターと冒険者の違い。と言うか、歴史。今では、依頼によるけど冒険者もモンスターを討伐する事が普通だし、上級ハイランクモンスターと遭遇する危険性が高い依頼は討伐依頼じゃなくてもハンターズギルドの方で受けるから、ふたつの垣根は有って無いようなものになってる』


 ふぅ、とひとつ息をついてスイは続ける。


『その内、ハンターと冒険者はひとつの職業になるんじゃないかっておじいさまは言ってた』


「はー……どっちか無くなるって事か?」


『うん。ギルドも合併して。でも、そうなったら適性試験はどうなるんだろうね』


「あ……そうだよね。今は冒険者は十五歳からだけど、ハンターは年齢制限無いし……」


「そういや、何で冒険者は年齢制限あってハンターは無いんだ?」


『家の修理とか、畑の手伝いと言った依頼もあるから、あまり裕福じゃない子ども達が稼ぎたくて冒険者になりたがったんだって。でも無理をして外に出る依頼を請負う子が出てきて、死亡や重傷を負うケースが増えたから年齢制限を設けたって聞いてる』


「ハンターはそういう事無かったの?」


『ハンターはモンスター討伐が専門で、そもそもかなり危険な仕事だって認知されてるから、なりたがる子は殆ど居ないし、いても親が必死で止める。でもハンターズギルドは慢性的に人不足だし、実力主義を掲げてるから志願してきて適性があれば子どもでも受け容れる事にしてるんだって』


 実力主義を掲げてはいるが、信用商売でもあるし、有事の際はハンター同士連携して対応にあたるので、実力があってもあまりにも自己中心的な者は適性試験で不合格を言い渡される。適性試験は、そう言った部分も見られるのだ。


「ふぇー……なるほど……」


「知らなかったよ……ありがとな、スイ」


『うん』


 久しぶりに沢山話して疲れた、とスイは頬を揉む。


「……そう言えば、スイ君、ギルドから出てきた時元気無い様に見えたけど、何かあったの?」


「そうなのか? どうしたスイ、俺達で良ければ聞くぞ」


「な、何にも出来ないかも知れないけれど、聞くだけなら出来るから……」


『……えっと……』


 話そうか迷って、結局スイは話す事にした。

 今日の試験でマリクから貰ったナイフを一本駄目にしてしまった事や、自分の非力さを。

 話終わると不思議な事に、少しだけ気持ちが楽になった。


「おじいさんから貰った物が壊れちゃったら、ショックだよね……」


「そうか、この間の時何でナイフ使わないのかと思ったら、力が足りないのか」


『うん。どうやったら筋肉ってつくんだろう……』


 むん、と腕を曲げて見せるが細腕は頼りない。


「強い武器に変えるとかは駄目なの? 力が弱くても武器の方で強い攻撃が出来るとか……そういうのって無いのかな?」


「筋力を補う武器って珍しいし、売っててもかなり高いと思うんだよなぁ……人工魔具とかの部類だろうし」


『……魔石を組み込んで属性付与した武器や防具だっけ?』


「そう。オアシスの北東にドワーフと人間が共存してる町があるんだけど、そこは物作りが盛んなんだ。ドワーフなら人工魔具を打てる鍛冶師もいるんじゃないか?」


『北東の町……』


 そこなら確か、ギルドでたまに運搬のDランク依頼が入った筈だとスイはギルドの掲示板を思い出す。討伐が主目的ではないが、町民ではなくハンターズギルドからの依頼なのでハンターが請負っている。

 Eランクに上がったので、今のスイならDランクの依頼を請負える。

 今度見掛けたら、誰かが剥がす前に受付に持っていこうとスイは密かに決めた。

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