第15話 拾われ子のEランク昇格試験
Eランク昇格試験当日。
スイはオアシスの町から北東の地点に来ていた。此処はまだ砂漠だが、視界の奥には岩壁が見える。
今回の監督官はBランクハンターのレジナルド。大柄な人間が多い西大陸では珍しく小柄な方で、身長は170cm半ば位。アッシュブロンドの髪に灰色味のある薔薇色の眼をしている。
「試験内容は聞いているな?」
『はい、
「よし。制限時間は一時間だ。始めっ!」
開始の合図と共に、スイは走り出して離れた所に落ちている岩に風魔法を放った。
風魔法が当たった岩は深く亀裂が入り、大きく揺れたと思ったらせり上がり、本体が下から出てきた。
「ギィーー!!」
岩蟹の危険度はD-ランク。デザートワームより一段階上で、背面に中が空洞の岩を背負っており、この岩が大きい程岩蟹本体も大きく、力が強い。水生の蟹と違い、正面に歩く事が出来る。
岩蟹は、家でもある岩を傷付けられて怒った様だ。身体の色が茶色から赤く変わる。
『(図鑑によれば、岩蟹は下級の地属性魔法を使う……私の風魔法が当たれば効果は大きいけど、それは岩蟹にとっても同じ)』
世界の理のひとつに、属性相性がある。
火と水、地と風、光と闇はそれぞれ相反関係にある。火は水によって消えるが、水も火によって蒸発という形で消える。互いが互いに強いと同時に弱くもあるのだ。これは地と風、光と闇にも言える。
唯一、無属性だけが他属性に過干渉せず、また、過干渉されない属性となっている。
「ギィーー!」
ハサミをシャキンシャキンと鳴らしながら正面から向かってくる岩蟹に、スイは距離を取りながら両手を重ねて風魔法を放った。
『
空気の塊が渦巻きながら岩蟹の腹にぶつかる。岩がある背中に比べれば柔らかいのと、相反属性の風魔法の直撃を受けたそこはひび割れ、抉った様な穴が空いた。
「ギィ……ギィ……」
岩蟹は泡を噴いてぴくぴくと動いていたが、数十秒もすると完全に動かなくなった。
『(まず一匹目。あとは……)』
スイの周りの砂が巻き上がる。
『
本来は竜巻を起こし、触れたものを巻き上げながら斬り裂く風魔法だが、スイはかなり威力を弱めて放っている。
魔法が使えるかどうかはまた別だが、すべての生物は魔力を持つ。それは人もモンスターも一緒で、種族や個体差によって多少の差はあるが、内包する魔力は人間よりもモンスターの方が多いと言われている。
しかし、モンスターより魔力を多く持つ者も少なくはない。修行を積んだ魔導師が筆頭にあがるし、神や精霊の加護を持つ者も該当する。もっとも、後者は世界的に見てもかなり珍しい部類に入るのでそうそうお目にはかかれない。
魔力の多い者程、魔力の流れに敏感だ。砂の動きと風魔法の魔力を感じ取り、岩蟹が砂の下からひょこりひょこりと顔を出した。
『あ』
その数、四匹。
『(誘い出し過ぎた)』
合格するにはあと二匹倒せば良いが、自分で引き寄せてしまったモンスターだ。全部倒すまで終わらない。
スイは先手必勝で三匹に向かって空気砲を放つ。二匹は腹に命中し、そのまま動かなくなったが一匹は少しばかり反れて左のハサミを砕いた。
「ギギィーーー!!」
激昂した岩蟹が体勢を変えて猛スピードでスイに向かってくる。
『速っ……いっ!!』
「ギッギッ!」
防御が間に合わず、残った右のハサミの振り抜きをまともにくらった。
後ろに倒れたが、反動を利用して一回転して何とか起き上がる。追撃で放たれた
『ゲホッゲホッ……
五本の氷の槍が放たれ、岩蟹を貫く。それでも尚、向かって来ようとした岩蟹にスイはもう一本表情を出して止めを差した。
『(……防具、買っておいて良かった……!)』
スイはローマンから貰った服の上に、左胸から腹部全体を覆う形の胸当てを装備している。
昨日、試験内容を聞いてから防御面に不安を覚え、ネイトの家が防具屋を営んでいるのを思い出して、訪ねた時に買った物だ。
防御力は欲しいが機動性は失いたくないと言うスイの希望を聞き入れ、ネイトが見繕い、ネイトの父であるサイモンもOKを出した一品だ。防御力はそこそこで、やや柔軟性があり、衝撃を少々逃がしてくれる。
値段を訊いたら、息子が迷惑を掛けたからと三割引きにしてくれた上に、購入するなら更に軽量化してくれると言うので即決した。
強化素材としてサイモンが取り出したのはデザートホークの羽で、あの日スイが請け負った依頼の主がサイモンだった事を知った。
サイモンの依頼を請け負った日に、その息子と出会っていたなんて妙な偶然もあるもんだと三人で笑った。
『(……ナントカの導き……だっけ)』
記憶の片隅にあった言葉を思い出しながらスイは腹をさすり、頬の血も拭った。
『(……やっぱり森のモンスターとは違う。油断してたつもりは無いけど、もっと気を引き締めないと)』
砂漠と西の果ての森では、ランクだけ見れば西の果ての森の方が遥かに危険だ。しかし森にいるCランクのアサシンスネークよりも、砂漠にいるD-ランクの岩蟹の方がスイにとっては戦いづらい。相性と同じ位、
『(岩蟹はあと一匹……一度試してみるか)』
「ギッ!」
『っと、』
ハサミの突き出しを避けて、スイは後方に跳んで距離を少し空けると、岩蟹に向けて水魔法を打ち出し、全身を濡らした。
「ギィー!?」
目に当たり、痛いのか、水を拭きたいのかは解らないが顔の前でハサミを行ったり来たりさせている。
『
「ギッ!?」
『(岩蟹は物理防御力が高い。腹側も、背中の岩よりマシとは言え並大抵の武器なら弾かれるか、武器が折れる。でも……!)』
岩蟹に当たった水がパキパキと音を立てて凍っていく。その間にスイは走り寄り、右手でナイフを抜くと左手を翳して刀身を風の魔力で包んだ。
『ふっ!』
踏み込んでの袈裟斬り。岩蟹は深く斬り裂かれて絶命した。
『(効いた……! けど……っ)』
「見事だ」
音を鳴らして拍手するレジナルドに、スイは振り向いて頭を下げた。その表情は冴えない。
「Eランク昇格試験は合格だ。町に戻るぞ。ついでだ、その岩蟹共を持っていくといい。そんなんでも売れるからな」
『はい』
スイがポーチに全部入れ終わるのを待って、レジナルドは歩き出した。
「噂には聞いていたが、なるほど歳の割に大したものだ。腹は大丈夫か?」
『大丈夫です』
「岩蟹は正面移動出来るが、横移動の方が遥かに速い。覚えておけ」
「はい」
スイは歩きながら、レジナルドの後ろ姿を眺める。
『(……この人は、あんまりオアシスのハンターっぽくないなぁ)』
オアシスのハンター達は筋骨隆々な身体の持ち主が多い。支部長のセオドアや、レジナルドと同じBランクハンターのウィルベスターもそうだ。
だがレジナルドは鍛えられては居るが細身な方で、雰囲気も理知的だ。オアシスのハンター達とは毛色が異なる。
「……オアシスのハンターっぽく無いか?」
『えっ?』
「そう思ってたんじゃないのか? 別に怒らん。正直に言ってくれて構わんぞ」
『すみません、思ってました』
「本当に正直に言うとは」
笑いだしたレジナルドに、スイは訊いて見る事にした。
『レジナルドさんは、オアシスのハンターではないんですか?』
「あぁ。俺は南大陸の出身でな。気候が合うのでだいたい西大陸と南大陸を行ったり来たりしている。たまに東大陸にも行ってて、今回は東で知り合って意気投合したハンターが西大陸に行くって言うんで一緒に来たんだ」
『北大陸には行かないんですか?』
「行かん。北は寒い、寒すぎる」
顔を顰めたレジナルドに、スイは思わず笑った。
南大陸は西大陸よりややマシだが気温が年中通して高い。確かに南大陸出身ならば、年中通して極寒の地と言う、方角だけでなく気候も正反対の北大陸は合わないだろう。
「俺もいくつか訊きたいのだが、良いか?」
『はい。答えられるものならば』
「最後の一撃、あれは魔法剣だな?」
『……はい』
武器に魔法を付与して攻撃する魔法剣。魔法と武器両方を駆使する魔導戦士と呼ばれる者達の戦い方だ。
魔法を付与された武器は、付与していない時と扱い方が異なる。魔力の制御が上手くないと反発して予期せぬ方向に腕が動いたり、付与した魔法の影響を受けてダメージを負ったりする。火ならば焼け爛れたり、風ならば裂傷を負ったりと言った様に。
「使ったナイフを見せてみろ」
『……はい』
「やはりな」
『…………』
魔法剣は武器が属性の影響を受けやすく、ただの鉄や青銅では耐久値が著しく減る。
スイのナイフは、刀身に何ヶ所もヒビが入り、刃こぼれを起こしてボロボロになっていた。
「考え方は悪くなかったが、魔法剣はそれに向いた素材で作られた武器を使わないと一度で酷く損耗する。その様子を見るに、知らなかったみたいだな」
『……ちょっと話に聞いただけで、殆ど知らなくて……』
「……誰かに教わった訳じゃないのか?」
『はい。ギルドにいる時に誰かが話してるのが聞こえてきて……武器に魔法付与すれば攻撃力が跳ね上がるって。それなら力の弱いボクでもナイフでモンスターを倒せるかもしれないって思ったんです、けど……』
結果、倒せはしたがマリクから貰ったナイフが一本使えなくなった。スイのショックは大きい。
「……ふむ……」
俯くスイに、レジナルドは思案しながらオアシスに向かった。
「Eランク昇格試験の合格おめでとうございます。お預かりしていたハンターの証をお返ししますね」
受付から返されたハンターの証には、Fランクの鉄鉱石ではなくEランクを表す銅鉱石が埋め込まれている。
『ありがとうございます』
スイは証を首から下げ、礼を述べると素材買取所に向かい、倒した岩蟹を売ってギルドを後にする。
スイの零した溜息は誰にも気付かれなかった。
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