第14話 拾われ子とストーカー
スイがハンターとして仕事をする様になってから数日経った。
宿はオアシスに来た初日からずっとブレスに泊まっている。安定して稼げているので、暫くブレスを拠点として仕事をしたいと言う当初のスイの願いは今の所叶えられている。
Fランクハンターのスイが請け負えるのはワンランク上のE迄なので報酬は安めだが、初依頼の大量発生モンスター討伐の様に歩合制の依頼もあるのでその時は積極的に請負う事にしている。
『(サボテンモドキ三体の討伐は受けようかな。ソーンズイービルは……Dランクだから今は無理。デザートワーム八体……まだ大量発生してるのか。あとはコレと、アレにしよう)』
依頼書を見て、スイは目星を付けると踏み台を持って来て大量発生以外の依頼書を剥がし、受付に提出した。
『おはようございます、オリアーナさん。三件の請負手続きをお願いします』
今日の受付は人間のオリアーナだ。オアシスの殆どの人と同じ様な褐色の肌に、アッシュ色の髪と銀色の眼を持つ。無属性持ちに多い色合いだ。
「おはよう、スイ君。えっと、サボテンモドキ三体の討伐に、デザートバイパー三匹の生体捕獲、デザートワーム八体の討伐依頼ね」
ハンターが一度に請負える依頼の数は全ランク共通で三件までとなっている。受付での請負手続きが必要無い指名手配に関してはこれに含まれず、証拠さえ有れば、討伐した分だけ受付で精算出来る。
「はい、手続き完了しました。ハンタースイ、気をつけて行ってらっしゃいませ」
『ありがとうございます。行ってきます』
踏み台を降りて、スイは出入口に向かう。
途中で他のハンター達にも「頑張れよ」「気を付けろよ」等と声を掛けられ、それに答えながらギルドの扉を開けて外に出た。
サボテンモドキの討伐から始めようと、町の東側の出入口に向かう。
『(……まただ……)』
スイは視線を感じたが気付かないふりをしてそのまま歩く。
ここ数日、ずっと感じている視線と同じものだ。だが、初依頼の時に砂漠で感じたものとは別人だとスイは思っている。
軽く困惑しながらスイはオアシスを出た。サボテンモドキの生息域まで来ると、オアシスを振り返る。
『(砂漠に出ると、視線は無くなる……やっぱり町の中でしか見てこない……うーん……)』
連日感じる視線に、スイはセオドアに相談しようか悩みつつ、相談していない理由がこれだった。
数日前に砂漠で感じた視線は品定めする様にじっとりとしていたし、何処から見ているか探ってもイマイチ掴めなかったが、町の中での視線は簡単に方向が解った。
『(……凄く下手な人攫いか、単に興味本位なのか、どっちだろう……)』
前者ならともかく、後者ならただの町民の可能性もある。
先日、ハンターズギルドは
ハンター達が酒場等で話にあげるので、討伐者のスイがハンター適性試験を史上最年少で合格した子どもだと言う事も、徐々に町民立ちに知れ渡っていた。
なので、その話を聞き、ギルドを出入りしている子どもを見てスイだと気付き、話しかけてくる人が増えた。
先日、ちょっと大事にはなったがそれがきっかけで友人も一人出来たばかりだ。
ジュリアンには「その内ファンが出来るかもね」と言われたが、こうもずっと見てくるだけだと最早ストーカーでは、とスイは思う。
『(……ま、いいや。今は仕事仕事)』
スイは気持ちを切り替えると、本物のサボテンの中に混じり擬態しているサボテンモドキを討伐しようと手に魔力を集めた。
『(……六、七、これで八体目。戻ろう)』
サボテンモドキの討伐、デザートバイパーの生体捕獲とこなして、最後にデザートワームの討伐を終わらせ、スイは数を数えるとポーチにしまった。
先日新調したアイテムポーチは、古いポーチの二倍入る上に、ポケットが腰のやや後ろ側に左右に一個ずつ付いているので、戦闘時も出し入れがしやすく気に入っている。
古いポーチはマリクから貰った物なので、大切に新しいポーチの中にしまってある。
『(……そう言えば、砂漠での視線はあの日以来感じてないな)』
嫌な感じだったので、仮に人攫いだったとしたら自分は対象外になっていたら良いのにと思いながらスイは町に入った。
ギルドに真っ直ぐ向かい、扉に手を掛けようとして――。
『(此処で……!?)』
じっとりとした視線と、隠す気の無い視線。同時に当てられた事でスイは反射的に反応して振り向いてしまった。
『(……やってしまった……けど)』
視線はどちらも消えた。だが、人混みの中に紛れて走り去る人影をスイは見逃さなかった。
『(……今のって、多分……)』
「うぉっ、どうした坊主。そんな所にいたら危ねぇだろ」
『あ、ごめんなさい。すぐ退きます』
考えるのを中断し、スイは先にハンターを通すと中に入り、精算をするべく受付に向かった。
「……はい、三件ともA評価となります。証をお返ししますね。今回の精算で受験条件に達したので、スイ君はEランクの昇格試験を受ける事が出来るようになりました」
『……もうですか?』
Eランク昇格試験に必要な基準は低めに設定されており、割とすぐにEには上がれる様になっている。
マリクからそう聞いていたが、早過ぎると思い、スイはオリアーナに訊ねた。
「知ってるかもしれないけれど、Eランクの受験基準は高くないから、普通に仕事してても十日かからないくらいで受験出来るようになるの。スイ君は初日以降は一度に三件請け負ってるし、余裕があればその後も依頼を受けていたでしょう? だから受験基準に達するのも早かったって事ね」
『そうなんですね』
「昇格試験は最短で明後日だけど、どうする?」
『明後日でお願いします』
「了解したわ。試験内容を通達するから、明日いつでも良いので受付まで来てね」
『解りました』
「他に何か聞きたい事はある?」
オリアーナに訊かれ、迷ったがスイは視線について一度話してみる事にした。
『試験の事は大丈夫なんですけど……ここ数日、ちょっと気になる事があって……』
「気になる事?」
『誰かに見られているみたいで』
スイがそう言うと、オリアーナの表情が厳しいものに変わった。先程までの穏やかな表情から一変した表情にスイは戸惑い、セオドアがいるか聞きそびれた。
「それは、いつから?」
『えっと、最初は初めて依頼を受けた日です。その後は、異常個体について公表があった日からずっとです』
「……解ったわ、ちょっと待ってて」
そのまま奥に行ったオリアーナは、五分程してセオドアを連れて戻ってきた。
「スイ、その話は俺が聞く。二階の支部長室まで来てくれ」
『はい』
支部長室に通されて、ソファーに腰を降ろすとセオドアから詳しく話す様に促され、スイは初依頼の日から今日までに感じた視線の事を話した。
「片方は人攫い共の可能性があるな……出来れば誰かと一緒に行動した方が良いんだが……」
オアシスの町に現在、Fランクハンターはスイだけで、Eランクハンターはいない。
冒険者と違い、殆どが単独行動のハンターにはパーティやコンビを組む際のランクについて決まりは無い。しかし、恒常的にパーティを組んでの行動が想定されてないから明確に定められていないだけで、請負える依頼は自分のランクよりワンランク上までと言う規則は存在する。現在FランクのスイがDランク以上のハンターと行動を共にしようとしても、依頼を請負う事が出来ないのだ。
『大丈夫です、セオドアさん。危ないと思ったらすぐ逃げますから』
「……すまんな、スイ……冒険者ギルドとも連携しているし、監視や警備の強化はしているから危険を感じたら、冒険者でも良いからすぐに知らせろ」
『解りました。あの、もう片方の方なんですけど、多分町の人だと思うんです』
ギルドの前で振り向いた時、走り去った人影を見てスイは確信した。
『私と同じ位の子に見えました。気配も、見てきた人と同じでしたから』
「特徴は分かるか?」
『すみません、すぐに人混みに紛れたのでそこまでは……でも多分、私に危害は加えてこないんじゃないかと思うんです』
「……ストーカー行為ではあるがな」
やはりそうなのか、とスイは苦笑した。
そして考えていた事をセオドアに伝える。
『……ひとつ、提案なんですが……』
「何だ?」
話を終えて、二人は一階に降りた。セオドアに見送られて、スイはギルドを出て、町を歩く事にする。
『(……セオドアさん、いつも受付の奥から出てくるけど、仕事は支部長室でやらないのか、な……!)』
そんな事を考えながら歩いていたら感じた視線と気配。
スイは少しだけ足を速めると、着いてくる気配も同じ様に速めた。
町の中を歩き、徐々に人が疎らな方へと進んでいき、やがてスイは走り出した。着いてくる誰かを撒かない程度に距離を保ちながら走り続け、ある所まで来ると一気に加速して後ろを突き放した。
数分程経つと、たたたたっと走ってくる音が聞こえた。
「はぁ……はぁ……あれ……?」
きょろきょろと辺りを見回したのは東雲色の髪の少年。背丈からして、スイと同年代に見える。
「……外に行っちゃったのかな……今日こそ……」
『今日こそ、何ですか?』
「うわぁっ!?」
音も無く少年の背後に現れ、スイは驚く少年の襟首を掴み地面に引き摺り倒した。
『ここ数日、ずっとボクを見てましたね? 何の為ですか? ボクを人攫いに売る為ですか?』
「ひ、ひとさらい……? ち、違うんだ、ごめんなさい! その、う、ぐすっ……!」
『え?』
「やり過ぎだ、スイ……」
泣き出してしまった少年にスイが目を丸くしていると、物陰から呆れた顔のセオドアとハンター二人が出てきた。この二人は、西の果ての森に行った時のメンバーでもある。
セオドアへの提案。それはスイが囮となり、視線の人物を引き摺り出す事。
相手が子どもであり、且つ悪意や害意は無さそうで、スイ自身がある程度戦える事からセオドアは了承した。
万が一、その子どもが人攫い達とグルだった時の事を考えて、挟撃する形でセオドア達も裏口からギルドを出て追い掛けてきたのだ。
『やり過ぎ、ですか? 人に話をさせる時はまず先手必勝で力の差を見せつけろと……』
「……念の為訊くが、誰がそんな事を?」
『おじいさまが……』
「「(やはり悪魔か?)」」
子どもに何て事教えてるんだと二人のハンターは内心で故人にツッコミを入れる。
「……因みにレイラ殿はその事については何か言ってたか……?」
『時と場合によりますが、間違いでは無いと』
「「「(間違いではないから絶妙に訂正に困る)」」」
他にどんな事を教えたんだと三人は戦々恐々としたが、スイの下で泣いている少年を思い出して、スイに離すよう伝えた。
『すみません、やり過ぎたようです。怪我はありませんか?』
「ひっく、だ、大丈夫……」
スイは少年を立たせて、服に付いた土を払ってあげた。
「少年、幾つか聞きたい事があるんだが、良いか?」
「ひっ……は、ハンターズギルドの支部長……」
セオドアが怖いのか、また泣き出した少年にセオドアもハンター二人も困った顔になる。
セオドアは精悍な顔立ちで、他二人は厳つく、三人とも身長が高く筋肉質だ。加えて、セオドアはハンターズギルド支部長の肩書きがある。十歳位の少年にはさぞかし怖いだろう。
どうしようか考えて、スイはとある二人を思い出し、その二人には申し訳なく思いながら再びセオドアに提案した。
『此処で聞くのもなんですし、ブレスに行きませんか?』
「……そう言う事ね……どういう組み合わせなのかと思ったわよ……」
いきなり宿に来た五人組に困惑した夫妻だったが、詳細を聞いてジュリアンが溜息を吐いた。
『すみません、ジュリアンさん』
「んーん、良いわよ。この時間なら食堂は使わないし。それにあの辺りで、同年代のスイちゃんはともかく、屈強な男三人に囲まれた男の子なんて誰かが見たら事案になりかねないもの。あの場を離れたのは正しいわ」
「大丈夫? お水のおかわりをどうぞ」
スイは、子ども好きであり面倒見の良いジュリアン・リリアナ夫妻を頼る事にした。
他にオアシスで知り合いと言えばローフェル商会しかなく、それよりかは此方の方が話しやすいのではないかと思ったのだ。
スイを追いかけていたのは人攫いとは無関係な子どもと解ったので、ブレスに到着した時にハンター二人は帰らせてある。
「さて、そろそろ落ち着いたかしら? 私はジュリアン、この宿屋のオーナーよ。アナタの名前を教えてくれる?」
こくん、と頷いた少年は顔を上げた。
「エルム、です」
「良い名前ね。じゃあエルム、何日もスイちゃんを見ていたってのは、本当?」
「…………はい」
「どうして?」
「…………話して、みたかったから…………」
意外な答えにスイは目を丸くしたが、ジュリアンやセオドアは想定内だったのか頷いただけだった。
『……話しかけてくれれば良かったのに』
スイがそう言うと、エルムはスイにちらりと目を向け、逸らした。
「い、いつも忙しそうだったし、何て話しかければいいかもわかんなくて……」
「だからって、ストーカー行為をしたら相手を怖がらせるだけだぞ」
「ス……!?」
『ずっと見てるだけ、振り向いたら逃げる、こっちが逃げたら追い掛けてくる…』
「……あ、う……ご、ごめんなさい……そんなつもりは……」
セオドアの容赦無い一撃に、スイの追撃をくらってショックを受けたエルムは項垂れてスイに謝った。
「スイちゃん、どうする? 許してあげる?」
『ボクですか?』
「被害に遭ったのはスイちゃんだもの」
「そうだな、スイがどうするか決めてくれ」
裁量権を委ねられたスイに見つめられ、エルムは狼狽えた。長めの東雲色の前髪に隠れ気味だった竜胆色の双眸を、スイはこの時初めて見た。
『……もうストーカーしないなら、許します』
「……! し、しません! 本当にごめんなさい……!」
猛省しているのだろう。しょんぼりとして、また泣きそうになっているエルムに、スイはバレない様に溜息を吐いた。
『……依頼を請け負ってる時は難しいけど、それ以外の時なら声をかけてもらえれば……』
「…………っ! 良いの!?」
『うん』
「あ、ありがとう! 本当に、ごめん……!」
『もう良いから』
スイへのストーカー問題が解決し、その場に安堵の空気が流れた。
「そろそろ暗くなるわ。エルム君、おうちはどの辺?」
「武器屋通りの方、です」
「近いわね。それなら私が送っていくわ」
「え、だ、大丈夫です。一人で帰れます」
「うん。でも最近物騒な話も聞くから。私が安心する為にも、送らせてちょうだい」
エルムは断りきれずに頷いた。
「……じゃ、じゃあ、お願いします」
「うん、ありがとう。じゃあジュリアン、行ってくるわね」
「えぇ、気をつけてね」
二人が出ていくのを見送り、スイは水を飲んで思わず深い溜息を吐いた。
何であんなにおどおどしているんだろう。言葉には出さないが、表情がそう言っている。
「ははっ、スイがそんな溜息を吐くとはなぁ」
「気持ちは解るけどね……おどおどしてて泣き虫だし。でもまぁ、何かしら自信が無いからそうなんでしょう。だからスイちゃんに憧れるんじゃない?」
『憧れ……?』
「あぁ、そうかもしれないな」
セオドアは納得したのか、深く頷いた。
「多分自分でも気弱で泣き虫なのを気にしているんじゃないか? だから自分と同年代なのにハンターになって、異常個体さえも倒した強いスイに憧れる」
『…………』
それならちょっと解るかもしれない、とスイは思った。
拾われたばかりの頃、スイも泣き虫だった。母親に捨てられた事も、見知らぬ土地にいる事も、知らない人と過ごす事も怖くて心細くなっては何度も泣いた。そんなスイに、マリクとレイラは一度も叱責せず、ただひたすら寄り添ってくれた。
そして、七年間一緒に暮らしていく中でモンスターと戦う様を何度も見て強い二人を尊敬するようになり、ハンターとなって、かつて二人がそうした様に人を助けながら世界を旅をしたいと思ったのだ。
『…………』
もし今度会ったら、本人の話を聞いてみようとスイは思った。性格的に合うかは分からないが、ネイトと引き合わせてみるのも良いかもしれない。
「さて、問題は一個片付いたが、もう一個は関係無かったな……こっちの方が片付いて欲しかったが」
「長年、冒険者やハンター達に捕まらずにやってきた奴等だもの。そう簡単には尻尾を出さないわよ」
「そうだよなぁ……スイ、また何かあったら教えてくれ」
『はい。解りました』
「じゃあ俺もギルドに戻るわ」
食堂を出て、スイとジュリアンはセオドアを見送った。
『お疲れ様でした』
「アンタたまには早く帰んなさいよ? じゃないとその内、奥さんに愛想尽かされるわよ」
「うるせぇ」
スイはこの日、初めて笑った様な気がした。
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