番外編 拾われ子のとある一日

『(大量だー……ポーチ新調して良かった)』


 スイは朝早くにオアシスの町を出て森に来ていた。目的は採取である。

 依頼は自分のランクよりワンランク上までのものしか請け負えないが、依頼関係無く個人の都合で行くなら、更に上のランクのモンスターが生息する場所に行ってもお咎めは無い。何かがあっても自己責任という事になる。

 上回復薬や上解毒薬は買うと高い。原材料が危険地域にある為だ。

 スイは材料さえあれば自分で調薬出来る。必要な材料と、ついでに売る為の素材を集めたので、後は請負った依頼を帰り道の途中で遂行するだけだ。

 森を出ると、森とは違う暑さに熱される。


『(デザートホーク三羽……なるべく綺麗な状態で、か……)』


 依頼人にはオアシスにある防具屋の店名と、そこの主人の名前が書いてある。

 デザートホークの肉は不味い。素材として好まれるのは羽毛だ。なるべく綺麗にと言う依頼も、防具に使うためだろう。


『(向きを変えながらの強風で動けなくして、凍らせて、シメるか)』


 砂の上を歩きながら見上げる。同時に五感を研ぎ澄ませて気配を探る。


『(…………来た、狙われているかな)』


 デザートホークは肉食だ。動物やモンスターの死体の他に弱っている生き物や、弱そうな生き物を狙う。ヒトの子どもも、デザートホークにとっては餌のひとつだ。


『(この手が使えるのも今だけだろうし)』


 モンスターとて知能があるものは学習する。同族がスイにやられているのを見れば、スイは危険だと認識して安易には近寄らなくなるだろう。

 鳴きながらスイ目掛けて突っ込んで来たデザートホークを見ながらスイは、右手に冷たい魔力を集めた。




「はい、デザートホーク三羽、確かに確認しました。こちらが報酬です」


『ありがとうございます』


 報酬金を受取り、スイはギルドを出た。

 今日はもう仕事はせずに宿に帰り、調薬しようと宿に向かおうとして、知らない子どもに声をかけられた。


「なぁ、ハンターズギルドから出てきたって事は、お前がスイ?」


『…………』


 予想外の事にスイは面食らった。

 七年前に拾われてからは殆ど森の中で養祖父母の二人と過ごしたし、昔一度だけオアシスに来た時もセオドアと話しただけで、後はマリクの後ろに隠れていた。

 数日前オアシスに来てからも話すのは大人ばかり。子どもと話した事がないのだ。


「なぁってば。違うのか?」


『い、いや、ボクがスイ、だけど』


「やっぱりそうだ! おーい! やっぱりコイツがスイだって!」


『(初対面でコイツ呼ばわり)』


 会った事も話した事も無いタイプにスイは戸惑う。更に今の声で続々と子ども達が集まってくる。


「俺らとそんな身長変わんねーじゃん! それでハンターになったなんてお前凄いな!」


異常個体アノマリーを一人で討伐したって本当!?」


「なぁ、今までどんなモンスターと戦ってきたのか教えてよ!」


『(増えた……!?)』


 子ども達の集まりに、通りすがりの人々も何だ何だと視線を向ける。


「あの子が異常個体討伐した子だってよ」


「へぇ、最年少ハンターのか」


「子どもハンターさんか、思ってたより普通の子だねぇ」


『あ、あの、此処ギルドの出入口前だからちょっと……!』


 増える人と視線にスイは慌てふためく。とりあえずここから去りたい一心でそう言うと、「じゃああっちの方行こうぜ!」と一人に腕を取られて連れて行かれた。




『(つ、疲れた……)』


 スイよりちょっと小さい位から、三・四歳程上まで様々な年齢の子から質問攻めに遭い、スイはぐったりしていた。


「すげーよなー、俺達は町の外に出るの許されてないのに、一人で出てモンスター倒しちゃうんだもんな」


「なぁ、モンスターと戦う所見せてよ」


『え?』


 そう言ってきたのはこの中では年長で十三・四歳の男の子だ。皆が羨望の眼差しでスイを見る中、唯一嫉妬の目を向けて来た子でもある。


『(そう言われる気がしてたけど……)』


 スイは気付かれないように溜息を吐いた。


『駄目です。一歩町の外に出れば何処からでもモンスターが襲って来かねません。そんな危険な所に皆を行かせる訳には行きません。砂漠がどれだけ危険かなんて、ボクより長く此処に住んでる君の方が知ってる筈です』


「異常個体を倒したハンターが一緒なら大丈夫だろ? それとも、無理だって言うのか?」


『そうですね』


「出来るならさっさと……は?」


『無理だって言ったんです。数で襲ってこられたら、これだけの人数を守りながら戦うなんて、中級ハンターでも多分無理です』


 いや中級なら出来る人はいるかもしれないけど、と思いながらそれは口にせず、スイは真っ直ぐに少年を見つめながら話を続ける。


『それに、ハンターは力を誇示する為に戦うんじゃない。町の人達が襲われない様に、困っている人を助ける為に戦うんだ』


 自分よりも小さいスイの強い視線に少年はたじろぐ。


「……な、なんだよ、そんな事言って、自信無いだけだろ!? 異常個体討伐ってのも嘘なんだ!」


『そう思うなら、そう思ってれば良い。町の人達を危険に晒す様な事をボクはしたくありません』


「……っ、この……!」


「あ、ネイト兄ちゃん!」


 ネイトと呼ばれた少年は町の外に走っていく。すれ違いざまにD級ハンターにぶつかり、ハンターが焦りながら何か言っているのを見て嫌な予感を覚え、スイは走り寄った。


『お疲れ様です。何かありましたか?』


「おぉ、スイの坊主か! 悪いが今外に行った奴を止めてくれ! 砂漠に指名手配モンスターが出たんだ!」


『! 解りました、すぐに追い掛けます』


「すまねぇ、俺じゃ力不足で……ギルドに報告して応援を呼ぶから、坊主も無理はすんな! あいつだけ町に連れ戻してくれ」


『了解です。皆は返って。間違っても砂漠には近付かないで』


 子ども達にそう告げるとスイはネイトを追いかけて全力で走った。


「(……くそっ、何だよあの生意気なチビ……!)」


 オアシスから離れた地点で、ネイトは悪態をついていた。

 ネイトは今年十四歳だ。冒険者かハンターのどちらかになり、ゆくゆくは英雄になる事を夢見ている。今はどちらになるかまだ迷っているけれど、十五歳になったらどちらかの試験を受けて、オアシスを拠点にして稼ぐつもりでいる。

 そこにぽっと出の様に現れたのがスイだった。

 史上最年少の十歳でハンター適性試験に合格し、試験同日に未確認の異常個体を一人で討伐した。

 そんなの、まるで英雄ヒーローだ。ネイトが憧れる像そのものだった。


「(……チビのくせに、ハンターになったばっかのくせに、ハンターを語りやがって……)」


 自分より小さい子が異常個体を討伐したなんて、半信半疑だった。だから、戦う所をちょっと見たかっただけだった。


「(……町の人を守る為だなんて、そんな事俺だって解ってる……!)」


 砂の下から忍び寄る何かに、一人悶々としているネイトは気付かない。


『ネイト!!』


「っ!?」


『すぐに町に戻ってください! 指名手配モンスターが出ました!』


「そんな、見え透いた嘘で俺を町に連れ戻そうったって……?」


 そう言えばオアシスを出る時にぶつかったハンターが何か言っていた気がする、と今になってネイトは思い出した。

 そして、自分の背後で砂が噴き出す音が聞こえた。


「え?」


『危ないっ!!』


「ぐえっ!? なにすん……だ……って……」


 スイがネイトに体当たりして強制的に移動させた。砂の上を転がったネイトが文句を言おうと起き上がると、そこにはスイよりも大きい、自分と同じ位の高さと全長を持つ巨大な蜘蛛がいた。先程まで自分が立っていた所には、大きな亀裂が入り、砂がそれを埋めようとさらさらと流れている。


「ーーーッ!?」


 ネイトの全身に鳥肌が広がり、声にならない悲鳴があがった。


『サンドスパイダー……ネイト、走れますか?』


「……あ、あぁ……」


 膝が震えていたが、恐怖の中に僅かに残る意地がそう答えた。

 スイを見ると左腕から流血していた。


「お前、その血……!」


『これくらいなら平気です。それより、ボクがコイツの注意を引きますから、合図したらオアシスまで走ってください。走れなければ歩くだけでも良い。ギルドからすぐに応援が来るので、ハンターが来るまで町に向かってください』


 逃げてください、と言わないのはネイトのプライドに配慮してか。

 もしそうなら、この状況でそんな所にまで気を回すスイに対して自分はなんて矮小な人間なのか。ネイトは自分を殴りたい衝動に駆られた。


『……行って!』


「…………っ!」


 震える脚を無理矢理動かしてネイトは走ったが、途中縺れて転んだ。起き上がってまた走る。


「…………く、そっ…………!」


 考えれば考える程、悔しさが込み上げて、情けなさでネイトの視界は歪んだ。

 走りながら後ろを向けば、サンドスパイダーが振り上げた前脚をスイは砂の上を飛び込む様に前転しながら巧みに避けていた。何もしていないのに巨大蜘蛛の右脚が一本切り離された。


「……魔法……!?」


 よく見ると、スイの周りの砂が巻き上がっている。スイは足をまた一本切り落とした。


「凄い……あっ!?」


 残っていた左前脚が横から鎌の様にスイに斬りかかり、スイはナイフを盾にして直撃は避けたが、重さと勢いに耐えきれずに吹き飛ばされた。しかし、空中で身体を回転させて体勢を直し、着地するとまた向かっていく。


「………………」


 オアシスまで走る事を忘れて、ネイトはスイの戦う姿に見入った。

 何故かナイフでは攻撃せず、攻撃を躱して、決して深追いはしないが時々放つ魔法は必ずモンスターに当たっている。


「おぉーーい! そこの坊主、大丈夫か!?」


 後ろからの声にオアシスの方を向けばハンターと思しき男達が数人走ってきていた。

 ネイトはスイの方を気にしながらハンター達に近寄っていく。


「俺は大丈夫です! 早くあいつを……」


「うぉっ!? なんだアレ!?」


 ハンターの驚愕した声にスイの方を見ると、巨大蜘蛛は身体の下半分が氷で拘束されていた。その頭上ではキラキラと輝く冷気が、研ぎ澄まされた長方形の巨大な氷の刃を形成していく。

 サンドスパイダーは残った脚で必死にもがいているが、拘束から抜け出せない。


「お、おい……まさかアレ……」


『――――』


 スイの唇が動くと巨大なギロチンと化した刃がサンドスパイダー目掛けて落下し、頭と胴体を斬り離した。

 役目を果たした氷の断頭台は砕け、光を反射しながら砂漠の熱い空気に消えていく。


「………………」


「……中級氷魔法、氷の女王の断頭台クイーンズギロチン……」


 ハンターの一人が呟いた詠唱名が、ネイトには何故かしっくりときた。




「…………悪かった…………」


『ふぇ?』


 スイが指名手配モンスターの精算を終え、回復薬を飲んでるとネイトに声をかけられ、人気の無い空き地に連れてこられた。

 何が、と言う様に目を丸くしているスイに、ネイトは気まずそうに続ける。


「お前に突っかかったのもだけど、指名手配モンスターと戦わせる事になったの、俺のせいだから……ごめん」


『誰も怪我してませんし、同じ事を繰り返さなければ良いです』


「……俺達は怪我しなかったけど、お前は怪我しただろ」


『割とある事なので』


 何でもないように言うスイに、ネイトは泣きそうな顔で笑った。


「……お前、強いんだな」


『……一応、ハンターなので。でも、まだまだです。ボクはもっと強くなりたい』


「お前は……」


「スイです」


「……スイ、はさ、誰か目指している人とか、いるのか?」


『います』


 スイは憧れを含んだ強い眼差しでその名前をあげた。


『ハンターマリクと、賢者レイラ。養祖父母です』


「…………!?」


 ネイトの様な若い世代でも知っている、オアシスの英雄だ。ネイトの親世代は直接会った事があるが、ネイト自身は二人の話を聞かされて育っただけで会った事は無い。最も身近な英雄譚と言えばこの二人の話となる。


『お二人のように強くなって、ハンターとして人を助けながら世界を旅するのがボクの夢です』


「そっか……なれるよ、きっと。スイ、強いから」


『頑張ります』


 嬉しそうに、ちょっとだけ気恥ずかしそうに笑ったスイが、ネイトには眩しく見えた。


「……俺ん家、町の東の方で防具屋やってんだ。スイの防具ちょっと頼りないから、良かったら時間ある時に来いよ。良さそうなの見繕っておくから」


『ありがとう。ネイトは、将来はお店を継ぐんですか?』


 スイの質問に、ネイトは左右に頭を振った。


「俺は将来、冒険者かハンターになりたいんだ。あと数ヶ月経てば年が明けて十五歳になって冒険者の方は試験受けられるから、それまでにどっちにするか決めるつもりだ」


『……そうなんですね。本気で目指してるなら応援します』


「本気だ。でも俺はまだ町を出られないし、本で学ぶにも限界があるから、暇な時に色々聞かせて欲しい。駄目か?」


『仕事終わった後なら良いですよ。ボクもハンターになったばかりだから、参考になるか解らないですけど』


「それでもいいよ。よろしく頼む」


 差し出された右手を、スイは握った。


「改めて、ネイトだ。敬語はいらない。普通に話してくれ」


『解った。よろしく、ネイト』


 スイに、初めて友人と呼べる存在が出来た日だった。

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