第13話 拾われ子の初依頼
マリクとレイラの葬儀の翌朝、スイは宿の部屋でハンターの証を眺めていた。
それはスイの証ではなく、マリクの証。マリクが亡くなる前日に、本人から形見としてスイへと手渡された物だ。
魔鉄鋼と魔晶石を合わせ、特殊な魔力加工を施したハンターの証の表面には、持ち主の名前の他にハンターランクを表す石が埋め込まれている。Fランクのスイは鉄鉱石、Bランクのウィルベスターは水晶、Aランクハンターならば、Aランクに昇格した時に滞在していた大陸を象徴する五大魔宝石のどれかと言った様に。
しかし、マリクのハンターの証に埋め込まれているのは、A~Fランクのいずれにも該当しない石だった。
『(……一、二、三……六色?)』
見る角度によって異なる色を見せるその石を、スイは知らない。
昨日葬儀後にセオドアに訊いたが、「それについては、支部長の俺からは今は何も話せない」と答えてもらえなかった。
『(……ギルド関係者の立場では教えられないって事かな……?)』
キラキラと六色に光るその石をスイは眺めていたが、考えても解らないので丁寧にマリクのハンターの証をポーチにしまって、部屋を出た。
朝食を終え、ハンターズギルドに入ると依頼書が貼ってある掲示板を見に行く。
当然大人に合わせた高さなので、子どものスイは見上げる形となる。
『(FだとEランクの依頼しか受けられないんだよね……)』
ギルドに持ち込まれた依頼は、職員によってランク付けされてこの依頼掲示板に貼り出される。ハンターは基本的にはやりたい依頼を自分で選ぶ事が出来るが、選べるのは自分のランクから一段階上のランクまでだ。
最も、Fランクの依頼を受けたくても、この西大陸にFランクのモンスターは生息していないのでEランクの依頼を受けるしかないのだが。
『(デザートワーム五体の討伐依頼……大量発生中につき、六体以降は歩合制で報酬を支払う……ぶあいせい……?)』
聞き慣れない言葉にスイが首を傾げると、隣に居たハンターが声を掛けてきた。
「どうした坊主……スイっつったか。何か解んねェ事でもあったか?」
『あ、はい。あの、デザートワームの依頼書にある、歩合制ってどういう意味ですか?』
全く届いていないスイの指先を目で追い、依頼書を見つけて読むとハンターの男は「あぁ」と納得した様に声を出した。
「六体目以降は討伐すればした分だけ報酬を払うって事だ。証拠として討伐した数分丸ごとか、頭を持ってこなきゃならねぇ」
『……アイテムポーチの中が悲惨な事になりそうですね……』
「違ぇねぇ」
想像したらとんでもない絵面になったのでスイは慌てて頭を左右に振った。
「ただ、それさえ気にしなきゃお前には稼ぎがいのある依頼だと思うぜ。大量発生モンスターの討伐だから若干報酬に色はつくだろうし、ランクを上げるのにもちょうどいいしな」
確かにそうなのだ。物理攻撃だとスイの力では難しいが、魔法で難なく倒せる事は試験の時に把握済みだ。
金は養祖父母から渡された分もあるし、先日素材買取所に売った素材が予想外に高値で買い取ってもらえたので幾分か余裕はあるのだが、稼がず使っていれば無くなるものだ。稼げる時に稼いでおけとも二人から言われた。
『すみません、その依頼書を取って貰えませんか?』
「ん? あぁ、これは複数のハンターに向けての依頼書だから剥がしたら駄目なんだ。ほら、此処が黄色くなってるだろ?」
依頼書は、左上の角が黄色に塗りつぶされている。
「これみたいな黄色く塗られた紙の依頼を受けたい時は、それを受付に伝えるんだ。そうすれば向こうで請負手続きしてくれる」
『そうなんですね……あ、左上が赤いのが高難度依頼書……です?』
「そうだ。よく知ってるな、マリクさんから聞いたのか?」
『はい。依頼に失敗すると命と評価に関わるから、請負うかどうかはじっくり考えろと言われました』
「その通りだ。因みに、そっちの掲示板にある指名手配書も剥がしたら駄目だ。あれはハンター全員に向けての物だからな。指名手配狩りしたければ此処で見て覚えて行くか、どうしても手配書が欲しければ受付に頼めば複製してくれる」
人間に大きな被害を出したとして、ギルドが早急に討伐するべきだと判断した標的の全体像や顔を描き、出没する場所、注意すべき事、報酬額等を記した物が指名手配書だ。モンスターだけでなく人間も含まれる。現にオアシスのハンターズギルドの指名手配書には、盗賊団らしき人間の手配書もある。
殆どの指名手配モンスターが、通常の個体より大きかったり身体のどこかに傷があったりと、通常種には無い特徴を持っている。
「討伐すればそれなりの額の報酬が貰えるが、指名手配されるだけあっていずれも強く厄介な奴らばかりだ。舐めてかかると返り討ちに遭うから気を付けろ……つっても、お前はもう一体倒してたな」
男が視線を向けた先には大きくバツ印が書かれ、「討伐済み」の判子が押された依頼書が貼られていた。その依頼書にはバンディットウルフが描かれている。
『(奇襲じゃなかったら、危なかったかもしれないなぁ)』
砂漠でローマン達を襲っていたバンディットウルフの群れのリーダーは指名手配モンスターだった。
素材買取所に丸々出した時、受付の職員が気付き、素材代とは別に結構な額の討伐報酬が支払われた。
『勉強になりました。ありがとうございます』
「良いって事よ。気をつけていけよ、また蟻地獄に呑まれねぇようにな」
『……気を付けます』
短期間で、いや、一生のスパンで見ても二度も蟻地獄に呑まれるのは避けたい。
スイは複雑そうな表情で頭を下げると受付に向かった。背伸びをして受付を見ると、今日も砂猫の獣人女性、ニーナがいる。
『ニーナさん、こんにちは』
「こんにちは、スイ君。聞こえてたわよ、大量発生中のデザートワームの討伐依頼受けてくれるの?」
『はい、手続きをお願いします』
「依頼完了は五体以上討伐してからになるわ。一体から四体でも報酬は一応出るけど、満額じゃないし評価も下がってしまうから覚えておいてね」
ハンターズギルドで請負う依頼は評価が三段階あり、Aが完遂、Bが及第点、Cが失敗を意味する。C評価を受けると報酬は当然支払われず、場合によっては違約金が発生する事もある。B評価は成功扱いだが、報酬が何割か引かれてしまう。
今回の依頼で言えば、一体から四体しか討伐出来ないとB評価になると言う事だ。
『解りました』
「…………はい、では請負手続きを完了しました。ハンタースイ、お気を付けて」
『……! はい、行ってきます!』
笑顔のニーナに見送られてスイはギルドを出て町の出入口に向かう。
ハンタースイ。
そう呼ばれた事に、むず痒くも、ハンターになったのだと今までよりも強い実感が湧いた。
『(よし、やるぞー……!)』
砂漠に出ると気配を探る。
試験の時に戦ったので、デザートワームの気配は把握済みだ。
『(……二、三、四体……ちょっと離れた所に更に三体……かな。確かに大量だ)』
群れで動く習性が無いモンスターが、比較的狭い範囲にこれだけ出現するのは異常だ。
スイは腕を上げて身体を伸ばすと、日焼け防止にお面を被ってデザートワームに向かって走り出した。
『十五、十六、十七……』
砂漠に出て二時間。
スイはアイテムポーチに入れたデザートワームの頭――正確には頭を含む身体半分――を数えていた。風魔法で倒す都合上、どうしても両断せざるを得なく、丸ごと入れると数えるのが手間なので頭側だけポーチに入れている。
『(あと三体討伐したら戻ろうかな)』
キリの良い数字にしようと考えたスイだが、動きを一瞬止めた。だが、すぐに何事も無かった様に動き始める。
砂の下の気配に気付くと、アイテムポーチから瓶と手袋を取り出して、手袋を填めた後はストレッチをしながら時を待った。
数分経った時、ボッと勢い良く砂が噴き出し、飛び出てきた何かをスイは躱して両手で捕まえた。そして、それを蓋を開けておいた瓶に頭から入れて蓋を閉じた。
『(デザートバイパーはこれで二匹目)』
デザートバイパーは毒を持つがアサシンスネーク程強くはなく、危険度ランクはE+だ。滋養強壮剤の材料になるので、薬屋には需要がある。
『(……さっき見てた人は、いなくなったか……)』
デザートバイパーの気配に気付く前にスイが察知した視線。つい一瞬動きを止めてしまったが、スイは自分が気付いた事に気付かれないようになるべく自然を装った。デザートバイパーの出現はその役に立ち、ちょうど良かった。
『(ローマンさんやセオドアさんが言ってた人攫いかな……?)』
殺気ではなかった。だが、観察や品定めをする様なじっとりとした視線だった。
気持ちの良いものでは決してない。
『(
スイは大きく溜息を吐いた。
養祖父母に言われた事がある。
旅をしていれば、犯罪を犯している人間と会う事もあると。その時、襲われたならば躊躇してはならないと。
『(人を…………いや、今は考えないでおこう)』
スイは頭を振ると、あと三体倒すべくデザートワームを探した。
『(……個室で査定してもらった方がいいかな…いいよね……絶対に)』
限界まで収納し、反発を起こしたポーチを見てスイは町に戻りながらそんな事を考えた。
デザートワーム二十体。ハンター達は平気かもしれないが、女性職員からは悲鳴があがるかもしれない。
『(出来る事なら私も見たくない…………あれ?)』
何気無くさ迷わせていた視線の先に、花のような物を見つけた。
『(砂漠に、花?)』
砂漠は全く植物が無い訳ではない。数は少ないが生えてはいる。しかし、スイが見つけたのはいずれとも異なる別の物だった。
『(これ、花じゃない。花の形をした鉱石だ……)』
砂漠の奇跡、或いは砂漠の宝石と呼ばれるデザートフルールだ。砂に混ざる鉱石の粒と、極稀に降る雨や地底にある僅かな水分、砂漠に生息するモンスターから漏れる魔力が複雑に混ざりあって固まり、花弁の様に形作る。
何故かは解明されていないが、花弁の形は多様でコレクターもいるので高値で取引される。透明度が高い程人気だ。
『(……ポーチはもういっぱい……何か消費出来るもの無いかな……あ、お昼ご飯)』
リリアナから渡されたサンドウィッチがあった。スイは魔法で出した水で手を洗ってから、サンドウィッチを取り出して食べた。そっと周りの砂を除いてデザートフルールを採取する。
『(初めて見た……売りたくないな、とっておこう)』
図鑑でしか見た事の無い珍しい物を見る事が出来て、スイは胸が踊った。興奮で足が速まり、走る様にしてスイはオアシスまで戻った。
ギルドに着いた時には息切れしており、ロビーに居たセオドアに何かあったのかと心配された。
「大丈夫か? ほら、水だ」
『あ、りがとう、ございます……ふはぁっ』
「砂漠の暑さに慣れてない内に、真昼間に息切れする程走ると危ないぞ。気を付けろ」
『はい……すみません』
「依頼受けてたんだろ? もう終わったのか?」
『はい。頭、と言うか頭側の体半分を持ってきました』
「じゃあ査定も必要だな。ズリー、デザートワームの査定を頼む」
素材買取所の受付に居た男性が返事をした。
ワーム系も薬の材料になるので、適度に需要はある。
『あの、出来れば個室の方が良いかもしれないです』
「何だ、デカいモンスターでも討伐したのか?」
『いえ……数が、多くて……』
「何体だ?」
『……二十体、です……あと生きてるデザートバイパーが二匹います』
「にじゅっ……あー……そうだな。買取部屋にするか……」
受付にはニーナ、ロビーには何人か女性職員がいる。ハンターズギルドに勤めるだけあって、ある程度はモンスターに耐性があるが、多分それとこれとは別だろう。
そう判断したセオドアはズリーに受付ではなく買取部屋での査定を頼んだ。
「了解しました。ハンタースイ、此方にお願いします」
『は、はい。お願いします』
スイと共にセオドアも入る。促されて、討伐したデザートワーム二十体を次々とポーチから出した。一体、また一体と並べられ、或いは積み重ねられるワームにセオドアとズリーが苦笑を浮かべた。
「……確かに、これはあまり女性陣に見せるものではないですね……」
「お前よくこんな狩ったな……」
目を逸らしたままスイは、更にガタゴトと暴れる瓶を二本取り出した。
「あぁ、此方はデザートバイパーですね。蛇系モンスターは生体の方が薬効がよく出て薬屋に好まれるので助かります。この間のアサシンスネークと言い、ハンタースイは生け捕りがお上手ですね」
『おばあさまに教えられて薬をよく作りましたから。蛇系はよく捕りました』
査定が終わり、デザートバイパー二匹分として700ゲルトがスイに支払われた。
今回、デザートワームは依頼によるものなので報酬はギルドの受付から支払われる事になる。素材買取所のズリーから渡されるのはデザートワームの数が記された査定書と、持込んだデザートバイパーの素材代だけだ。
ズリーに礼を言ってギルドの受付に向かうと、いつの間にか受付カウンターの近くに踏み台が用意されていた。
もしかしなくてもスイ用である。スイは踏み台を持ってカウンターの前に置くと、それに乗ってニーナに査定証とハンターの証を提示した。
『依頼の精算をお願いします』
「かしこまりました。討伐数、二十……!? し、失礼しました。……依頼を問題なく遂行した事を確認しました。A評価です。ハンターの証にも記録されますので、後程ご確認ください」
『はい』
「それでは、依頼書通りの報酬が1,000ゲルト。追加で討伐された二十体分は一体あたり250ゲルトなので、二十体分で5,000ゲルト。合計6,000ゲルトの報酬となります。お疲れ様、スイ君」
『ありがとうございます……!』
素材を売って稼いではいたが、これはハンターとして初めて依頼を請負い、自分の力で得た金だ。達成感も一入である。
ギルドを出ると、まだ明るいが次の依頼に取り掛かるには困るような微妙な時間帯だった。
どうするか考えて、スイはポーチの容量が足りない事を思い出して、今日の報酬で新調しようとローフェル商会に向かう事にしたのだった。
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