第12話 拾われ子は祈りを捧げる
ハンター適性試験に合格して、ハンターの証を受け取ってから二日後の早朝。まだ太陽は顔を出しておらず、空は薄暗い。
少々着膨れをしているスイは、一階に降りた所でオーナー夫妻に声を掛けられた。
「おはよう、スイちゃん」
「おはよう、スイ君。もう行くのね?」
『おはようございます。早めに行かないと、今日中に戻って来れなくなるので』
昨日は一日オアシスを歩き回るつもりでいたスイだったが、出掛ける直前にブレスに直接セオドアが来て、明日マリクとレイラを迎えに行くと伝えられた。
西の果ての森の中にある小屋の具体的な位置は、スイにしか解らないのでスイは絶対参加となる。
「これ、頼まれていた朝ご飯とお昼ご飯よ」
『ありがとうございます』
「西の果ての森……砂漠よりもずっと強いモンスターが多いって聞くわ……スイ君、気を付けてね」
「スイちゃんにとっては砂漠よりもずっと見知った所なんでしょうけど、油断は禁物よ」
『はい、気を付けます。行ってきます』
「「行ってらっしゃい」」
二人に見送られて宿を出る。歩いて町の南の出入口に向かうと、既にサンドホースの馬車が四台停まっていた。
遅れたかと慌ててスイは走って馬車に近寄り、御者に声をかけた。
『すみません、遅くなりました』
「……えぇっと、ごめんよ坊や。これは乗合馬車じゃないんだ」
「あぁ、悪い。そいつも森に行くメンバーなんだ」
「え!? ウィルの旦那、本当に……!?」
「本当だ。あの二人の孫で、森の中の案内人だ。スイ、こっちに乗ってくれ」
「孫!? いや、案内人って……え!?」
混乱している御者に苦笑しながら会釈して、スイはウィルベスターが乗っている馬車のドアを開けて乗り込んだ。
『おはようございます。ウィルベスターさんも今日一緒に行ってくれるんですね』
「おはよう。西の果ての森は西大陸屈指の危険地域だからな、Bに近いCランク以上のハンターが集められたんだ。それと、俺の事はウィルで良いぞ。長くて呼びにくいだろ」
『解りました』
スイは頷くと、他に乗っていたメンバーにも挨拶する。
『今日はよろしくお願いします』
「こっちこそよろしくな、坊主」
「あの森であの二人と暮らしていたなら、今日の案内人が坊主なのも、この間の生還も納得出来るわな」
「全くだ」
「「「はっはっはっはっ!!」」」
「うるせぇお前ら! あと叩き過ぎだ! スイ、遠慮なく文句言って良いんだからな」
厳ついが、気の良いハンター達に背中や肩を叩かれてスイは苦笑する。
オアシスに来た初日、ハンターズギルド内で試験の申込みをした時は散々揶揄いや嘲りの視線と言葉をぶつけられたが、試験に合格してから、正確には
買い物の為にローフェル商会に行き、試験合格を知らせたついでに、ハンター達の変わり様がちょっと怖いとポロッと零したらアンガスとジェフが大笑いしながら教えてくれた。
曰く、ハンターはギルドの規則からして冒険者より良くも悪くも実力主義の考えが強い為、ハンターとして心身共に強い人間には敬意を表し、仲間と認める者が多いとの事。
「異常個体を討伐したのと、困難な状況でも自力で地上に生還しての試験合格だから、ハンター達はスイを認めたんだろうよ」
アンガスにそう言われて、スイは嬉しくも複雑な思いを抱いた。
「よし、全員揃ったな。目的地は西の果ての森の南西地点だ! 行くぞ!」
「「「「「応っ!!」」」」」
四台の馬車が動き出す。一台だけ大きいのはマリクとレイラを乗せて、且つ護衛も一緒に乗るためだ。
二人の亡骸は棺に入れて人力で運ぶ為、森に入るのは八人。その内、四人が運び役、案内人のスイを含めた別の四人が森を出るまでの護衛役、残りの六人は八人が戻ってくるまで森と砂漠の境目で馬車と御者を守る役と、計十四人での行動となる。
スイがオアシスに行く為に通ったルートとは異なり、オアシスから南西に真っ直ぐ向かう最短ルートを行く事になっている。
移動中、時折襲ってくるバンディットウルフやデザートホーク等、機動力の高いモンスターが追い掛けて来たが、サンドホースで振り切ったり魔法で迎撃する等して大きな問題が起こる事無く森に向かった。
森と砂漠の境目に着くと、スイはマッピングのスキルで現在地と小屋の位置を確認する為に、一足先に森に入った。
「全員降りたな。何か問題が起きたら信号音で知らせろ」
「了解」
『戻りました』
「おう、どうだった?」
『此処から入って、やや南寄りに、西に向かって約三時間位です』
「って事は、スイの足を考えるともっと掛かるか……」
ウィルベスターの言葉に、スイは少し迷ったが進言する事にした。
『……あの、生意気と思われるかもしれませんが、この森の中ならボクの方が歩き慣れていますし、もしかしたら皆さんの方が手間取るかもしれません。それを加味すると、やはり三時間位だと思います』
「ほう、言うじゃねえか坊主」
『毎日の様に走り回りましたから。時々モンスターに追い掛けられながら』
「モンスターに……? 因みにその時マリク殿は……」
『ただ笑って見てるだけでした』
「「「(悪魔か?)」」」
まだ一桁の年齢だった子どもを何て育て方しているのか。と言うか賢者レイラはそれを止めなかったのだろうか。
二人に育てられたからスイは素直なんだと思っていたが、一歩何か違えていたらかなりグレていたんじゃないかとウィルベスターは思えてならない。
「と、ともかくだ。俺達は今すぐ森に入り小屋を目指す」
「わ、解った。無事に戻って来いよ」
「お前らも気を付けてな」
双方頷いて、六人は馬車を守る様に配置につき、八人はスイを先頭に森に入った。
砂漠とは正反対の高湿度で薄暗い環境。地面は草が生い茂り、木の根がそこかしこに出ているし、土も水分を多く含んでいる為に慣れていない人間にとっては非常に歩きにくい。
スイは砂漠を移動してる時は着ていた、ローマンから貰った上下の服を馬車の中で脱いでいた。今は下に着ていた、小屋を出た時の格好――水に強い素材の長袖とハーフパンツに、滑り止め加工されたブーツ――にマントを羽織っている。
『上にも下にも、特に蔓に見える物には気を付けてください。時々蛇系のモンスターがいる時があります。足場が悪いので常に足元にも注意を払ってください』
先頭を歩くスイは、時々注意するべき事を話しながら何事も無い様に進んでいく。左右を見ては大きく進行方向を外れない程度に道を変えたり、長い草を掻き分けて通りやすい様にしたり、石を足で退かしたりしている。
それを見てウィルベスターは、スイが後続の自分達の為に歩き易い道を確保しているのだと理解して苦笑した。
「(本当にスイの方が森に慣れている。これでは俺達の方が足手纏だ)」
此処にいるメンバーは全員討伐依頼で何度か森の中に入った事はあるが、それでも森の中の移動の経験はスイに遠く及ばない。
スイを見ると、汗を拭いながらも呼吸は乱れておらず、何かを見つけては採取までしていた。
ウィルベスターの視線に気付いたスイが振り向く。
『どうしました? ウィルさんも採ります?』
蛍光色のキノコを持つスイに苦笑しながら、ウィルベスターは首を左右に振った。
何人かは木の根で躓いたり、滑って転びかけたり、地面を這っていた蛇系モンスターを踏んで怒らせたりしながら森に入って三時間を少し過ぎた頃、スイ達は小屋に辿り着いた。
結界石は未だに起動しており、触れる事が出来ない。
スイは辺りを目視で、更に周囲の気配を探って危険なモンスターは居ない事を確認するとウィルベスター達に顔を向けた。
『周りには危険なモンスターは居ないと思います』
「俺達もそうである事を確認した。スイ、頼む」
『はい』
スイが結界解除の言葉を呟くと、小屋を覆っていた円形の結界は音もなく消えた。
玄関のドアを開けて入り、二台のベッドに近付くと、数日前と変わらぬ二人が横たわっていた。
『………………っ』
眠っているだけの様な二人を見て、スイはギュッと目を瞑る。
『(ただいま戻りました。おじいさま、おばあさま……オアシスにお連れしますね)』
心の中でそう告げて、スイはハンター達に振り向いた。
『お二人をお願いします。時間停止の結界石は、ある程度の範囲に効果があるので片方の棺に入れれば大丈夫です』
「……あぁ、丁重にオアシスまで運ぶ。防壁の結界石はまた使えるのか?」
『はい。四個あるので、各馬車で一個ずつ誰かが持てば襲われること無くオアシスまで戻れると思います』
「有難い。お前ら、二人を頼む」
一人がアイテムバッグから棺を二基取り出すと、すぐに四人が二人をそれぞれ中に納めて担ぎ上げた。
『………………』
此処を離れれば、モンスター達に小屋は荒らされ、壊されるだろう。スイの育った家は失くなる。
仕方無い。此処に留まる事が出来ないならば、放って行くしかないのだから。
スイは胸の痛みを堪えて、七人の前に立つ。
「……もう良いのか?」
大丈夫か。そう言おうとして、大丈夫な訳が無い事にウィルは気付いたが、口から出たのはそう変わらない意味の言葉で自分を殴りたくなった。
『はい、行きましょう』
多少慣れたのか、帰りは行きに比べ七人の歩く速度が上がっていた。
棺を持つ四人に大丈夫なのかと聞いたら、無属性魔法の
行きに三時間以上かかった道を二時間程で歩き、森の外に出た時、太陽はまだ真上からやや西に偏った所だった。
馬車の護衛役の一人がスイ達に気付く。
「早かったな。もう少し掛かるかと思っていたが」
「スイが歩き易いルートを選んでくれたからな。急いでオアシスに戻るぞ。一番デカい馬車にマリク殿とレイラ殿、そしてスイと俺が乗る。残りは四人ずつ分かれて馬車に乗れ。各馬車に一個ずつ防壁の結界石を渡すが、念の為帰り道も警戒を怠るなよ」
「……坊主もそっちなのか?」
「……最後だからな」
養祖父母の亡骸と一緒にさせるのは酷じゃないのか。
しかしオアシスに着いたら火葬される。生前の姿を保った二人と一緒に居られるのは、此処からオアシスまでの数時間が最後だ。
だからこそ一緒にいさせるべきだとも思う。
ハンター達の考えてる事が伝わったのかは解らないが、スイは『了解しました』とだけ言って、馬車に乗り込んだ。
「……気丈なもんだ」
「ハンターになれば、虚勢を張ることが必要な時だってあるからな。あの坊主はよく頑張ってる」
「……行くぞ」
馬車が走り出す。
スイはずっと無言で窓の外を見ていた。
途中から砂猫のお面を被ったので、試験の時に日焼けで真っ赤になっていた話をセオドアから聞いていたウィルは日焼け防止だと思っていた。しかしスイが体の向きを変えた時、ウィルは漸く気付いた。
スイの顎から、雫が滴っている。
スイが窓の外をずっと見てるのも、お面を被ったのも涙を隠す為だった。
「…………っ」
当たり前だ。十歳の子どもが育ての親を亡くして、二度と目を覚まさない現実を直視して、
『…………っ……ぐすっ……』
抑えていても、限られた空間では嗚咽を堪える音も、鼻を啜る音も聞こえてしまう。
ウィルはスイの頭に手を置いた。
「…………スイ、俺が窓から見張る。だから我慢しなくていい。泣いていい。溜め込むと、多分後でもっと
ウィルが手が離して外を向くと、スイは先程までウィルがいた所に座ってお面を外した。
翡翠色の右眼と、燐灰石色の左眼から涙が次々に溢れ、流れ落ちていく。
擦っても擦っても止まらず、スイの頬と両手の甲を濡らしていく。暫くの間、スイは泣き続けていた。
オアシスに着くと、既に皆に知らされていたのだろう。外はまだ明るいのにオアシスに住む人々が沈んだ表情でスイ達を迎えた。
皆、左腕に黒い布を巻いている。西大陸での死者を弔う時の装いだ。
スイも、教会に向かう途中で合流したセオドアから布を貰い、左腕に巻いた。
教会に着くと二人が入っている棺は中に運ばれ、葬式が執り行われた。その後、高温の火魔法で棺ごと焼く。死者のアンデッド化を防ぐ為に完全に灰にするのだ。
そうして灰になった故人は専用の壺に入れられ、遺族に渡される。そして遺族が墓の下に入れる事になっている。
司祭に案内されて、スイは教会から出て墓所に作られた二人の墓の前に立つ。後ろにはセオドアやカテリナ、ウィルベスターと言ったハンターズギルドの関係者が続いた。参列者が多い為、ジュリアンやリリアナの様な関係者以外の人間は、教会や墓所の外で祈りを捧げる事になる。
スイは先にマリクの灰を、次にレイラの灰を墓石の下に納めた。
「オアシスの英雄であり、恩人であるハンターマリクと賢者レイラがこの世を去りました。偉大なるお二人に心からの感謝を。そしてお二人が還るべき所へ還り、心安らかに眠れる様、祈りを捧げましょう」
司祭がそう告げると、教会関係者が小さな鐘を鳴らした。輪唱する様に次々に鐘を鳴らしていく。
スイが、セオドアやウィルベスター達が、そしてオアシスの町の人々が、自分に近い場所にある鐘の音が鳴ると同時に目を閉じ、思い思いの形で手を合わせて祈りを捧げる。
最後に、教会の大きな鐘が鳴り響く。
『………………』
オアシスの町中に鳴り響き渡る鐘の音が完全に消えても尚、スイは祈り続けた。
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