番外編 拾われ子の生還 後編

「待たせたなスイ…………スイ?」


 ソファーに横たわるスイを見て、セオドアは一瞬嫌な予感が過ぎり、ぎくりとした。よく見ると呼吸は正常であり、ただ眠っているだけだと分かると強ばった身体を緩めた。

 お面をずらすと、見えた前髪の色は淡く緑がかった白だった。そっとお面を元に戻す。


「(……そりゃあ、疲れたよなぁ……)」


 戻ってきた時点で疲労困憊だった筈だ。無理をさせてしまったとセオドアは後悔した。


「支部長、宿屋ブレスには連絡済みです……あら、眠ってしまわれたのですね……」


「あぁ、しまったなぁ……話は明日にして、すぐ休ませるべきだった……」


「ジュリアンさんに怒られそうですね」


「………………」


 容易に想像出来て、セオドアは肩を落とした。だがすぐに立ち直り、スイを抱き上げた。


「ブレスまで運んでくる」


「かしこまりました。行ってらっしゃいませ」



 優秀な秘書に見送られてギルドを出ると、既に空には星が瞬いていた。

 スイを抱えて宿屋ブレスに向かうと、扉の前でジュリアンが立っていた。

 やばい、とセオドアが思うと同時にジュリアンは早足で近付き、セオドアの目の前に立った。


「カテリナちゃんから予約の連絡を貰ったのはだいぶ前なのだけど? 何でこんな遅くなったのかしら?」


「い、いや……ちょっと……スイの話を聞いたり、異常個体アノマリーのサンプル提出してもらったりしてたらこんな時間に……」


「それは今日じゃなきゃいけなかったのかしら?」


「明日でも良かった……待て待て待てジュリアン……! スイが起きる、下手したら落ちる……!」


 笑顔で青筋を立てながら襟首を掴んできたジュリアンを、セオドアは必死に止める。

 セオドアの言う事は一理あるので、ジュリアンは素直に手を離し、溜息を吐いた。


「はぁ……アンタみたいな仕事馬鹿とも、ハンター達みたいな体力馬鹿とも違うのよ、この子は。自分達と同等に考えるのやめなさい」


「解ってるよ……悪かった」


「……ま、合格しちゃったら自分達と同等に扱わなきゃいけなくなるんだけどね……」


「………………」


 ハンターは適性試験に年齢制限が無い。何歳であっても試験に合格して適性が認められればハンターになれるし、ハンターになれば例え子どもであっても一人前の人間として扱われる。

 それは、有事の際も変わらない。


「ま、とにかく中に入りなさい。冷えるから、アンタはともかくスイちゃんが風邪でも引いたら大変だわ」


「おう」


 ジュリアンに招かれてブレスの中に入ると、受付内にいたリリアナが憔悴した顔で立ち上がった。セオドアに抱えられてるスイを見て狼狽える。


「ス、スイ君……!? セオドアさん、スイ君は……!?」


「疲れ果てて眠ってるだけだ。部屋に寝かせてあげたいが、鍵は?」


「私が持ってるわ。こっちよ」


 宿代を渡してジュリアンに案内されて二階に上がる。ドアを開けてもらいベッドにスイを寝かせると、少し悩んでお面を外し、部屋を出た。鍵は内からでも外せるので、今は外からジュリアンにかけてもらう。


「どこまで知っている? リリアナはスイの事を誰かから聞いたんだな?」


「昼前に旅人から聞いたわ。砂漠に異常個体が出て、今日試験を受けていた人が襲われて行方不明になったって。多分スイちゃんの事だと思って、アンタに聞こうと一度ギルドに行ったけど、慌ただしいし、セオドアは忙しくて取り告げないって言われたから詳しい事は何も知れずに今まで過ごしたって訳」


「そうか、旅人からか……」


「で、詳しい事を話してちょうだい。リリィと一緒に聞かせてもらうわ」


「あぁ」


 誰もいない食堂に案内され、三人でテーブル席につく。リリアナが水を全員分持ってきてそれぞれの前にコップを置いた。


「さて、どこから話すか……異常個体出現からか」


 そう前置きして、セオドアは話し始めた。所々でジュリアンが質問し、セオドアが答え、リリアナはじっとそれを聞いている。

 全てを話し終えた時、リリアナは手を組んで祈りを捧げた。


地龍アースドラゴン様のご加護に、感謝を……!」


 リリアナは子ども好きだ。ジュリアンとの間にも子どもがいたが、今はいない。生きていればスイと同じ位だ。会ったばかりのスイにこんなに入れ込むのはそれが理由だろうと、セオドアは考えている。


「……リリィ、もう寝なさい。明日疲れた顔してたら、スイちゃんに心配されるわよ」


「夜分にすまなかったな、リリアナ」


「いえ……スイ君の無事が知れて、無事に戻ってきてくれて本当に良かったです。セオドアさんもお疲れ様でした」


「ありがとう。でも一番頑張ったのはスイだからな。明日、スイにも言ってやってくれ」


「えぇ、そうします。では……お先にごめんなさい、おやすみなさい」


「おやすみ」


「おやすみなさい、リリィ」


 食堂を出て、オーナー夫妻の居住スペースに繋がるドアが閉まった音を聞いて、ジュリアンは切り出した。


「さっき話してくれた事、全部本当なのね?」


「あぁ」


「…………大した子だわ……猛毒をくらって、熱された砂に呑まれて地下に落ちて、それでも自力で地上に上がってきたなんて。それこそ地龍様か、同等の何かの加護を本当に受けているんじゃないかって思う位……先に生きているスイちゃんを見ずに今の話を聞いてたら、流石の私も諦めてたわ」


「全くだ。俺もそう思う。生来の生命力の強さもあるだろうが、養祖父母のお二人の教育の賜物だろうな」


「養祖父母? ハンターになって自力で生きようとしてるから何か訳ありだと思ってたけど、養祖父母がいるの?」


「何だ聞いてないのか?」


 意外と言わんばかりのセオドアに、ジュリアンはジトッとした目を向けた


「あったばかりの宿屋のオーナーにそんな話しないでしょ。私も訊けないわよ」


「そ、それもそうか……詳しい話は俺からは出来んが、スイの養祖父母はマリク殿とレイラ殿だ」


「……確かに髪と眼の色はあのお二人の……待って、養祖父母だから、血は繋がってないのね?」


「そうだ」


「実の親は……いえ、私が聞いて良い事じゃないわね」


「実の親の事は俺も詳しくは分からん。昔マリク殿からスイの事を聞いた時に調べたが、確証を持つには至らなかった」


「そう……そっか、あのお二人のお孫さんか……ふふ、なら異常個体を倒したのも、極限状態から無事生還したのも納得出来るわ。お二人も鼻が高いでしょうね」


「……あの世で散々ヒヤヒヤしただろうがな」


 水を飲もうとコップを傾けたジュリアンが動きを止め、驚いた顔でセオドアを見た。


「……嘘、お二人共亡くなったの……?」


「あぁ、スイがオアシスに来る前日だそうだから、二日前になるか……」


「二人同時に?」


「……マリク殿の願いで、寿命を伸ばす為にレイラ殿が禁忌の術を使ったそうだ。代償として、ご自身の寿命がマリク殿の寿命に引っ張られる事になる形で」


「……なんて事……だから、あんなに一人で頑張ろうとしてるのね……」


 ジュリアンは沈痛な面持ちで深い溜息を吐いた。


「リリィには……」


「話しても構わん。ご遺体は結界石でまだ森の小屋の中にあるそうだから、二・三日後にお二人を迎えに行き、オアシスの墓所に弔う。その時、町全体に知らせるつもりだからな。知るのが早いか遅いかの違いだ」


 少しの間、沈黙が降りる。


「……セオドア」


「何だ?」


「スイちゃんをハンターにするの?」


「……指定数六体の内、討伐したデザートワームは五体だった。だが、異常個体の巨大ワームを一人で倒した。人柄も問題ない。合格させない訳にはいかない」


「狙われるわよ、間違いなく。暫くは、少なくともランクが一・二段階上がるまではこの町にいると思うし」


「解っている」


 ジュリアンが言っているのは、長年砂漠に蔓延る人攫いの盗賊団の事だ。彼等は珍しい容貌や優れた能力を持つ女性や子どもを攫っては、そういった者を好む者に売りつける。


「だから、異常個体の事を発表してそれの討伐者がスイだと言う事も発表するつもりだ」


「……余計に奴等にとっての希少価値が上がりそうだけど、異常個体討伐者なら、下手に手を出すと返り討ちに遭うと思わせる狙い?」


「その通りだ」


「奴等にそんな知恵あるかしら」


「長く蔓延ってる奴等はそれなりに知恵があるから簡単には手を出さないだろうし、その可能性に考え至らない奴等は手を出してスイに返り討ちにされるだけだ」


「それでも軽視は出来ないわよ。最近、町の南の方でまた一人子どもが居なくなったって噂も聞いたわ」


「解っている。俺達も冒険者ギルドと連携して監視や警備を強化している。俺達だけで何とかしたい所だが、情けない事に限界がある。すまんが……」


「えぇ、わたしも目を光らせておくわ。何かあったらすぐに知らせる」


「恩に着る」


 そう言ったセオドアにジュリアンは首を横に振った。


「良いわよ、別に。かつての相棒の頼みだし、オアシスもオアシスに生きる子ども達も好きだから」


 怒らせると怖いが、ジュリアンも子ども好きなのだ。そして大人子ども関係なく、面倒見が良い。だから昔も今もセオドアはジュリアンを信頼している。

 セオドアは水を飲み干すと椅子から立ち上がった。見送ろうとジュリアンも立ち上がる。


「そろそろギルドに戻るかな。あ、そうだ、明日スイが起きたら、体調に問題無ければいつでもいいからギルドに来てくれって伝えておいてくれ」


「アンタまだ仕事するの……」


 ジュリアンが盛大に呆れた。

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