番外編 拾われ子の生還 前編
砂漠には遺跡が点在していて、その内の幾つかは地下に繋がっている。そして砂漠の下には
スイを呑み込んだ蟻地獄の下が地下空洞になっている可能性に賭け、更にその地下空洞が遺跡のいずれかに繋がっている可能性に賭けて、捜索範囲を異常個体出現地点だけでなく、周辺の遺跡にも拡げたが未だに発見の報告はセオドアの元に来ていなかった。
異常個体が出現するなど、完全に予想外だった。世界的に見ても出現数は少なく、西大陸でも最後に出たのは二十年以上前に砂漠での出現になる。
あわやオアシスに被害が出るかと思われたが、異常個体が町に辿り着く前に討伐された。ハンターマリクと賢者レイラの手によって。
「(あの二人の孫が被害に遭うとは……!)」
これは何の因果なのか。
セオドアはロビーにあるテーブルに広げた地図を睨んだ。
もっと範囲を拡げるべきか、しかし、もう夕暮れだ。一旦今日の捜索は終わりにせざるを得ない。だがスイがまだ生きているならば、気温が下がる夜の砂漠に放置するのは危険過ぎる。
「(……ウィルは、スイが異常個体から毒をくらったと言っていた)」
状態異常で更に砂漠での生存率は下がる。
「(どうする……!?)」
決断を迫られ始めた時、ギルドの二階の窓から一羽の鳥が独特な声で鳴きながら飛び込んできた。
「シブチョウヘ、キンキュウホウコク、キンキュウホウコク」
「メッセージバード……!」
その名の通り伝言や伝書に特化した鳥のモンスターで、飼い主に言われた事を覚えて、相手に伝える事が出来る。飼い主の教育や個体差によって覚えられる量は異なる。
羽ばたきながら降りてくるメッセージバードを、セオドアをだけでなくギルド内の職員が固唾を呑んで見つめた。
「ポイントカラナンセイノイセキニテ、タイショウヲハッケン」
「…………!!」
見つかった。だが、生死は?
メッセージバードを掴んで問い詰めそうになるのを抑えて、セオドアは続きの報告を待つ。
「タショウスイジャクシテイルガ、セイゾント、ブジヲカクニン。イソギギルドニキトウスル。クリカエス。シブチョウヘ――」
「………………っ!!」
生きていた。生きていてくれた。
よくぞ、極限状態の中で。
ギルド内に歓喜と安堵の声が広がる。
「支部長、良かったですね!本当に良かった……!」
「あぁ、あぁ、本当に……よく耐えた、スイ……!」
「おい、捜索に出てる全ハンターに対象の無事発見と、帰投する様に伝えろ!」
「了解しました!」
ギルド内が慌ただしくなるも、皆表情は明るい。スイのハンター適性試験の受付をしたニーナも目を赤くしながら喜んでいる。本来なら定時を迎えているが、スイ行方不明の報告により残って緊急事態の対応をしてくれていた職員の一人だ。
「ニーナ、報告によるとスイは衰弱してるようだから何か食べやすい物の用意を頼む。それを終えたら今日はもう帰っていい。ご苦労だった」
「了解です!」
笑顔で走っていったニーナを見送り、セオドアはロビーにあるソファーに座った。組んだ手に額を預け、安堵の息を吐いた。
「(……あの二人の墓の横に、スイの墓も作る事にならなくて本当に良かった……)」
不謹慎な考えだが、最悪その可能性もあったのだ。そんな事にならなくて良かったと、セオドアは心底思った。二人への恩を仇で返す事にならなくて良かったと。
「(今程、
そして職員達も、とセオドアがソファーから立ち上がった時にギルドの扉が開き、ウィルベスターと数人のハンターが入ってきた。
「セオドア、スイは!?」
「まだ戻ってきていない。だが、メッセージバードで急ぎ帰投するとの報告があった。もうじき戻ってくる筈だ」
「そうか……生きているんだよな?」
「メッセージバードはそう言っていた。多少衰弱はしているようだが」
「十歳そこらの子どもッスよね? よくまぁ……」
若いハンターは最後まで言わなかったが、最悪の展開を想像していたのだろう。この若いハンターだけでなく、捜索に参加した多くのハンターがそう思っていた筈だ。
毒をくらい、炎天下で熱された砂に呑み込まれた十歳の子ども。恐らく殆どの人間は生存を諦める。
ギィ、と再び扉が開くと、次々とハンター達が入ってくる。その中にスイの姿はまだ無い。
「坊主は?」
「まだ戻ってない」
そんなやり取りを何度か繰り返し、閉まった扉がまた開いたと思った時、先頭で入ってきた男が出入口付近に集まるハンター達を見て驚いた顔をした。
「うぉっ、何だお前ら……支部長まで」
「皆さっき戻ってきたばっかなんだよ」
「そうか。支部長、知らせた通り対象は無事発見したぞ。ほら」
そう言って先頭の男が身体をずらすと、マントのフードを被り、砂猫のお面を被ったスイが立っていた。
スイは周りに集まる大勢のハンター達に驚いた様だったが、ゆっくりと歩き、セオドアの前に立った。
『ただいま戻りました』
「……あぁ、よくぞ圧倒的困難な状況下で帰投した、スイ。お前達もよくやった。全員、受付で報酬を受け取ってくれ」
そう言ったセオドアは傍に立っていたカテリナに小声で何かを伝えると、カテリナは頷いて受付内に入っていった。
スイは振り向くとハンター達に頭を下げた。
『皆さん、ご心配とご迷惑をお掛けしてすみません。ありがとうございました』
「気にすんな坊主、異常個体も蟻地獄もイレギュラー過ぎる。仕方ねぇ」
「そうだそうだ、そんなのに遭遇したら大人の俺達も命が危うい」
口々に皆スイを励まして、受付へと向かっていく。それを見送りながら、スイはまた頭を下げた。その後ろ姿にカテリナが声を掛ける。
「スイさん、コレをどうぞ」
『?』
「魔力水だ。飲んでおけ」
魔力水は、飲むと一定量魔力を回復してくれる代物だ。フードとお面を被っているスイを見て、セオドアはスイが魔力切れか、それに近い状態だと判断して先程カテリナに持ってくるよう頼んでいた。
『……うぇぇ……』
味は美味しくないので、製造元の魔導研究所には定期的に味改善の要望書が届いている。
「さて……スイ、疲れてる所を非常に申し訳ないが、話を幾つか聞かせて貰いたい。大丈夫か?」
『はい、大丈夫です』
「軽食と飲み物を用意してます。此方にどうぞ」
カテリナに案内されて近くのテーブルに移る。軽食と言われて、スイが『あっ』と声を出した。
「どうした?」
『……食べるの、忘れてました』
そう言ってスイはポーチからバゲットサンドを取り出した。それにセオドアは見覚えがあった。
「それ、宿屋ブレスのか?」
『はい』
「そうか……あぁ、食べていい食べていい。足りなければこっちのも遠慮なく食え」
「スイさん、オレンジジュースとマンゴージュースだったらどっちがお好きですか?」
「えっと、水で――」
「オレンジジュースとマンゴージュースだったらどっちがお好きですか?」
「ははっ。スイ、遠慮するな。好きなのを飲め。カテリナは引き下がらない」
『お、オレンジジュースでお願いします』
「かしこまりました。どうぞ」
『あ、ありがとうございます』
スイはコップを受取り、お面に手を当てて一瞬動きを止めたがすぐに外して飲み始めた。日焼けのせいか、顔は真っ赤になっていたが眼は両方とも赤錆色に、フードから覗く前髪も紅茶色をしている。
「スイ、食べながらで良い。異常個体を倒したのはお前で間違いないか?」
『…………はい』
真顔になり、咀嚼をやめてスイはオレンジジュースをほぼ一気飲みした。
「どうした?」
スイのコップにおかわりを注ぎながら、カテリナがセオドアに冷ややかな目を向ける。
「支部長、全形は分かりませんが、サンプルの時点であの巨大さと醜悪さを持つ生物を食事中に思い出させるのは如何なものかと思います」
「た、確かに……すまん、スイ」
『……いいえ……』
「つ、次にだが、蟻地獄に呑まれた後の事を聞かせて欲しい」
『……あの後――』
スイは事細かに話した。地下空洞の事、そこにあった階段と地上への道、水晶の事、開け方の解らない隠し扉――。
スイが全て話し終えると、セオドアは溜息を吐いた。
「生き延びたのは、蟻地獄から脱出出来た奇跡と、自分の状況を理解して立ち回った冷静さによるものだな……凄いよ、スイ。大人でも同じ事が出来る奴は少ない。よく頑張った」
『……おじいさまと、おばあさまのおかげです』
「……そうか。それもあるだろうな」
『あ、そうだ、セオドアさん』
「なんだ?」
『異常個体のサンプルを持ってきたんですけど、出した方が良いですか?』
「なっ……お前サンプル採ったのか!?」
『はい。おじいさまから、異常個体は報告義務があるしサンプルを採って調査をするって聞いてたので』
心身共に極限の状態だったろうにハンターの義務を覚えて実行していたスイに、セオドアは開いた口が塞がらない。
「砂に埋もれた状態でか?」
『いえ、地下空洞にボクの後に落ちてきたので……頭と、猛毒液だけですけど。その、触りたくなくて頭は氷漬けにしちゃったんですが、それでもサンプルになりますか?』
「充分だ! あぁ、此処では出さなくて良い。モンスターの研究専門の部署があるからそこで頼む。すまん、もう少しだけ頑張ってくれ。カテリナ」
「はい」
「………………」
「はい、かしこまりました」
セオドアに何か耳打ちされてカテリナは再びギルドの奥へと消えていった。
ギルド内にある研究部署にセオドアがスイを連れて入ると、研究員達が待っていた。
全員が変わった形のマスクとゴーグルを着けていて、同じ物をセオドアとスイに渡した。
「頭は氷漬けに、毒液は専用の薬品用瓶に入れてあるとの事ですが、猛毒を持つ異常個体と言う事で、念の為こちらのマスクとゴーグルを着けていただきます。しっかり着けましたら、こちらの台にサンプルを置いてください」
スイはマスクとゴーグルを着けると、用意された踏台に乗って、ポーチから出した猛毒液の瓶と氷漬けの巨大ワームの頭を置いた。氷の厚さを除いても、スイが両腕で抱える程はある大きさだ。
「お、大きい……!」
「何て巨大な口だ……牙も禍々しい……」
「色も何て毒々しいんだ……」
セオドアは何かを思い出した様にスイに顔を向けた。
「そう言えば、コイツの毒を食らったってウィルから聞いていたが、どうやって……」
『上解毒薬で治りました』
「何と! 上解毒薬が効くのか!」
「記録しておきます」
せっせと研究員が紙に書き付けていく。
「それはどこから……」
『昨日の夜、森で捕ったアサシンスネークの毒から作り置きしてたのでそれを』
スイが生き延びたのは、確かにマリクとレイラのおかげだとセオドアは確信した。
研究部署を出てロビーに戻ってくると、セオドアはスイにロビーで少し待つ様に告げ、受付の奥に入っていった。
スイはソファーに座り、大きく息を吐く。
『(……怒涛の一日だった……)』
マリクとの修行でも、こんなに追い込まれた事は無かった。
『(でも、ハンターになって旅をすればこんな事も一度や二度じゃ無いんだろうな……)』
何十年も旅を続けた養祖父母を、改めてスイは尊敬した。
『(…………ねむい…………)』
起きてなきゃと思いながらも瞼の重さに耐えきれず、残っていた理性でスイはお面を顔に被せた。
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