第11話 拾われ子は一歩進む

 カーテンから射し込む光が眩しくて、スイは目を覚ました。


『(……あれ……?)』


 スイは自分が昨夜いつベッドに寝たのか、それどころか宿屋に来た事すら思い出せずに首を傾げた。


『(それ程疲れてたって事かな……)』


 くぁ、と欠伸をして両腕を上げて身体を伸ばすとベッドから降りた。


『(あ、お風呂入ってない……入ろう)』


 着替えを用意して洗面所へと向かい、服を脱いでシャワーの水を出そうと、レバーを捻った。

 顔を洗おうとシャワーヘッドを見あげて、顔に水を当てて――。


『――っっっ!?』


 激痛が走って声に鳴らない悲鳴をあげた。

 顔に触れられないので、洗顔は濡らしタオルでそっと拭く程度にして、髪と身体を洗ったスイは身体を拭くと着替えて洗面所にある鏡を見る。

 鏡の中のスイは真っ赤な顔をして、涙目でスイ自身を見ていた。


 着替えたスイは部屋で図鑑を見ていた。薬や薬草に関する物で、レイラから貰った物だ。顔の変化について調べていたが、めぼしいページは見つからない。

 困り果てて居ると、部屋のドアがコンコンコンと鳴った。


「スイちゃん? 起きてる?」


 ジュリアンの声だ。ハッとして窓を見ると外は随分と明るく、太陽は真上にあった。そして起きた時には既に日差しが強かった事を思い出した。


『起きてます! ごめんなさい、今行きます!』


 急いでポーチに図鑑をしまい、変装ディスガイズをかけて、ぐるりと部屋を見回した。何も残してないのを確認して部屋を出ると、ジュリアンがすぐ側に立っていた。


『ごめんなさい、ジュリアンさん……!』


「大丈夫よ、スイちゃん。私こそごめんなさいね。昨日の事もあるし、まだ休ませた方が良いとも思ったんだけど、ちょっと心配になっちゃって……て、あら?」


 申し訳なさそうに笑みを浮かべていたジュリアンは、スイの顔を見て目を丸くした。


「スイちゃん、顔真っ赤だわ。それ、痛くない?」


『い、痛いです、凄く。でもこれ、何が原因でこうなったか解らなくて……ジュリアンさん、これどうすれば治るか知りませんか……?』


 歳の割にしっかりしていると思っていたスイが困った顔で訊ねてくるのを見て、ジュリアンはスイには申し訳なく思いながら、ふふっと声が漏れ出てしまった。


「そっか。スイちゃん、砂漠の人間じゃないものね。日焼けしたの、初めて?」


『ひやけ……? た、多分初めてです』


「太陽の光を長く浴びていると肌が焼けてしまうの。火傷の一種ね。だから焼けた所を触ったり、服が擦れたりすると痛みを感じるのよ。」


 火傷。そう聞いて、だからあんなに痛むのかとスイは納得した。


『上回復薬で治せますか……?』


「日焼けに上回復薬なんて勿体ないわ。放っておいても数日で治るけど、すぐ治したいのよね?」


 頷いたスイに、ちょっと待っててと告げるとジュリアンは階下に降りていき、すぐに戻ってきて、液体が入った瓶をスイに渡した。


『これ、回復薬……』


「そうよ。それを飲むか、顔にかけるかすればすぐ治るわ。かけた方が早く治るわよ」


 瓶の蓋を取り、片方の手の平を凹ませると回復薬を垂らし、両方の手の平に馴染ませると顔に当てた。


『っっっ……!!』


 当てた直後びりびりとした痛みが走ったが、次第に治まり、痛みは消えていった。


「ふふ、治ったわ。元通りよ」


 ほら、とジュリアンがスイの前に掲げた手鏡の中には、白い顔のスイが映っている。


『ありがとうございました、ジュリアンさん。回復薬代、お支払いします』


「気にしなくて良いわよ、支給品だし」


『支給品?』


「オアシスでは月に一度、家庭の人数に応じて薬が支給されるの。だから使わないと溜まっていく一方なのよね。回復薬もそのひとつだから、お代は要らないわ。それと、ご飯は食べられそうかしら? 遅めの朝食って事で用意するわ」


 そう言われて、スイはちょっと申し訳なく思ったが甘える事にした。

 そのままジュリアンと一緒に食堂に入り、テーブルにつくとリリアナがスイに気付き、食事を運んできた。


「おはよう、スイ君。いっぱい食べて良いからね、おかわりはいっぱいあるから」


 涙目で笑顔を浮かべるリリアナをスイは不思議そうに見ながら、挨拶と礼を述べて食べ始めた。その様子をジュリアンが微笑ましげに見ている。


「ワイフ、スイちゃんの事すっごく心配してたのよ」


『心配? ……あ!』


 昨日出会ったハンターが、緊急の捜索救難依頼が出ていると言っていたのをスイは思い出した。


『すみません、ご心配をおかけしました』


 食べるのをやめて膝に手を乗せて頭を下げたスイを、リリアナは抱きしめた。


「無事に帰ってきてくれて、本当に良かったわ……スイ君は、どうしてもハンターになりたいのよね……?」


『なりたいです』


 リリアナに抱え込まれながら、躊躇無く即答したスイをリリアナはつらそうな笑顔で見下ろす。


「リリィ、本人が覚悟を決めているもの。止めるのは無粋よ」


「解っているわ、ジュリアン。止められないのも解ってる。ねぇ、スイ君」


『はい』


 スイを離し、その両肩に手を置いたリリアナは屈んでスイに目線を合わせた。


「命を懸けて任務遂行するのがハンターっていう人間だって、私も知っているつもりよ。でも命があってこそのハンター稼業。何よりも、命を大事にしてね……スイ君にもしもの事があったら、悲しむ人がいる事を覚えていて」


『……はい、ありがとうございます』


 じわりと歪んだ視界の真ん中に映るリリアナにスイはまた頭を下げた。零れた雫は、誰にも気付かれなかった。


「……スイちゃん、身体はもう大丈夫?」


『はい、大丈夫です』


「セオドアから、回復したらいつでもいいからギルドに来てくれって伝言を預かっているけど、行けそうかしら?」


『……はい。食べ終わったら、行きますね』


 ハンター試験の合否の事だろう。不合格なのは悔しいけど、また挑戦すれば良い。

 スイはそう自分を慰めて、食事を再開した。




「何考えてるか想像つく気がするけど、きっとスイちゃんが思ってる事にはならないわよ」


 宿屋を出る時にジュリアンに言われた言葉の意味を考えながら、スイはギルドまでの道を歩く。


『(ハンター試験、再受験出来ないって事なのかな……もしそうだったら、どうしよう……)』


 悶々と考えている内にギルドに着いた。

 スイは不安を抱えながら扉を開けて中に入った。すると、「おぉ」とか「あの子が」とかあちこちから聞こえてくる。

 不思議に思いながら受付の前で背伸びをすると、受付にいたのは一昨日と同じ、獣人の女性だった。


『あの、セオドアさんに来てくれって言われたんですが、セオドアさんはいますか?』


「あ! 君は……えぇ、此処でそのままお待ちくださいね。すぐに呼んできますから」


 パタパタと走っていったかと思ったら、本当にすぐセオドアを連れて戻ってきた。

 ドアが開き、ロビーにセオドアが出てきてスイを見下ろした。


「身体は平気か?」


『はい』


「昨日は散々だったな。試験の結果だが」


『……はい』


 こんな人がたくさんいる所で知らされるのかと気が重くなったスイだが、続けられたセオドアの言葉に思考が止まった。


「試験は合格! よってハンターズギルドは、スイを正式にハンターと認める!」


 一拍置いて、ギルド内のあちこちから、称賛の言葉がバケツで水を被せるかの如くスイに降り掛かった。


「やるじゃねぇか坊主! 見直したぜ!」


「史上最年少だぞ! 大したもんだ!」


「そんな小せぇナリで異常個体アノマリーを殺るたぁ、凄ぇ奴だ!」


一部サンプルだけど、見たよあのでっかい異常個体! 後で話を聞かせてよ!」


 ハンターだけじゃなく、受付の奥からも眼鏡をかけた職員が何か言っているが、スイは呆然とセオドアを見上げた。


『……合格?』


「あぁ。どうした、嬉しくないのか?」


『だって、デザートワーム、六体倒してないです……あと一体……』


「確かにデザートワームは五体しか倒してないが、デザートワーム以上の凶悪な奴を倒したんだ。不合格にする理由が無いだろ」


『……本当に……?』


「本当だ。胸を張れ、スイ。お前はハンターになったんだ」


 肩に置かれたセオドアの手に、笑顔に、スイはギュッと目を瞑った。そして抱えていた不安を息と共に大きく吐き、泣きそうな顔で笑った。


『よ、良かったぁ……!』


「あぁ、本当によくやったよ。ほら、これがお前のハンターの証だ。魔力を流しておけ」


 手渡されたのは、表側は魔鉄鋼、裏側は魔晶石と言う半透明の石を長方形に加工して合わせたプレートに、特殊な魔力加工を施す事で作られたハンターの証だ。

 証の表面にはランクを表す石が埋め込まれており、名前も彫られているので、手っ取り早く身分を明かす場合は相手に見せるだけで良い。

 

『わっ! 空中に文字が……!』


 魔力を通すとそのハンターの名前の他に年齢、現在のハンターランクとこれまでの成績、試験受験地など詳細な情報が宙に表示される。

 未登録の状態のプレートに魔力を流すと、その魔力を流した者が持ち主として登録されるので、持ち主以外の者が悪用しようとしても反応しない仕様になっている。


「此方でも確認はしたが、情報に間違いは無いか?」


『えっと……無いです。大丈夫です!』


 細長いプレートをキラキラとした眼で見つめるスイはまさに十歳の子どもで、見てて微笑ましくなる反面、無事に生きて帰ってきてくれて本当に良かったとセオドアは思う。


「……ハンターになると、ギルド内にある素材買取所も色々と得に利用出来る。詳しくは職員に聞いてくれ。カテリナ、頼めるか?」


「はい。スイさん、ハンター適性試験の合格、おめでとうございます。色々と説明する事がございますので、あちらのテーブルがある席までお願いします。」


『ありがとうございます、お願いします……!』


 カテリナに連れていかれて、スイはテーブルで真剣に説明を聴き始めた。

 その様子を、むず痒くも微笑ましく思いながらハンター達が見ている。


「素直だなぁ……」


「あの位の年頃の子だとこういうもんだよなぁ」


「いつから俺達はこんな擦れちまったんだか……」


「大人になると、説明されてもなぁなぁで聞き流す事もあるしなぁ……」


 そんな会話がされている事など露知らず、スイは説明を聴き終えると、早速素材買取所でポーチいっぱいに貯めてた素材を売った。

 西の果ての森で採った上質な薬草や木の実に、アサシンスネークの生体、純度の高い水晶など高値がつく物ばかりでギルド内はまた騒然とした。


 ギルドから出た時にはオアシスの町は夕陽に照らされていた。もうそんな時間かとスイは驚いたが、そもそも起きた時間が遅く、宿屋を出たのが昼過ぎなのだからいつもより日没を早く感じても仕方ない。

 町の人々を見ると、店じまいを始める店も多い。スイは少し考えて、買い物は明日に回し、宿屋ブレスに戻る事にした。

 宿屋の扉を開けると、オーナー夫妻が受付に立っていた。


「あら、スイちゃん。セオドアの話は……その顔なら、心配事は杞憂だったみたいね」


 見透かされていた事を気恥ずかしく思いながらも、事実なので否定出来ず、スイは頷いた。そして、首から下げていたハンターの証を二人に見せた。


『ハンター適性試験、合格しました……!』


「凄いわ、おめでとう! スイ君!」


「おめでとう、スイちゃん」


 拍手で祝ってくれる夫婦に、スイも笑顔になる。


『ありがとうございます! それで、あの、今日もお部屋って空いてますか……?』


「空いてるわよ、今日も泊まってくれるの?」


『はい。もう日没なので、買い物は明日する事にしました』


「それが良いわ。はい、部屋の鍵よ。昨日と同じ部屋ね。夕食はお祝いにご馳走にするから、楽しみにしてて」


『ありがとうございます……!』


 スイは宿代を払って鍵を受け取りお礼を述べると、階段を上って部屋に入り、ベッドに腰掛けた。そしてハンターの証を見て、口元を緩めた。


『(駄目だー……ニヤニヤしちゃう……)』


 本当に駄目だと、不合格だと思っていたのだ。喜びが爆発して、身体を動かさずにはいられず、スイは足をバタつかせる。

 プレートに埋め込まれた鉄鉱石をなぞる。


『(Fランク……ここからだ……)』


 スイは決意を新たにして、ハンターの証を首にかけた。

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