第10話 拾われ子の地下探索

 ざぁぁ……という音でスイは目を覚ました。

 暗闇と、自分の隣にある薄ら光る水晶に一瞬現状が把握出来なかったが、すぐに砂漠の下にある地下空洞に落下した事を思い出した。


『(しまっ……ちょっと休むだけのつもりが寝てた……!)』


 慌てて立ち上がるが真っ暗で殆ど何も見えない。水晶がある所だけは反射で僅かに光るので、勘で歩いて水晶に激突するなんて事にはならずに済みそうだ。

 しかし水晶の光だけでは心許無い。せめてもう少し目が暗闇に慣れるまでは此処にいようとスイは座り込んだ。


『(おじいさまもおばあさまも、急ぐ時程冷静になれと言っていた。焦るな……焦るな……)』


 目を閉じて深呼吸する。此処には今の所モンスターもいない。落ち着けと、スイは自分に言い聞かせる。ふと、吐き気と目眩がなくなっていることに気付いた。


『(上解毒薬、効いて良かった……体力もちょっと回復してるし、眠って良かったのかもしれない)』


 そして試験のことを考えた。


『(……不合格、かな)』


 あと一体倒せば合格だったのに、とスイは目を開けて落ちてきた巨大ワームがある辺りを見る。幸いな事に、暗闇で少々離れてもいるので無惨な姿は見えない。


『(……私の扱いはどうなっているんだろう?)』


 試験中の行方不明。こういう場合は不合格となって終わりなのか、捜してもらえるのか。


『(……不合格でも、生きて戻ればまた試験は受けさせてもらえた筈)』


 ハンター適性試験に不合格でも、一定期間空ければ再受験は可能とマリクは言っていた。ただ、今もそうかは分からないとも言っていたが。


『(……考えても分からないなら長く意識を向けるな。今やれる事に注力を)』


 養祖父母の教えを頭の中で復唱し、頬を叩いて立ち上がる。乾いた音が空間に反響した。


いっ…………!?』


 叩いた頬が酷くビリビリと痛んだ。

 恐る恐る触るが傷の有無を確認する前に、少し触れるだけで痛む。脚もヒリヒリするので、熱された砂に包まれたせいかもしれないとスイは判断した。

 涙目になりながら、スイは先程の音の反響具合を思い出す。


『(思ったよりずっと広そう)』


 多少慣れてきた目で周りを確認しながら歩くと、更に下に続く階段を見つけた。


『(地上からこんなに離れてるのにもっと下がある……)』


 階段を降りるべきか、否か。

 好奇心はかなり擽られるが、早く地上に戻る為にも今は行くべきではないとも思う。

 葛藤を続けて、スイは後ろ髪を引かれながらも地上に戻る事を優先した。


『(あの道が地上に続いていると良いな……)』


 更に探索して、この空間には下層への階段と、反対側に奥に続く道しか無い事が分かった。

 スイはその道を辿る前に、大人の拳大の水晶をふたつ採掘してひとつをポーチに、もうひとつは手に持ちながら巨大ワームの死骸に近づいた。


『(ウィルベスターさんは異常個体アノマリーって言ってたな……確か、生物の成長や進化の法則から逸脱した個体だっけ)』


 殆どが原種とは比べ物にならない程強く、人間にとって脅威となる為、発見したらすぐにギルドへの報告が義務付けられているのが異常個体だ。

 発生頻度は低く、複数のサンプルを採るのがかなり難しい。調査が進むと名前が付けられ、詳細な情報が全ギルドに通達される。


『(サンプル……倒しちゃったけど採った方が良いのかな……触りたくないけど……でも報告するならサンプル有った方が多分良いよね……触りたくないけど……!)』


 うんうん唸って考えた結果、スイはちぎれ掛けている頭部を風の刃で完全に分断し、氷漬けにしてアイテムポーチに入れた。

 ついでに採取道具を取り出して、砂に埋もれていない所を探して巨大ワームの猛毒液も採取した。ざぁぁ、と頭上から音がする。


『(サンプル要らないって言われたら、頭は砂漠に埋めて毒液は素材屋に売ろう)』


 ぽんぽんとポーチを叩くと、スイは上を向いた。落ちてきたのだから天井には穴が空いているんだろうが、光は全く見えない。断続的に砂が落ちてくるのを考えると、穴も開いたり閉まったりしているのかもしれない。


『…………ん? ぶっ!!』


 どしゃあ、と盛大に顔から砂を被った。砂の重みに負けてそのまま地面へと叩き付けられる。


『げほっ! ぺっ、ぺっ……! い、痛っ……!』


 目と口に砂が入り、口内にへばりつく砂の不快感と、目と顔の痛さに涙が溢れてくる。

 堪らずに水を創り出し、口をすすいで目と顔を洗った。


『(砂漠、ちょっと嫌いになりそう……)』


 巨大ワームと遭遇してから踏んだり蹴ったりである。


『……もう! 帰るっ!』


 鬱憤を声に出して発散させながら、スイは階段とは逆方向にある道を歩きながら、試験中の事を思い出した。


『(……そう言えば私、使っちゃった……)』


 スイが巨大ワームに放った氷の楔。


『(なるべく人前では精霊術は使っちゃダメって言われてたのに)』


 魔法とは似て非なるもの、それが精霊術だ。

 魔法は古の時代から人類によって研究・解析され、子孫へと教え受け継がれてきたものだが、精霊術は精霊が使う力であり、自然現象そのものと言える。よって、魔法の様な詠唱は無い。

 必要なのは想像する事だ。より具体的に想像する程、強力になる。


 だが、人間でこれを使えるのはかなり少数だと言われている。何が原因で授かるのかは未だ不明とされている、先天的にしか持つ事の出来ない能力のひとつだ。

 その為、精霊術を使える人間は希少性が高い。王都の魔導研究所の様な公的機関からスカウトされる事もあるが、人身売買のターゲットにされやすくもなる。希少価値の高いモノを欲しがる人間は少なくない。


『(最期まで隠し通したおばあさまは凄い)』


 地と水の属性を持っていたレイラも精霊術が使えた。スイが精霊術を使いこなせているのは、同じ能力を持つレイラから直接教わる事が出来たのが大きい。


『(多分、ローマンさん達にはバレてないと思うけど、ウィルベスターさんにはバレたかもしれないな……)』


 砂漠でバンディットウルフを倒した時も実は風の精霊術を使っていた。スイにとっては魔法より使いやすいので、バレない可能性が高ければ精霊術の方を好んで使っている。魔法とは発動の仕方が異なるが、詠唱する振りをして形を似せれば魔法と見せ掛けて使う事も出来るのだ。


『(……訊かれたら、おばあさまが創り出した独自の氷魔法って事にしよう)』


 そう決めてスイは道を歩き続けた。時折、手頃な大きさの水晶を見つけては採掘する。


『(試験不合格だったら、素材採取でお金を稼がないと)』


 生きていくには子どもでも金が必要になる。宿代を節約する為に一時的に森に帰って小屋で暮らすにも、食料は必要だ。

 何個目かの水晶を入れた所で、ポーチから反発を感じた。


『(あ、もう入らない)』


 アイテムポーチやアイテムバッグと呼ばれる魔道具は、収納量の限界に達してから物を入れようとすると反発を感じる様に出来ている。

 スイが腰に着けているポーチは、空間収納系魔道具の部類では一番小さいタイプだ。


『(採取するにも旅をするにも、もっといっぱい入る方が良いな……お金貯まったら、新しいの買おう……お?)』


 薄らと見えてきたのは上層に続く階段。実は地上に続く道では無かったらどうしようと思っていたスイは安堵の溜息を吐いた。


 階段の向こうの気配を探り、何も居ない事を確認して上がる。次の階層では所々道は分岐していたがいずれも行き止まりで、複雑に迷う事なくスイはまた階段を見つけた。上階からはやはり気配を感じない。


『(此処、モンスターがいない? 下にある水晶のおかげかな……)』


 地下は基本、モンスターの巣窟だとマリクから聞いていたが、此処ではまだ一匹も見ていない。少々回復したとはいえ、疲労困憊の今のスイには有難いが、居るべきものが居ない違和感には不安を煽られる。


 そんな状況で更に二階層程上がると、スイは奥の方に漸く気配を感じた。

 遠すぎてまだ人かモンスターかの判別がつかないので油断は出来ないが、地上に出られるのではとの期待が強まった。


 気配を感じる方に歩いて行くと、やがて行き止まりに当たった。回り道があるのかとスイはひとつ前の分岐点に戻り、別の道を進んだがそちらも行き止まりだった。感じる気配は先程より遠い。

 更にひとつ前の分岐に戻り、同じ事を繰り返したが、同じ結果になっただけだった。気配がより遠くなった分、こちらの方が悪い結果と言えるかもしれない。


『(ここまで他に階段は無い……他に道も無かった……)』


 スイは頭の中で地図を思い浮かべる。

 冒険者やハンターと言った旅人には必須と言えるスキルのひとつにマッピングがある。

 スキルは大きく分けると先天性と後天性の二種類があるが、マッピングはどちらにも属するスキルだ。

 地図が読めないとか、教えられても逆方向に行ってしまうとか余程の方向音痴でない限りは、それ程取得難易度も高くない。

 頭の中の地図と、実際に通ってきた記憶を結び付けてスイは見落としの可能性を潰し、他の道の可能性を探す。


『(……無い……って事は、隠し通路……?)』


 スイはまた奥に向かって道を進む。行き止まりの度に周りを調べ、最後に一番気配を強く感じる最奥部の行き止まりに戻ってきた。


『(周りに何か仕掛けとか…………あれ?)』


 ごつごつとした壁を触っていた手が、溝に触れた。そのまま手を滑らせると上下に続いているのが分かる。


『(これ、扉? じゃあやっぱり何処かに仕掛けがある筈……!)』


 薄暗いので、傷がつくのも厭わず手探りで壁や地面を探るが一向にそれらしき物は見当たらない。

 希望が見えて逸っていた心が萎んでいく。


『……もうっ! これどうやったら開くの!』


 怒り任せにバチンっと扉らしき壁を叩いた。

 ――バゴンッ!


『っ、え?』


「え?」


 扉が勢いよく開き、スイは前のめりに倒れかけた。


『わっ! わ、わ、わっ……痛っ!』


 転びそうになるのを堪えたが、徐々に前のめって最終的にやはり転んだ。

 後ろでは、開いた時とは一変して、ゴゴゴゴゴ……と静かに閉まっている様な音が聞こえる。


『(ちょっどどころじゃなく、砂漠、嫌いかもしれない)』


 この仕打ち、あんまりだ。

 そう思いながら擦りむいた手の平を涙目で見ていると、後ろから声を掛けられて肩が跳ねた。


「す、すまない。大丈夫か? 驚かせるつもりはなかった。その、君はハンター適性試験を受けてた子ではないか?」


 ついつい確認を疎かにしていたが、盗賊や人攫いの可能性があった事に思い当たってスイはヒヤリとした。それと同時にローマンに言われていた事を思い出して、マントのフードとお面を被った。


『(薄暗いから気付かれなかったと思いたいけど……)』


 誰もいないし、残り少ない魔力を節約する為にと変装ディスガイズは使っていなかった。

 スイの地毛は淡く緑がかった白髪である。明るい色なので、この薄暗さでももしかしたらバレたかもしれないと内心ヒヤヒヤしながら振り返ると、三十代前半位の男性が驚いた顔をして立っていた。服装を見るに冒険者かハンターの様だし、悪意も感じないのでスイは頷いた。


『そうですが、あなたは?』


「やっぱりそうか! 俺は君の捜索隊の一人でオアシスのハンターで、ルオツィネと言う。君にはギルドから緊急の捜索救難依頼が出ているんだよ」


 その言葉にスイはお面の奥で目を丸くした。

 捜索救難依頼が出され、そして依頼を受けている人に見つけてもらえたと言う事実を飲み込んだスイの口から、希望と安堵の言葉が涙と共に零れた。


『外に、出られる』


「そうだ、よく一人で頑張ったなぁ……! 生きて見つけられて本当に良かった……! おぉーい! 子どもを見つけだぞ、無事だ!」


 ハンターが大声でスイの発見を伝えると、遠くの方から歓声があがり、多くの気配が近付いてくるのが分かる。


「大丈夫か? よければ俺が運ぶが」


 正直、疲れ切っていたのでお願いしたい気持ちもあったが、何となく意地でスイは断った。


「そうか、十歳とはいえ男だもんな。そりゃ恥ずかしいか」


 何やら都合良く解釈してくれたのでスイはそういう事にしておく。

 スイに歩調を合わせてくれるのでゆっくりとした歩みになったが、捜索隊の他のメンバーと合流すると、厳つい風貌のハンター達が驚いた顔をした後に次々にスイの肩や背中を叩いて、スイの生還を喜んだ。

 砂猫のお面を被っている理由をハンターの一人が訊ねると、スイは『顔が痛いからです』と端的に答えた。

 一瞬不思議そうにしたが、すぐに全員が理解した様で納得の声を出した。その様子に、スイがお面の奥で不思議そうな顔をした。


 やがてハンター達と共に上階への階段を上がると途中から徐々に差し込む光が増えて、上がりきる頃には内部の様子も、ハンター達の顔もはっきり視認出来る程度に明るくなっていた。

 どうやら此処は砂漠に点在する遺跡のひとつらしい。折れた石柱がそこかしこにあり、壁は崩れている。


「ほら、あそこが出入口だ」


 ハンターの一人が指差した先からは朱色の光が差し込んできていた。

 遺跡の外に出ると、夕陽に朱く染められた砂漠が広がっていた。数時間ぶりの外の風、外の匂い、遠くに見えるオアシス。

 生き延びた事を実感して、スイはひっそりとまた涙を流した。

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