第6話 拾われ子の社会勉強

「此処がオアシスのハンターズギルド。隣に建っているのが冒険者ギルドだ」


 案内がてらに説明をしてくれたのは商人の護衛をしていた二人の内の一人、アンガスだ。

 町に着いてあまりの人の多さに目を瞬かせていたスイを見て、ハンターズギルドへの案内を申し出て、商人もそれが良いと後押しした。


 冒険者と違い、年齢制限が無く実力主義の考えが強いのがハンターだ。見た目が厳つい者が多いので、ならず者が多いと思っている人もいる。

 スイの様な子どもが一人で行くと絡まれる可能性があるので、防壁役も兼ねてアンガスが着いていく事にした。


「スイ、色変えは出来てるか?」


『……これで大丈夫ですか?』


 そう言って深く被っていたフードをそろりとあげて、砂猫のお面を外して顔を見せたスイの髪は紅茶色に、眼はどちらも赤錆色に変わっていた。


「問題無い。バッチリだ」


 笑って頷いたアンガスに、スイはホッと息を吐いた。




 ―――時は少し遡る。

 砂漠の町オアシスに着いたスイ達は、商人の商会に向かった。互いに自己紹介をしてローマンと名乗った商人は、砂漠での救助の礼をしようとして、顎に手をあてて軽く唸った。


「ふむぅ……先にハンターズギルドで適性試験の申込みをしてきてからの方が良いかもしれんな……坊ちゃん、砂漠用の装備を持っていないだろう?」


 坊やから坊ちゃんにランクダウンした気がしなくも無いが、スイは指摘せずに頷いた。


「ハンター適性試験もそうだが、砂漠で行動するのに専用の装備は必要だ。真昼になると太陽の熱も命取りになるし、戦闘中に砂に足を取られれば目もあてられん」


 確かに、とスイは再び頷いた。実際、バンディットウルフに襲われている商人達の所に向かった時もさらさらとした砂のせいで走るに走れなかった。奇襲が成功したから短時間で怪我無く五頭のバンディットウルフを倒せたが、真正面から向かっていたら無傷で倒すどころか、下手をすれば命が危うかったかもしれない。


「試験は最短でも申し込んだ日の翌日だ。試験の前日までに討伐対象が知らされるから、早ければ申し込んだ当日に知る事になる。礼をするなら知ってからの方が都合が良いな」


『都合が良い……?』


 何の事かと首を傾げていると、護衛の内の一人であるジェフがハンター適性試験について説明を始めた。


 「試験に合格するにはギルドが指定したモンスターを指定数討伐するのが条件だ。ここまでは良いか?」


『はい』


 生前、マリクからもそう聞いている。


「試験で討伐するモンスターは支部によって違う。此処オアシスなら、砂漠に生息するモンスターの中でE~D-ランクに属する奴らが指定される事が多い」


 西大陸にFランクのモンスターは生息していない。西の果ての森がある北西から南西と、山岳地帯である北東を除いた西大陸全域に広がる砂漠に生息するモンスターはE~D+ランクだと言われている。

 試験で指定されるのはその地域で最低~平均に分類されるモンスターだ。討伐依頼がよく出るし、その程度のモンスターも狩れなければハンターとして生きていけないという事になる。


「討伐対象が決まったら、そのモンスターの情報を調べた方が良い。それを元に装備を整えたりするのもハンターに必要な事だ」


 そこまで話すと、後をローマンが引き継いだ。


「試験で討伐するモンスターを知らされたら、此処に来てくれ。試験に適した装備を渡そう。勿論礼として渡すのだからお代は不要だ」


『そういう訳には……! お金はあります! ちゃんと払います!』


 スイは慌てて断ったが、ローマンは首を左右に振った。


「坊ちゃん、これは無償じゃない。救助に対する代価だよ。正当な働きには正当な代価を。商人に限った事じゃない。他人からの依頼を請負い、身体を張って遂行し、報酬を得るハンターにも言える大事な事だ」


 スイは何も言えずに押し黙る。


「我々商人は、あまり相手に貸しを作りたがらない。後で無茶な要求をされる可能性があるからね。なるべくその場で精算したがる。それとは別に、気に入った相手だからこそ貸し借りを作りたくないと言うのもある。対等な立場である為にだ」


『……正当な代価と、対等な立場』


「そう。相手と対等である為に、そして良い関係を築き続ける為にも正当な働きに対して正当な代価を支払う事、請求する事、そして受け取る事は重要だ。坊ちゃん、受け取ってくれるね?」


『…………は、い』


 頭では解っていても心が納得をしていないのだろう。難色を示しながらも反論出来ず、頷いたスイを見て、自分も若い時はそうだったとジェフは昔を思い出した。


「よし、この話は終わりだ。次にだが、坊ちゃん、変装の備えはあるか?」


『変装……? いえ、ありませんが……』


 話の切替わりに戸惑いながらもスイが首を振るとローマンは複雑な顔をした。


「砂漠にはモンスターの他にも危険な連中が居てな…盗賊団がいるんだが、そいつらが物だけじゃなく人も攫うんだ」


 その話にスイはレイラから聞いた話を思い出す。


『女の人や、子どもの一人旅は狙われやすい……』


「そうなんだ。まぁそれは西大陸に限らず、世界共通なんだが……で、だ。坊ちゃんは人攫いに狙われやすいタイプなんだよ」


『お、男、でもですか?』


「男でもその歳でその見た目だとな……特に髪と眼の色は西大陸では珍しい色だ。それに坊ちゃん、魔法が使えるだろう? 優れた容姿に優れた能力の子ども……狙われるだろうな」


『でも戦えます! 返り討ちに……』


「この過酷な砂漠でハンター達に捕まらずに生き延びてる奴等はそれなりに戦える奴等だ。それに奴等は砂漠に慣れている。坊ちゃんは確かに戦えるが、数と地の利で攻めてくる奴等に囲まれた時、絶対に逃げ切れると言えるか? 歳の割に賢い坊ちゃんなら解るだろう?」


『………………』


 ぐうの音も出ない。森を出て一日目なのに、早々に一人で生きていく事の難しさを実感させられる。


『(……社会って、イロイロ厳しい……)』


 思わず悟った様な表情になってしまったスイを見ながら、ローマンは近くにある箱を漁った。


「だからな、出来れば変装した方が良いんだがフードだけでは心許無いんだよなぁ……お面でも被るか……?」


『変装……あっ』


 思い出したのは養祖母レイラとの魔法授業。若い頃に描いてもらったというマリクとレイラの肖像画を見ながら練習した魔法があった。


『あの、これで幾らかマシになりませんか?』





 それで披露したのが、レイラの若い頃と同じ色にした髪と、マリクと同じ色にした眼である。

 変装ディスガイズと言う、姿形を変える無属性魔法がある。これは本来の姿とは全く異なる姿に見せる魔法だが、スイは魔力操作で姿は変えずに一部の色だけを変える部分的色変えマイナーチェンジを行っている。

 顔の造形は変わらないが、印象は随分と変わるし、紅茶色の髪も赤錆色の眼も地属性持ちが多い西大陸ではよく見る色だ。


 髪や眼の色はその人間が持つ属性の色が出やすいが、絶対にイコールになる訳では無い。風属性持ちなのに赤い髪だったり、水属性持ちなのに金や茶色の髪の人間もいる。だから珍しいと思う者もいるだろうが、髪と眼の色を変えたスイが風や水魔法を使ってもおかしくはない。


 無属性の中級魔法が使える事にローマン達は大層驚いたが、素の姿より幾分目立たなくなるので使用を勧められた。

 だが、常時使用となると魔力の消費が気になるので、なるべくはマントのフードとお面で隠している。

 今装備してるフード付きのマントと砂猫を模したお面は、ローマンからの謝礼の一部だ。


「よし、じゃあ行くぞ。厳つい顔のおっさんが多いだろうが俺が隣にいるから気にするな」


『はい、ありがとうございます』


 ギィ、と音を立てて扉を開けてアンガスと共に中に入ると、掲示板に貼られた依頼書を見ている筋肉質で厳つい顔の男達が見えた。

 何人かはギルドに入ってきたスイ達に目を向けて、怪訝な顔をした。


『(……怖そうな顔の人は確かに多いけど……)』


 予想よりも怖くなかった事に内心スイは安堵の息を吐いた。普通の十歳児なら泣く子もいるかもしれない位には皆強面だし、子どもは場違いだと言う雰囲気があるが、彼等以上に強面だったマリクと七年一緒に暮らしていたからか、スイの感覚は多少麻痺している。


『(モンスター相手に本気で怒ったおじいさまの方が百倍怖いや)』


 アンガスと並んでギルドの受付に向かうと、窓口に女性がいるのが見えた。砂色の髪に、同じ色の猫耳が生えているので獣人なのが判る。


「ハンターズギルド、オアシス支部へようこそ。ご依頼でしょうか?」


「いや、依頼じゃない。用があるのはこっちだ」


「え?」


 こっちと言われ、視線を動かした受付嬢はアンガスよりもだいぶ低い位置にある頭頂部に目を丸くした。その様子にアンガスは苦笑する。


『あの、』


「え!?」


 カウンターに手を掛けて背伸びをして漸くスイの顔が女性に見えた。今はフードだけ被ってお面は外している。


「可愛い……」


『……えっと』


「あ、ごめんなさい! あの、ご依頼は君が? ご両親から頼まれたの?」


『いえ、依頼じゃありません。ハンター適性試験を受けに来ました』


「え?」


 スイの言葉と受付嬢の驚愕の声に、ギルド内に笑い声が響き渡った。あちこちからスイを揶揄ったり馬鹿にする言葉が聞こえ、アンガスがスイと彼等の間に立って睨み付ける。


『アンガスさん、ありがとうございます。でも大丈夫です』


 予想してた事だから、とスイは続けたがアンガスは彼等の視線からスイを守り続ける。


『ハンター適性試験に年齢制限はない。そうですよね?』


「え、えぇ、でも、本当に君が……?」


『受けさせてください。それと、支部長に手紙を預かっています』


「支部長に? どなたからか教えてくれる?」


『はい。ハンターマリクと賢者レイラから、ハンターズギルドオアシス支部長セオドア様へ』


 スイのよく通る澄んだ声が全員の耳に届き、喧騒を静めた。

 隣に立っていたアンガスも驚愕の表情でスイを見ている。


『ハンター試験の申込受付と、支部長への手紙のお渡しをお願いします』


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