第7話 拾われ子とオアシス支部長の再会

「ハンターマリクと賢者レイラだって……?」


「あの二人に孫なんて居たのか?」


「いや子どもすらいないって噂だったが」


 静まったギルド内に徐々に喧騒が戻る。その内容は先程とは変わり、スイを揶揄うものではなくマリクとレイラとの関係に対する不躾な興味となった。


「お二人からの手紙を見せていただけますか?」


『はい』


 腰のアイテムポーチから白い封筒に入った手紙を受付嬢に渡す。表にはセオドアの名が、裏には封蝋が押してあり、マリクとレイラの名前が書かれていた。

 受付嬢は魔道具らしき物を取り出すと、起動して浮かび上がった文字と手紙の文字を比べていく。


「……ありがとうございます。確かにお二人の筆跡である事を確認しました。こちら、支部長に渡す為にこのままお預かりしてもよろしいですか?」


『はい、お願いします』


「では、少々お待ちくださいませ」


 最初こそ戸惑っていた受付嬢だったが、落ち着いた後は手際よく対応し、手紙を持って受付の向こうへと去っていった。


『(……やっぱり、おじいさまとおばあさまは有名人なんだ)』


 マリクもレイラも、旅の思い出をよく聞かせてはくれたが自分達の事についてはあまり語らなかった。

 自分が思っている以上に凄い二人なのかもしれないと、ギルド職員やハンター達を見ながらスイは考える。


「……スイは」


『はい?』


「ハンターマリクと賢者レイラの孫だったのか」


 驚きと戸惑いの目でスイを見るアンガスに、少し悩んでからスイは答えた。


『孫兼弟子です。でも』


 血の繋がりはありません。

 そう小さい声で付け加えると、アンガスはハッとした後、スイに謝罪した。


「すまない。つらい事を訊いた」


『平気です。お気になさらないでください』


「(……歳の割にしっかりしてる子だ……)」


 ハンター達の野次にも臆さず、受付嬢や自分達に礼儀正しく話す。

 複雑な生立ちだろうに、素直な性格なのは生来のものか、養祖父母の教育の賜物なのか。


「(良い子なのに、神様や精霊様は何でこんな試練を与えたのかね……)」


 地水火風光を司る五神龍や各地に存在する精霊に、アンガスは少しだけ文句を言いたくなった。


「大変お待たせしました」


 戻ってきた受付嬢に顔を向けると、彼女は受付内とギルドのロビーを繋ぐドアに目を向けた後、スイにその視線を移した。


「その、支部長セオドアが直接お話を伺いたいとの事です」


 受付嬢がそう言って直ぐに隣のドアが開いた。砂色の髪に濃茶色の眼を持つ、四十代半ば頃で身長190cmはあろう男が出てきた。


『……セオドアさん?』


 スイは記憶を手繰り寄せ、目の前の人物と思われる男の名前を呼ぶ。

 セオドアと呼ばれた男はスイを見て一瞬目を丸くしたが、納得した様に小さく頷くとスイの頭を撫でた。


「……覚えていてくれたかスイ。いやぁ大きくなったな!」


『わぁっ、ぐちゃぐちゃにしないでください……!』


「はっはっは、すまんすまん。さて、受付の彼女が言った通りだ。話を聞きたいから着いてきてくれ。そっちは……」


「ギルドへの案内と付添いで来た、ローフェル商会のアンガスだ。個人的な話になるなら俺は此処で待つ」


 どれくらいの時間が掛かるか判らないが、アンガスを一人待たせるのは申し訳ない。スイはアンガスを見上げた。


『アンガスさん、ボクはもう一人でも平気なので戻っていただいて大丈――』


「解った。向こうに本棚がある。暇潰しになるかは解らんが」


「助かる。じゃあスイ、俺は此処で待ってるから」


『ア、ハイ』


 スイに有無を言わせずアンガスの待機が決まった。

 ボサボサになった髪を手で直しながら、スイはセオドアに着いて行き、ギルド二階の支部長室に入った。

 セオドアに促されてソファーに座ると、予想以上に柔らかく沈み、少々慌てる。

 間を空けずに受付嬢とは別の女性が入ってきて、二人の前に飲み物を置いて退室した。


「……久しぶりだな、スイ。髪と眼の色は若い時のレイラ殿とマリク殿の色か?」


『はい、砂漠で知り合ったローマンさん達に色々教えてもらって……自衛の為に変えてます。でもちょっと疲れるので、いつもはフードとお面で隠すつもりです』


 そう言ってフードと砂猫のお面を被ると、セオドアは頷いた。


「それがいい。オアシスを含め砂漠は……森とは別の意味で物騒だからな……さて、お二人からの手紙だが、亡くなられたんだな……?」


『はい。昨日』


「そうか…………」


 セオドアは両手を組むと、深く溜息を吐いた。


「……偉大なるハンターと賢者が、旅立たれたか……スイ、あの二人に育てられたお前には悪いが、幾つか話を聞かせてもらいたい」


『は、い』


 一瞬でも二人との思い出に意識を向ければ涙腺が緩む。スイは泣かないようにセオドアにだけ意識を向けた。

 二人の身体について、スイは結界石での時間停止と防壁で維持している事を伝える。

 ローフェル商会との事も訊かれたので説明すると、納得した顔を見せた。


「そうか。レイラ殿が力を込めた結界石ならばそう簡単には破られないだろうが、早めに行くに越したことはないな」


『……オアシスで、おじいさまとおばあさまを弔っていただけるんですよね?』


「勿論だ。長い間この西大陸の平和に貢献してくださった偉大なお二人に、我々オアシスの人間は心から感謝している。丁重に弔わせていただく」


『お願い、します』


 ホッと息を吐いて頭を下げたスイに、セオドアは少し申し訳なさそうな顔をした。


「それで、悪いがスイには森の家までの案内を頼みたい。今から編成を組むから、最短でも森に行くのは四・五日後になる」


『解りました。あの、ハンター適性試験は受けさせてもらえるんでしょうか?』


「あぁ、丁度枠が空いているから明日で良ければ明日行うが」


『お願いします』


 頭を下げたスイを、セオドアは濃茶色の眼でじっと見つめる。


「スイ。マリク殿やレイラ殿にも何度か言われているかもしれないが、俺からも一度訊きたい事がある」


『はい』


「ハンターではなく、他の生き方を選ぶ気は無いか? お前なら魔導師の素質もあるから王都に行って勉強する事も出来るし、他の仕事に就く事も出来る。いずれもあと数年待たなければならないが、それまで俺が後見人となる。わざわざハンターとなって、危険な生き方をする必要はないんだぞ?」


 真摯に見つめてくるセオドアの眼は、数年前に一度会っただけなのにも関わらず心からスイを心配しているのがよく解った。

 それでもスイは首を左右に振ると、セオドアを見つめ返した。


『ありがとうございます。でも私は、おじいさまと同じハンターになって、誰かを助けながら世界を見てみたいんです』


「マリク殿とレイラ殿が、そうして各地を旅したようにか」


『はい。旅をするならば寄って欲しいと頼まれた所もありますし』


「お二人に?」


『はい』


 生前、マリクには西大陸北東の町にいる鍛冶師に、レイラには中央大陸の王都にいる賢者の一人にとそれぞれ頼まれた事がある。

 だが、未成年のスイは一人では西大陸から出られない。

 そこで必要になるのが、ハンターになった際に発行されるハンターの証だ。公的な身分証明書であり、各大陸の境である関門で入出の手続きをする際に許可が降りやすくなる。

 冒険者の証も同様だが、こちらは適性試験の下限が十五歳からの為、十歳の庶民のスイがすぐに公的身分証明書を得るにはハンターになるしかない。

 スイの素質と、珍しい色の外見があれば貴族の養子に入ると言う手も可能性としてはあるが、此方は養祖父母もセオドアも難色を示し、スイも嫌がった。


『それに……旅をしていれば、もしかしたらいつか、自分の事がわかるかも、しれませんから……』


 視線を下げて、不安が混じった声でスイはそう続けた。

 ドラゴンに連れられ、西の果ての森に墜落したスイ。スイがマリクとレイラに保護されてすぐに、セオドアはマリクから話を聞いていた。龍が東の姿だった事、スイの話や言葉の訛りから東側の出身ではないかと予想している。


「…………」


 スイは自分の事を知りたいと思っているが、同時に知る事を恐れてもいる。

 唯一覚えている故郷の記憶から、自分が捨てられたと思っているからだ。

 捨てられた理由を知りたい。でも知るのが、母親からの拒絶を再び突き付けられるのが恐い。

 その葛藤を抱えてスイは生きている。


「……ハンターの適性試験は年齢制限が無い。試験に合格してハンターになれば、その時点で未成年であろうと大人として扱われる。過酷で危険な職業だが、それも覚悟の上だな?」


『はい』


「……ならば、もう止めはすまい」


 一瞬哀しげに笑ったセオドアだったが、立ち上がるとスイに告げる。


「着いてこい」


 そう言って支部長室を出ると、一階の受付前にスイを立たせて向き合った。


「スイのハンター適性試験受験の許可をする。試験日は明日。詳細は受付にて確認し、明朝、指定された場所に遅れずに行く事」


『……! はい!』


 力強い声と眼で返事をしたスイは、そのまま受付で試験の説明を受ける。

 それを見ていたハンターの一人がセオドアに近付いた。


「し、支部長、本当にこんな子どもに適性試験を受けさせるんですか?」


「あぁ、本人の意向だし、ハンターとして生きる事の厳しさも覚悟してる。まぁ、そこら辺はマリク殿からも聞いてるだろうしな」


「ハンターマリクのお孫さんなら尚更止めなきゃいけないのでは……!」


「スイ本人がハンターになる事を望んで、マリク殿はそれを止めなかった。ならば部外者の俺達が止める資格は無い。それに、ハンターは常に人手不足だ。子どもだろうと力のある者は迎え入れる。それがハンターズギルドの方針だ」


 ハンターズギルド支部長の顔でそう答えたセオドアに、男は何も言えなかった。

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