第4話 拾われ子は旅立つ

 西の果ての森の中にある小さな家。長年老夫婦が住んでいたそこに幼子が共に住むようになって七年が過ぎた。毎日の様に子どもの声が聞こえていた家周辺だが、ここ数日は打って変わって静かだ。時折、鳥の鳴き声や葉が揺れる音だけが空気を揺らす。


 家の中、二台並ぶベッドにそれぞれマリクとレイラは横たわっていた。

 ベッドの間にある椅子にスイが座って、二人の手を片方ずつ握っている。


「七年か……短くて早かったなぁ……」


「ごめんなさい、スイ……もっと一緒にいたいのだけれど……」


 七年前、ドラゴンに咥えられて落ちてきたスイを拾った時はまだまだ生気に溢れていた二人の声は、今は細くなってしまった。

 二人は今日、寿命を迎える。

 本来、マリクはとっくに亡くなっている筈だった。だが、まだスイに生きる術を教えこんでいない事を悔いるマリクに、レイラは禁忌の術を行う事でその寿命を延ばした。マリクの寿命に自らも引っ張られる事を代償にして。


「……まだまだついていてやりてぇが、教えるべき事は教えた。お前なら、俺達の自慢の孫のスイなら、大丈夫だ。生きていける」


「何処かに落ち着くもよし、旅を続けるのもよし……何かに迷った時は私達から教わった事を思い出して、それでも迷う時はあなたの心の思うままに生きなさい」


『はい……おじいさま、おばあさま……』


 刻々と迫る養祖父母との別離に、スイは涙を堪える。

 母親に出ていけと言われ、故郷とは異なる環境の地に独り落とされた自分を拾い、生きる為に必要な事を教えてくれた二人。

 戦闘訓練では何度も怪我して痛い思いをしたし、モンスターや動物の命を奪う辛い思いをしたけれど、二人と暮らす中で愛される暖かさと喜びも知った。

 命の恩人であり、大好きな育ての親である二人に安心して眠ってもらう為にも泣く訳にはいかない。


「スイ」


『はい』


「何度も言ってきたが、生きるってのは簡単じゃねぇ。たった十歳で一人で生きていかなきゃならねぇお前なら尚更」


『……はい』


「生きていく中で、どの道を選んでも後悔すると解っていても、どれかを選ばなきゃならねぇ時がきっと来る。後悔する事で負う心の傷は、きっと身体に負う傷以上に痛む」


「……痛くて、もう歩けないと思ったら休みなさい。戦えないと思ったら逃げなさい。どちらも恥ではないのだから」


『……は、い』


「「スイ」」


 少しづつ温度を失っていく手に、視界が滲む。


「お前と」

「あなたと」


「「暮らせて良かった」」


 スイに向けられる、最後の笑顔。


「「ありがとう」」




 家の中の二台のベッドの間に時間停止の結界石を一個、家の外の四隅に一個ずつ置いた防壁の結界石をそれぞれ起動する。

 解除方法はスイが発する合言葉だけ。

 これで家はモンスターに襲われる事はないし、二人の身体も結界の中にある間は腐敗しない。

 この森に墓を作ってもモンスターや動物達に掘り起こされて喰われてしまう。二人が亡くなったら砂漠の町オアシスのハンターズギルドの支部長に知らせて、オアシスの墓所に弔う事になっている。


 熱帯雨林の中から見える空はほんの僅かだが、青い。きっと、今日この世を離れる魂も迷わずに還るべき所へと行けるだろう。

 寂しくて悲しいけれど、それだけは良かったとスイは思う。


『おじいさまとおばあさまに育ててもらえて、私は幸せでした』


 小屋の前で両手を合わせて、スイは呟く。

 両方の頬を流れた涙を拭ってスイは旅立つ。

 二人の死を知らせる為、そして養祖父マリクと同じハンターになる為に。

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