第137話 LIKEandLOVE それとユメの話
幕張琴樹は一人で生きていく。ひっそりと。誰かと強く関係を築くことなく、必要最低限の生を細々と全うする。
そう思っていた。
幕張琴樹はもう、一人では生きていけない。
優芽に出会い、芽衣に出会い、友人の輪が広がり、家族というものにまた触れ。
一人で生きていくことがどうしようもなく怖くなった。
また失うのが。
「友達とか、クラスの仲間とか……家族、とか。もう、色んなもんに救われて、色んなもん貰ってるって、わかってんだ」
弱さ故の醜さを。
受け入れる覚悟が出来ていることを。
告白しよう。
琴樹は屈んで抱き上げる。姉を追うように舞台に上がった小さな温もりをだ。
芽衣が観客の人だかりをするりするりと縫ってこちらに向かってくるのを、琴樹は視界の端に捉えていた。それが、二人の親に見送られてのことだとも。
芽衣はいつかのように一人で抜け出してきたのではない。
父と母に送り出され、おねえちゃんやおにいちゃんの友人たちの助けを借りて。
繋ぎに来てくれた。
「こときおにいちゃん」
間近の笑み。まんまるの瞳の煌めき。琴樹と芽衣は至近に見つめ合う。笑みを交わす。
「おにいちゃんは、おねえちゃんを、あいしてる?」
「ああ。愛してる、大好きだ」
「めいはぁ? めいのことも、あいしてる?」
「ああ。愛してる」
琴樹は一度、ぎゅっと腕の中の愛しいものを抱きしめて、愛しい人に向かい合った。
「優芽、君の全部を、愛していいか?」
弱い自分は、醜く求めてしまうから。
優芽を愛するだけじゃ足りない。
芽衣も、親も、築いた友情も、涙も、選んだ
全部を
「ばか。当たり前でしょ。全部愛してよ。私も……琴樹の全部を、愛してる」
そのあとのことを琴樹も優芽もあまり思い出したくない。
万雷の拍手、指や口の笛の音、祝福と揶揄い、それら全てを浴びてしまった時間のことなど、思い出すにははなはだ恥ずかしい。
優芽は耳も首も顔も真っ赤にして琴樹の体に半分は隠れ、それがまた冷やかす声を大きくした。
琴樹とて平静とはいかず、とにかくどうやってでもいいから場を収めてくれと内心に情けなく後輩の進行役に懇願した。
芽衣などは、また無邪気に爆弾を落として。
「わぁあ。やっぱりおねえちゃんとおにいちゃんはごけっこんしたんだね! めいねぇ、おとうとがほしいんだぁ。おねえちゃんはいつこどもをうみますか?」
姉に口を手で塞がれたものだ。
そのまま三人で舞台袖に引っ込めば、演者と聴衆という垣根がなくなるから余計に揶揄われ、そそくさと場所を移動した。
そうして校庭の隅の芝生の上に退避して、なんとか腰を下ろしたところである。
「し、死ぬかと思ったぁ~」
優芽が羞恥心から立てた膝の間に顔を埋める。そんな姉を芽衣が「おねえちゃんしんじゃだめっ!」と本気で案じるから「あはは、死なないよ、嘘嘘」と言えば今度は嘘吐きを叱られる。
青天の下、琴樹と優芽が芝に尻を乗せ、芽衣は琴樹の胡坐の上に鎮座している。
琴樹は芽衣の頭をゆっくりと撫で、優芽を見ていた。それだけであんまり幸せで、自然と口元は緩んだ。
「なに笑ってんのっ。ばか。あんなの……一生許さないんだから。ほんと、恥ずかしすぎて……あぁぁああ、どうやって友達と顔合わせればいいわけぇ!? お母さんとお父さんにも! やばいぃいいい、ほんと、ほんと、ありえないっ、ばかっ、ばか琴樹っ、ばか!」
芽衣はこてんと首を傾げる。
「なんで? みんなぱちぱち~ってしてたよ? のぞみちゃんはね、おしあわせにーって言ってた! みんな、楽しいってしてたのにね~?」
「そうだな~、なんでだろうな~」
芽衣に見上げられた琴樹は安直に同調しておいた。
「そりゃみんなは楽しいでしょうよっ」
優芽としては唇を尖らせざるを得ない事実だ。こんなの他人事なら楽しいに決まっている。
「琴樹だって友達と会うの、恥ずかしいでしょっ。笑ってる場合じゃないんだから」
「ま、後のことはそん時に考えるよ。今はすげぇ幸せだから、いいんだ。今が幸せなら」
「……それってあんまり、よく聞こえないし」
「はは、そうかもな。でもそんなもんだろ……俺は、今がいい。過去は、変わんなくて、どうしようもなくて……俺には少し……大きすぎるから」
琴樹は青を見上げる。白のない青一色。気持ちがいい。
「未来も……未来には、もっともっと大きなものがあるはずで、それはこれからきっと、たくさん見ていけるから」
青から目を外す。見詰めるのは何より大事な、愛しい人だ。
「優芽と一緒に」
「琴樹」
「それと芽衣ちゃんとも一緒にな」
優芽は相好を崩して「もうっ」と笑った。
「めいも! めいもごいっしょしますっ。……ずっと?」
「ああ、ずっと。ずっと一緒に、色んなもの見にいこうな」
その比喩は幼女には通じないから「めいはちきゅうを見たいなぁ」と壮大な夢を語られた。
「地球か」
「うん! こうやってねぇ、うちゅーからね、ちきゅうを見るんだよ! あおかった! てめいも言うの!」
「きっと見にいこうな」
「やだっ、ぜったい見にいくっ。めいはちきゅう見るのっ!」
ぷくっと頬を膨らませた芽衣の頭をまた撫でながら、叶えばいいと思う。
「その時には、みんなで見ような」
「うんっ!」
いつか、見果てぬものを見る時に。
一人ではないと信じる。
芽衣は夢中で語りだす。
「優芽……愛してる。大好きだ」
「うん。大好き。愛してる、琴樹」
「「ずっと」」
「わぁ……ちゅーだ!」
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