第136話 告白

 琴樹の頼みで、優芽は昼食後に校庭に向かった。即席のステージが佇んでいる。本当はステージ前の観客用のスペースにということだったが、優芽は少し離れた木の陰を選んだ。

 丁度、演目の変わり目らしくステージ上が一時は無人になった。優芽は観客たちを眺めて、そこに家族の姿を見つけた。

 母と父と妹。揃って座っている。三人とも笑顔だが、やっぱり芽衣が一番、楽しそう。優芽は微笑みを浮かべてステージ上に視線を戻す。

 誰かという以上に、友人が登壇したからだ。市橋明歩。涼を慕う一学年下の後輩。いつもはちょっとクールぶってるけど、そう、こんな感じに物事をまとめて推し進めるこの舞台上にこそ素が出ているんじゃないかと優芽は思う。活き活きとしていると。

 琴樹から聞いていた『高校生のLIKEorLOVE』なるイベントの詳細を把握し、優芽はおおよそ自分がこの場に呼ばれた理由を理解した。ほんとは頼まれた時点で察していたけれど。

 この先にきっと羞恥が待っているとわかって優芽は頬に赤を差す。

「もう、琴樹のばか。なにする気なのぉ」

 多くの友人、観衆、更には家族の前でだ。一体何を告白されるのか。

「いつもありがとう、とか?」

 それですら恥ずかしくないわけではない。

「好きだーって、改めて言うとかも、たぶんルール違反では、ないよね」

 それはあるかもと考える。そりゃ自分だって頑張って返すけど。そんなの恥ずかしすぎるに決まってる。

「はっ、もしかしたら……よくない話とか」

 言ってすぐに「ないな」と否定する。そんな人じゃない。良い方向でなら羞恥心に過負荷をかけてくる気もするが、わざわざ泣かすようなことを衆目に晒す人ではない。そんな人を、好きになったと思いたくない。

「てか、堅苦しいなぁ」

 とりあえず琴樹の畏まりまくった長話はあとでたっぷり弄ってやろうと優芽は決めた。

「3、2、1、LIKEorLOVE?」


「まず俺が付き合っている相手ですが、三年六組の白木優芽です」

 琴樹は深くはなりすぎないように頭を下げる。もちろんその先は優芽の家族だ。特に両親に対し。申し訳なさだってあるのだ。こんな大勢の目と耳に晒される中で娘さんの交際関係を語ることに、心苦しい感情がたしかにある。

 どこか遠くに「知ってるぞ」「とっくにご存知なんだよっ!」「食あたりでお腹壊せー!」と野次が聞こえる。過激なものがないのは助かるが、腹を下すのは遠慮願いたい。

 琴樹は続ける。

「一年生の頃、まぁ俺の一目惚れなんですけど。その後いろいろあって、というのは省略しますが、二年の三学期に……告白して、まぁ、OKを貰って付き合い始めました」

「惚気んなー!」

「本題に入れはよ本題入れ」

「羨ましいぞー!」

 琴樹はどうどうとジェスチャーして野次の火に油を注いでおいた。なんか逆に気持ちよくなってきたのは否めない。

「付き合い始めてからも、今日まで、簡単な日々ではありませんでした。かなり色んなこと考えて……大学は、別々です。少し、遠距離恋愛ってやつになります」

「フラグ立ったぁあああ!」

「色々を話せやっ、色々をよぉ!」

「話長くない?」

 最後のが一番心に効いた。

「あー、まぁ、だからじゃないですけど、ちゃんと……言っとかないとなってことが、一つ……残ってるんですよね」

 琴樹が深く息を吐いて吸って、吐く間、野次はなかった。

「今……未来のことはやっぱどうしたってわかんねぇけど……優芽、君に応えておきたい」


「優芽、俺は……優芽を愛してる。今を誓うよ。俺は優芽を愛してる」


 沈黙が落ちて、会場には『正桜祭』の盛り上がりばかりが響く。

 十秒ほどして、明歩はマイクを口元に持ち上げた。視界には、走ってくる人が見えている。

「ありがとうございました。……見事に、覚悟を見せられたと思いますよ」

「……だと、いいんだけどな」

 琴樹は頬を掻く。

 それでやっと会場も動き出した。

 誰かの下手くそな指笛が鳴り、拍手が伝播し、やっぱり野次はあって。

「クサい台詞をありがとう!」

「オレも愛してるぞー!」

 中には野次でないものもある。

「よく言った」

「それ、ちゃんと守んなさいよねっ」

 琴樹は今一度マイクに「どうも、応援ありがとうございます。頑張ります」と言葉を乗せておいた。

 それ以上はない。

 なぜならそんなことより、向き合わなければいけない相手がいるから。

 手首を口元に当てて顔を隠しながら、それでも確かな足取りでステージ上に上がってくる優芽を見て、琴樹はまず謝罪を伝えた。

「わるい。勝手なことした。恥ずかしい思いさせてる。それは本当に、わるいと思ってる」

「じゃあなんでこんなことしたのよぉ」

「おっと、白木優芽さんご本人の登場です。……しばらくは見守りたいと思います」

 明歩は三歩下がって二人と距離を取る。

 琴樹は優芽に触れたい衝動は抑えた。

「俺はさ……一人が怖いんだ……二人も、怖い」

 額に手を当て、俯きがちに告白する。

「もっとたくさん、大勢の人に囲まれて、繋がって……大事なもん、たくさん欲しいんだ。大事に、してくれる人が、たくさん」

 決めていた。告白するのは二つ。

 優芽を愛しているということ。

 それと。

 自分の弱さと。

「俺は……優芽、優芽だけじゃ、足りないんだ」

 故の、醜さを。

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