第135話 いざ

 『正桜祭』の二日目に『高校生のLIKEorLOVE』は開催される。

 13時から一時間。屋上、からでは手頃な縁がなかったから校庭に設けられた特設ステージで、他に色々な出し物やら一発芸やら漫才やらスピーチやらビンゴ大会やらダンス発表やら、常に賑わいを見せている中の一つとして。

 メインイベントではないのだ。

「思ったより人が入ってますね」

「だな。緊張してるか?」

「まさか。トークショーでもないのに緊張なんてしませんよ」

「頼りになるな。トークショーだと緊張するのか?」

「それは、するんじゃないですか? 知りませんけど」

 明歩は本当に緊張していないらしかった。琴樹は時刻と前の催しの進行状況とを照らす。少し遅れ気味か。

「さて準備しようか」

「え、これまだかかりそうですけど」

 琴樹から見ても明歩は本当に頼りになる。今日までの準備作業でもわかっていたことだ。

「そういう時こそ巻くもんだろ?」

 ただもう少し、予測の幅は広げてもいいかなと琴樹は思う。それを伝えられれば先輩として多少は後輩の役に立てたことになるだろうか。

 舞台袖に待機する出場者にも声を掛けて共用の控室に戻った。

 あと数時間で文化祭は終わる。琴樹は今しがた見た観客たちの中によく知った家族連れを見つけていて、その中の一人を特に思う。

 白木芽衣。

 三年目、六日目の文化祭ともなるとすっかり場の雰囲気にも慣れたもので、楽し気に手を叩いていた。

 もしかしなくても琴樹などより文化祭に詳しいくらいで、今日の午前には少しだけ一緒に校内を回ったが、催し物をこれはあれはと教えてくれた。年度が変わりクラスが変わり人が変わっても、文化祭で行われることの多くは踏襲と継承だ。

 マイクよし。ピンマイクよし。進行表よし。放送部との連絡よし。予備のマイクよし。

 一つ前のイベントが拍手に見送られる。

「ほんとに早めに終わりましたね」

「そういうこともあるってことだな。じゃ、よろしく頼むよ、MCさん」

「はい。任せてください」

 時間通りの開始でもよかったが、琴樹は5分前倒してのスタートを選択した。

 舞台袖にはそれぞれに告げるべき何かを抱えた学生が十人、待機している。

 それと――。


「と、『高校生のLIKEorLOVE』の説明は以上です。告白、もちろん恋愛的でもいいですし、そうでなくても日々の感謝、謝罪、そういったことを誰か、たった一人の誰かに対して告白していただいて、更にもしその方が応じていただけるならっ、この場に来て返答をいただこうと、そういう機会というわけです。みなさんご理解いただけましたか? 小さなお友達も、わかったかなぁ?」

 はーい、と返事をする子供たちの中に芽衣も当然含まれる。

 そういうことだから、事前に告白内容の概要は審査していた。あまりに過激なものは弾いている。いるというか弾く予定だったのであって、幸い必要がなかったが。

 さらにこのイベントは校内放送でも流れている。観客席の後ろの方でたまに振り返る人がいるのは、スピーカーから響いているはずの方の明歩の声に訝しんだからかもしれなかった。

「では早速一人目です。どうぞ!」

 そして一人目の告白がはじまる。


 まぁ俺だけど。と琴樹は足を踏み出した。


「三年一組、幕張琴樹です」

「三年生。受験勉強は順調ですか?」

「はい」

「チッ」

 それは台本になかったよね? 琴樹は目を瞬かせて明歩の顔を見た。琴樹の方を見ていやしない。いや役割的には観客の方を向いていていいんだけども。

「こちら幕張琴樹さんですが、なんと本イベント『高校生のLIKEorLOVE』の実行を総括している実行役員長なんですね。役員長自ら参加、それも一番手を引き受けたのは一体どういう理由なんでしょうか」

 台本無視しすぎじゃね?

「そうですね。やはりこのイベントは、まず勇気がいるイベントであると思っています。なんにせよ告白ですから。そこには大きな勇気があると、そう思うわけです」

「なるほど~」

「このあとに登場する参加者の方々はそういった勇気を持ち、あるいは振り絞って参加してくださった。であるならばやはり、イベントを管理する者として、その勇気に応える覚悟を見せなければいけない。不安を少しでも和らげなければいけないと、そう考えこうして一番手を務めさせていただくに至りました」

「なるほどなるほど~。とてもお固い長話をありがとうございました。国会議員の会見か何かかと思いましたね~」

 なんなん? もしかして俺、市橋に嫌われてる?

 琴樹は内心に動揺している。もっとさくっと告白して終わる予定だった。

「とまぁ、幕張先輩の考えはどうでもいいとして。まずは告白の内容をお伺いします。ずばり、恋愛、でしょうか。そこんところ、どうなんでしょうかっ」

 後半、迫真である。盛り上げるためというのもそうだし、明歩個人の興味でもあった。

「はい」

 おお~~~!

 会場から声が上がった。なんだかんだ言ってみんな興味津々なのだ、惚れた腫れた。観客の半分は在校生、二割は校外からの学生であるから、それも仕方のないことだ。

「ただ、いわゆる告白ではないですね。俺にはもう付き合っている彼女がいるので」

 おお~~~!!!

 一段、ボルテージの上がった歓声。紛れて「引っ込めー!」とか「別れろっ別れろっ」とか「公共のイベントを私物化するなー!」とか単にブーイングとか、聞こえてくるが。三つ目を叫んだ希美はばっちり視界に捉えていたから後で覚悟していろと琴樹は思った。というか文句は全員、友人だから後でまとめて話をつけよう。

「盛り上がってますねぇ。やはりみなさん興味がおありのようで。私も気になるところです。それでは、準備はよろしいですか?」

 これは出場者に対する確認だ。琴樹はこくりと頷いた。

「3、2、1、LIKEorLOVE?」

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