第100話 今更
コントローラーは四つある。以前にも優芽や明歩、文や希美や小夜などが涼の家に集まったことが何度かあり、いつの間にやら涼と希美が揃えていた。みんなで遊べるゲームなら、女子だって重宝するのだ。特にそこそこゲーム好きの家主や少年的な趣味を持つ少女がいるならば。
「ま、俺の敵じゃないけどな」
一名を除いて女子連中には負けられない。琴樹は総合優勝のトロフィーを掲げる自キャラを前に腕を組む。いい画だ。
「……もう一回やりましょう」
「そうです! 次は負けません!」
「いいともいいとも。かかってきなさいハッハッハッ」
負けず嫌いが滲む二人と完璧に図に乗ってる一人に嘆息し、優芽は自分は次は一休みとコントローラーをローテーブルに置いた。
ソファから、台所前の広めの机に移動する。一人暮らしするには余裕のある床面積に一人では持て余しそうな家具類。広さの方はゆとりと解釈できなくもないが、どう見たって二人分用意されている椅子の片方に座って三人を眺める。
一人分空いたソファは先ほどのように窮屈そうではない。絨毯に胡坐をかく琴樹は笑みを見せている。
「幕張先輩! 卑怯です! やめてくださいそれ!」
「やめないんだなこれが」
「あっ、あっ、また……やだ……ひどいです」
「楽しいなぁ。市橋はやろうとしてることわかりやすくてハメやすくていいなぁ」
とある乱闘では琴樹の意外な一面が露になる。優芽が過去を思い出すに片鱗は見え隠れしていたかもしれない。
もう一つ、女の子とも割とすぐに打ち解ける面もよく発揮されている。
優芽からすれば両方、感心できない。特に後者。後者が。
ゲームはなにをやっても均衡とは程遠いからと一時間で切り上げて、ならば長居するのも琴樹には肩身が狭い。
「幕張……先輩。その、今日はありがとうございました」
「こっちこそ。それじゃ市橋、優芽と涼も。じゃあ。優芽、また明日」
優芽は首を横に振る。
「あとで電話してい?」
「ああ。それじゃお邪魔しました。そういえば涼は明日は学校に来られるのか?」
「もちろんです」
「はっ! そう、聞いてよ琴樹、涼ってば今日来なかったの……寝坊なんだって! ただの! 寝坊!」
「寝坊って……そうだったのか。へぇ、涼がね」
「……たまにはそういう日もあります」
珍しい空気感の中、琴樹は玄関ドアの向こうに消えていく。
見送って、涼はコツンと柔らかく優芽の肘を叩いた。
「なにぃ?」
「わかってるでしょう」
優芽はたまの優位に口端が上がって仕方ない。軽い足取りでリビングに戻る。後を追う形になった涼の眉が僅かに形を変えていて、それを明歩は見逃さなかった。
これはそう、じゃれ合い。
明歩もまた綻ぶ思いで二人の先輩に続いた。
向ける感情に悪い色がないとして、性差は厳然と隔たり覆し難い。
琴樹がいなくなったからこそ緩むものがある。姿勢とか体勢とか。
それと口の方は性別云々というより当事者意識の問題だ。
「ぶっちゃけ訊くんですけど、白木先輩と幕張先輩は好き同士ですよね?」
「……さぁ? 私はまぁ、好きだけど」
「本気で言ってます?」
「まだそんなこと言ってるんですか?」
「なにさなにさ二人とも。明歩ちゃんなんて今日はじめて琴樹と会ったんでしょ? なんでそんなことわかるのわかんないじゃん、もしかしたらほら……好きとかじゃ、ないかもだし」
「本気で言ってます?」
「まだそんなこと言ってるんですか?」
「んんん、なにじゃあ、どうしろって言うの」
「別にどうしろとも言いませんけど……」
思春期女子の好奇心から訊いてみただけだった。優芽やましてやまだ何も知らない琴樹についてあれこれこうしろああしろなどと希望すらない。極端な話、二人がどうなってもよい。明歩が思うに琴樹なら、健全な傷以上のものを優芽に与えることもなかろう。と、そこまで考えて引っ掛かる。
「あれ……幕張先輩って……二年の先輩、ですよね? 紀字の」
「そう、あぁ。どうしよ涼」
「私の判断ではなんとも。幕張君本人か……優芽なら別に、話したとしてもそれをどうこう言われることもないと思いますよ」
「……そもそも、私が今日、幕張先輩に会いに行ったのも、そういうことなんです。今日はいるって。一体どういうことなんですか?」
優芽と涼は顔を見合わせて、それから先の約束は即座に果たされることとなった。
スマホの通話を切った琴樹は、冷蔵庫のドアを閉めた。とっくに私服に着替え済み。優芽たちと別れてたった五分後のことにも関わらずである。
天井のおおよその検討をつけた方を見遣って苦笑する。
「マジでどうしよ」
遠からず涼にはバレるだろう。なれば先に言ってしまうが吉。となると優芽には更に先に伝えた方がよさそう。
では他には。仁には、希美には。それから市橋や他の人には。
「ま、明日考えるか」
優芽と涼には今日このあとにでも連絡するとして、それ以外はさほど気にすることもなかろうと琴樹は結論した。
そんなことより今日の夕飯の方が重要だ。
自炊も随分、手慣れてきた。
琴樹が人参を切る半径20m以内で、優芽は実はすぐ近くに居るとも知らずに「気を付けて帰ってね」を付け足してスマホを仕舞った。
許可がでたことを涼に伝えて明歩と対面する。テーブルを挟んで先輩後輩で分かれた配置だ。
「琴樹って――」
なるべく明るく話そうと優芽はそう心に決した。
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