第101話 好きでしたになることだけはわかってる
三日も経てばクラスに馴染む。粗削りの硬さは残るとはいえ、異物ではなくなる。
琴樹も大多数と同様に友人グループというものを形成する一員として休み時間を過ごしていた。
数学がどうの。公式が覚えられないという友人に勉強見ようかと提案する。
放課後。暇してるのが半分、部活が半分の半分、別の用事が残り。ゲーセンには琴樹は行けない。
「今日からなんだよな、放課後授業」
「自業自得じゃい。たっぷり怒られてこいや」
「怒られはしないでしょ。職員室でだっけ? ご愁傷様」
いつもより多く集まった男子たちの輪の中で琴樹はそれぞれに感想を貰う。
今日の放課後から、琴樹は部活の代わりに職員室の一角で授業を受ける。授業と言っても付きっ切りで誰か先生が付いているわけじゃなく、ほぼ自習みたいなものだとは聞いているが。
「テストもなぁ。中間期末の前に一回ずつ追加だし、だるい」
「なーにがだるいだよ。それでもオレだって半年遊びたいっちゅうの」
「遊んじゃねぇって言ってんだろ。てかな、遊びだとしても全然、学校行ってた方がいいって。あぁあ、俺も行きたかった修学旅行……体育祭、文化祭。あぁクソ。マジで羨ましい。俺の青春……どこ? ここ……?」
「白木さんと行きたかったよね、廻りたかったよね、ドンマイ」
「マジでそれな」
「おまえはいつか殴られろ」
「白木さん人気なのに、誰とも付き合わないし誘ってもてんで手応えない理由がこれだもんねぇ……僕もそろそろ彼女作ろっかな」
「あ? いただろ彼女」
「今はいないよ?」
「おまえはいま殴らせろ」
「暴力反対」
例えばそんな休み時間に、スマホが震えることもある。
琴樹が昼に菓子パンやコンビニ弁当を広げる。または学食に繰り出す。それらを一年次から引き続いて同じクラスになったクラスメイトたちは何も言わずに平然と受け入れてくれている。
「ごちそうさま」
を唱えてすぐに教室を出て行くことも。
とはいえ今日のところは優芽のクラスには向かわない。
「あ、やっほ。早かったね」
会いはする。ただ他にも人がいるのだ、今日は。
「久しぶり~。お、か、え、り」
「ただいま」
優芽と同じクラスのよく知る人物。陽だまりの笑顔は何も変わっていない。
ただ、茶色の髪は微風に揺れて長く流れる。
「元気かね? 幕張君」
「元気だよ。篠原も相変わらず元気そうだな」
にっ、と笑みを深くするのに、篠原希美は、琴樹の記憶よりずっとずっと大人びて見えた。
中庭にレジャーシートを敷く生徒は、実は結構いるもので、特に冬の晴天はむしろ室内より暖かく過ごしやすいから人気スポットと呼べる。
かつ、友人同士よりも友人以上の関係性を持つ二人組の割合が高めなのが特徴だ。
「幕張、焼けてるね。海か? 海なのか?」
「海と言えば海だな。バイトしてただけだ。海の家ってやつ」
「なるなる。すっかり陽キャになっちゃって。篠原さんは嬉しいよ」
やれやれと肩を竦める仕草のどこに嬉しさが見い出せばいいのかは琴樹にはわからない。
「偏見入ってないかそれ。篠原は雰囲気変わったな。大人っぽくなった。髪のせいかな」
「似合う? ロング」
希美が手の甲で払う茶髪は肩甲骨の半分ほどには届いていた。
「似合ってる。見た目だと一番、変わっててびっくりしたもんだよ」
今日まで、希美を見かけなかったなどということはない。廊下や教室、優芽と同じクラスだから猶の事。けれどその度、希美は誰かといるか。琴樹の視界の外にするりと逃れてしまっていた。
「ありがと。……言っとくけど、気まずかっただけだからね?」
それは本当だ。あの、思い切り泣いた日のあと、無理をしてでも普通に接して、だからか今になって気恥ずかしさが込み上げた。でもちょっとくらい、吹っ切って切り替えきる前にいなくなったやつが悪い、と思わなくもない。
「わかってる。ありがとな」
悪いことばっかりするんだから、反省しない男めと小さく舌を出す。
「はいはい。じゃ、わたしは行くから」
「わ……あり」
「ありがとうとか……言うだけならいらないから」
まったく。悪いことちゃんとして欲しい。今度こそ。
「余裕が出来たら、またゲームとかしようよ。優芽と涼と、明歩ちゃんの仇とんなきゃ」
「お手柔らかに頼むよ」
そうして希美は颯爽と去るべく腰を上げた。
「あ、あと一応、篠原には伝えとくんだけど、俺んち、涼と同じアパートだった」
「そ。じゃあまた……ふぅ」
「偶然ってあるもんだよなぁ」
「ふぅぅう」
そうして希美は話を聞くべく腰を下ろした。
「おら吐け。どういうこっちゃ」
「どうもこうもマジでたまたまなんだって。涼の家なんて知らなかったし。どうしようもないだろ」
「などと供述しておりますが?」
希美が顔を向けるのは優芽だ。とはいえずっと静かなことを思えば答えはわかりきっている。
「仕方ないんじゃない? 引っ越す前にそこまで確認するものじゃないだろうし」
「それはそうだけどさ」
唇を尖らせても意味はないし、青空を仰ぎ見たって何も変わらない。希美はけれどもいますぐここを立ち去る気分でももうなくなっていた。
「幕張はほんと幕張。新都心~」
最近聞いたような評価と完全に勢いだけと思われるリズムに琴樹はふっと小さく息を吹くように笑った。
「……旅行したいなぁ」
希美の呟きは少し遠い場所を頭に描いたからの連想で。
「いいな行こうぜ。切符ホテル飯……全部任せろ」
二日後に仁が現実にした。
この時ほど浦部仁を頼もしいと感じたことはないとは、他の五人の共通の感想だった。
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