第98話 男子高校生に欲を出すなと言うのは飢えた猛獣に待てを要求するようなもの(※諸説あり)
明歩は一人で勝手に納得するとともに腑に落ちなくもある。
涼先輩の親友、というのを差し引いても尊敬する先輩と、どこの馬の骨ともわからない先輩。白木先輩にだって出来るだけ辛い目には会って欲しくないから、男の先輩の方は今後も注視するとして、では今時点での評価はどうかと言えば。
特に問題は見当たらない。
見た感じ話した感じ、話している感じ、悪い男ではなさそうというのが明歩の判断であった。
背はいくらか高い方。黒髪短髪。日に焼けた肌は健康的だし厚みのある体格は頼もしい。涼先輩ほどではないけれどモテる白木先輩を、なるほどちゃんと守ってくれそう。
「ん、何か? 市橋さん」
性格或いは対人能力という点でも水準はクリアしている、今のところ。
「というか、涼先輩が言ってたんだからそんな駄目なはずないか」
「何の話だ?」
「いえ、こっちの話です」
うっかりと声に漏れてしまった。
うん、追及してこないのも助かる、じゃなくて高評価。
男、幕張琴樹の隣に近い距離で腰を下ろしている白木優芽もちらりと窺い、どう見たって仲の良い男女だ。仲の良い、高校生の男女。
「……未満。……こっちの話です」
今のはわざと漏らしたが。
耳がいいのか勘がいいのか警戒されているのか。警戒だろうなと思いながら、明歩は琴樹からメニュー表を受け取った。
「それでそう、もう一つ今訊いときたいんだけど」
デザートもぼちぼち半減した頃合いで琴樹は話題を切り替えた。運動部の共感はしかも女子二人のだから少々、踏み込めない雰囲気があったというのもある。
「涼が……お付き合いしてもいい、ってのは、あれ、どういうことなんだ」
「それは」
言ってもよいものか、明歩は優芽の様子を探る。暢気にケーキに舌鼓だった。
気が抜けて遠慮が馬鹿らしくなる。
「涼先輩、モテるんです、すごく。当然ですけど」
「君が誇ることではないでしょ」
馬の骨は無視。
「一年の男子にもいるんですよね、身の程を弁えない人。校内じゃ涼先輩、有名ですし、最近は、うんうん、全国的にも有名ですし」
「規模おっきくない?」
尊敬する先輩を無視はしない。
「えへへ、すみません。でも時間の問題だと思うんです」
「ほえはほーかも」
尊敬はしてるけど会話中にケーキ頬張らないで欲しい気持ちもちょっとある。
「ん、んくっ。ケーキがおいしいのがわるいよね」
ほら隣の想い人も呆れてますよ? というわけで、話を戻すと。
「告白した人の誰か、何人かかもしれないんですけど、その中で聞いた話なんです。『幕張君くらいなら、付き合ってもいい』って。実際の発言、言い方ですかね、具体的になんて言ったかとかはわからないんですけど、だからそう、一部の男子に恨まれてますよ、幕張……先輩」
「理不尽な」
もちろん恨みつらみなんて大層なものではない。軽い嫉妬程度のものだ。
琴樹が嘆く横で不意に横から殴られた気分なのが優芽である。
「な、なにそれ。ええ……はじめて聞いた、そんな話」
「そんな気はしてました。とにかく、それを私は本心というか、言葉通りに思ってたんです。涼先輩は幕張……先輩となら付き合ってもいいと、そう本気で思っているって」
「なぁ、もしかして先輩呼びは苦い?」
無視無視。
「でも実際に見て……本気ではない気が今はしています」
「どういう意味だおい」
「私の早とちりか勘違いか……できればあまり気にしないでくれると助かります」
「無理だよー気になるって」
「ぐ……す、すみません。そうですよね。でもほんと、私もよくわかってなくて……よくわかってないままこんな話をして、すみません」
「別にそんな、明歩ちゃんがわるいわけじゃないし。……うん、涼に、直接聞けばいいだけだし」
それはまったくそのとおりだと明歩も思う。
「ということで行こっか、今から、涼んち。三人で」
それはまったく想定外だけれども。
手早く連絡をした優芽のもとに返信はすぐ。「大丈夫だって」なら、行くしかない。明歩も事の真相は気になるのだ。
敬愛するのは涼先輩。一番。ダントツと言っていい。
でも白木先輩を普通に先輩として人として敬う気持ちも嘘じゃない。
そしてそんな二人の友情なら、それはもう涼先輩の一部みたいなものだ。絶対に壊れてなど欲しくない。
なので、とりあえずは原因になりそうな人物を睨んでおくことに落ち着いた。
「多少は打ち解けた気でいたんだけどなぁ」
「琴樹、謝っときなよ? なんかしたんなら」
「してると思う?」
「ううん全然」
「それもなんだかなぁ」
「は?」
「すみません誓って何もしておりません」
「なんですか、内緒話は寂しいです」
顔を寄せ合う秘密の会話は明歩からすると疎外感だ。
「あはは、ごめんごめん。明歩ちゃんはかわいいなぁ~もう」
「なんですか。やめてください」
時折こうして突発的にボディタッチをしてくるのは、明歩が優芽に思う数少ない苦手な部分の一つである。
微笑ましい交流に目を細めてばかりいられないのが琴樹だった。
優芽は言うに及ばず、市橋明歩も黒浜涼も、一般的男子高校生視点でとてもとても魅力的なのは間違いない。そんな三人と? これから一つ部屋に? 男一人で?
「心頭滅却心頭滅却」
過去を清算、というと大げさだが、兎にも角にも年相応の感性というのを取り戻した結果、琴樹にも年相応に欲がある。正当なものも、褒められないところも。
「どしたの琴樹?」
「ちょっと話し掛けないでくれるか。いま忙しいんだ」
煩悩を滅却するのに。
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