第47話 白木さんち/
優芽と芽衣は、10以上も
第一子、つまり優芽自身だが、その誕生が、母が随分と若い時のことというのもあるし、園に芽衣を迎えに行く時に、挨拶する他のお母さんたちの多くを若いと感じる。
優芽は、自分たちほど
妹だけれど、妹というだけじゃない。母親の気持ちだなどとは烏滸がましくて口が裂けても言えない。でもやっぱり少しは、親のような感情があって、それが今は優芽の冷静な部分を担っていた。
「園からは、なんて?」
見るともなく窓の外に視線を向けながら、なんなら足も向かいながら、優芽は自分でも驚くくらいの平坦な声を出していた。
『……いないかもしれない、と気が付いたのが……四十分ほど前になるわね。そのあとに三十分は園内、それと近場の通りあたりまでを探し回って、いないことが確定的になったのが十分前だそうよ。私に連絡が来たのもその頃ね』
「そう」
窓を開けてもここは四階で、手を伸ばす先に何を掴むこともない。
『学校には私から連絡するから、早退しちゃいなさい』
「うん。そうする」
芽衣がいなくなったと聞いた時から定まらなかった焦点が、合う。
何を見ているのか、何を見ようとしているのか、自分にもわからなかったものがはっきりとする。
「私、どうしたらいい?」
それは不安や、思考の不足ではなく、母への信頼から。
優芽は自分がすべきことを確たるものとして自分の中に持つためにそう訊ねた。
『まずは一度、家に寄って、すぐ園に向かいなさい。来てくださいって言われているし、詳しく聞けばわかることもあるかもしれない。そのあとは先生の言う通りに動けばいいわ。……私は、今から会社を出るけど、1時間以上はかかってしまうから……』
「それに電車だもんね」
こうして直接話すことは難しくなる。
『優芽……お願いね』
「……うん。大丈夫。大丈夫だよ。絶対大丈夫。だから……まかせて」
不安がって、取り乱して。なんて、そんなのは白木の女には似合わないのだから。
そう決意して歩き出すものの、視線はどうしても落ちていた。先々のすべきことばかり考えて、今この時の前を見ていなかった。
「ばわっ!?」
教室に戻るためにドアを潜るつもりで、何か軟固いものに鼻からぶつかった。単純に痛くて目が覚めて思考がクリアになると同時。
(なに!?)
と憤って、見た先は制服だった。男子の制服だ。
見上げれば、よく知る顔が自分を見下ろしていた。
「突っ込んでくるとは思わなかった。わるい」
そうして浮かべた表情は見慣れた、気の抜けるような微笑だった。
「ごめん」
それだけ残して脇を抜ける。
琴樹は驚く。ぶつかったのは不本意だったが、普通に声を掛けて呼び止めるつもりでいたのだった。だから優芽が自分を一瞥するに留めて去っていくのに、少なからぬ衝撃を受けていた。
それと、ただならぬ雰囲気というやつも、一緒に感じ取っていた。
かといって手を掴んだりして止める気にはならない。そんな手前勝手にでていい空気ではないと感じる。
そうして琴樹は今はまだ(なんなんだ?)と内心に疑問を抱くに留まった。
そういったことを背景にして、優芽は急ぎ自席に戻って鞄を持つ。宿題だとか、どうでもいい。最低限、スマホと財布、家の鍵くらいあれば充分だ。
背景。友人グループなんかもそうだ。優芽は彼女たちのところに戻らなかったし、声すら掛けなかった。頭にすらない。
それを察したわけではないが、何となく優芽の行動を目で追っていた一人が零す。
「優芽、なにやってんだろ」
「んー? ほんとだ。鞄なんか持って……どこ行くんだろ?」
そのうちに、教室を出て行った優芽に「電話してみる?」といった声が上がったのに、涼が説明する。
「体調不良、みたいですよ。……今、連絡が来ました」
「あ、そうなんだ。……え、どんなルート?」
「乙女の秘密ルートというやつです」
「また涼はわからんちなことを申す」
場の意識が優芽から逸れた後、涼は一人押し黙ってスマホを操作する。
涼と優芽は、長い付き合いだ。つまり、涼と優芽の母も。
周りの音が聞こえないほどの集中の後、涼は静かに女子グループの輪を抜け出した。
「幕張君」
「涼。どうした?」
席立ちついでに手洗いに行っていた琴樹は、教室への戻り際に涼に声を掛けられた。
「こっちへ」
涼が有無を言わさぬといった気配だったから、琴樹は大人しくついていく。そう遠くまでじゃない。人気がなくなるところまで、というだけ。
「なにか、聞いてる?」
立ち止まった涼が問うことは、琴樹には全く心当たりのない事だった。
「わるい、なんの話だ? さっぱり意味がわからないんだが」
「そう、ですよね……うん。聞いてれば、こんな普通にしているとは思えない……」
連れてきておいて放置され、一人思案顔の涼に琴樹が困惑を深めていると、急に強い視線で見上げられた。
「な、なんだよ」
「幕張君。大事な話です」
「お、おう」
大事な話、という癖に、涼が次に口を開いたのは十秒も経ってからだった。
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