第38話 証言1:ただ話してるってだけじゃない雰囲気なんですよ。
週の最終日に、篠原希美は朝から自分の目を疑うことになった。登校して間もないどころかまだ自席に着いてすらいない。立ち尽くして瞬きを繰り返していると「邪魔だぞー」なんてクラスの男子に注意を受けた。入り口前を占拠しているのだから言われて仕方ない。
優芽が優芽の席に座っている。よくあるというか当然。
その机の横から、優芽のスマホを一緒になって琴樹が覗き込んでいる。希美は首を傾げる。
優芽はいつもの明るい笑顔で、ただそれはまったく新しい笑顔でもあった。
希美は可及的速やかに黒浜涼のところへと向かう。幸い、入り口からは優芽より涼の席の方が近い。
もちろん気配は消して、声は潜めて、悠々と読書なんてしている友人に希美は食って掛からんばかりに顔を寄せた。
「ちょちょちょ、あれどゆこと?」
「一晩あれば男女の関係なんてどう変わるかわからないものですからねぇ」
「はばっ!?」
「冗談です。すみません」
ぼふんと火を噴くくらいに初心な希美に苦笑して、涼は読みかけの本に栞を挟んで閉じた。
「何かあったというのは間違いないのでしょうけど」
涼が堂々と窺うと、琴樹が優芽のスマホに指を当てている。何か操作をしているらしいが、優芽にその画面が見えているとは思えなかった。いや、見えてはいるはずだが、あるいは見ようとすれば見えるに違いないのだが……拳一つの距離の横顔が気になって仕方ないらしい優芽はなんとも微笑ましかった。
希美が教室に現れる前から、もうかれこれ10分近くは、そうしてはじめて見る光景と表情をクラス中の視線お構いなしに繰り広げている優芽と琴樹である。
「私も何も知らないんです。わかりません。今朝、登校してきて、話し始めたと思えばずっとあんな感じで」
「ず、ずっと……」
「えぇずっと。おかげでほら」
涼は目線で、希美にも教室内を見回すように促す。
そこにいるのは、いつもどおりの朝を過ごそうと努力しつつ、教室の一角に突如出現した異空間に視線を吸われがちなクラスメイト達だ。経緯も推移も読めないから遠巻きにしている。
「教室内であまりべたべたとされては教育によくありませんね」
「……いやどこ目線よ」
頬に手を当て困ったというように目を閉じる涼に突っ込み、希美は改めて二人の様子を見やる。
「ほんと急に……面白いことになっちゃってまぁ。……あれ? そういえば文は? まだ来てないの?」
「席を外しています。甘くて見てらんない、そうです」
「あぁー……気持ちはわかる」
親友の恋バナは大歓迎だけれど、初手からイチャイチャはちょっと糖度が高すぎる。
「ま、イチャイチャてか、ドギマギ? みたいな? 感じだけど」
早速もう慣れてきた希美は、じっとりと優芽の顔を見詰めてみる。気付く気配すらなし。まったくチョコ菓子よりも甘酸っぱい。
「それ、私のお菓子なのですけれど?」
「まぁまぁ。代わりに今度なにかあげるから」
〇
「ではこれより、第一回白木優芽尋問会をはじめます。司会はわたくし篠原希美が務めます、よろしくどうぞ」
「そんな眼鏡、いったいどこから」
「はい文さん、発言は挙手してからするように」
「……めんどくさ」
伊達の黒縁眼鏡をかけた希美が自撮り棒をパシパシと手の平に打ち鳴らしている。
文としては本当に心底めんどくさい。お昼ご飯の後にこんなイベントやろうなんて。
「えーと、なんで私、尋問なんて受けないといけないわけ?」
教室の隅、希美がどこからか持ってきた段ボールの上に正座させられ、優芽は困惑しきりだ。希美を中心に右に涼、左に文を見上げながら、わき腹辺りにちょこんと挙手はしておいた。
「良い質問ですね白木学生」
「白木学生」
はじめて呼ばれる呼び方に優芽の困惑は深まるばかりだ。
「白木優芽容疑者は今朝、幕張琴樹容疑者とイチャイチャした罪により……校内引き回しの刑に処します」
「容疑者……引き回し? ……い、イチャイチャぁ!? い、異議あり! 裁判長! 異議あり!」
「うむ。申してみよ」
「違うんです! 私そんなつもりじゃなくって!」
「んん!」
優芽が中腰になったあたりで涼が珍しく大きく咳払いに注目を集めた。
小さく小さく指差す先にもう一人の容疑者が教室に戻ってきたところだった。
さささーっと段ボールを端に片づけたり自撮り棒を縮めたり。
「あ、白木さん。ここに居たのか。……わるい、ちょっと白木さん借りていいか?」
涼と希美と文で顔を見合わせる。代表して、希美が答えた。
「どぞどぞどぞ。不束者ですがこんなムスメでよければ、ささ、どうぞ持ってっちゃってください」
琴樹は「よくわかんないけど」と苦笑してから優芽に視線を移す。
「いいんだよな? 白木さん、そうだな、俺の席でいいか?」
「う、うん」
「あぁあと。篠原さん、眼鏡使うんだな」
「うぇ?」
「好みだっていうならわるいけど、もう少しフレーム凝っても篠原さんには似合うと思う。折角の美人が隠れちゃってるからさ」
去っていく二人を見送って、希美はもう一度涼と文と目を合わせる。
「なんじゃありゃ……?」
「今のは私も、ちょっとびっくりした」
「ふふ。尋問すべきは幕張君の方かもしれませんね」
「……ねぇこれ、似合わないかな?」
希美の素朴な疑問に、涼は笑みを一層深いものにして、文は眉間を指で揉んだ。
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