ここ

「あそこの自販機で、買って来たんだけど」

 そう言って、鬼塚は俺の首筋に、熱い缶を押し当てた。

「これ、君の分」

 あずき色のデザインを見て、俺は正直、げんなりする。

「おしるこ、って……」

 「ふざけんな」と文句を言うと、鬼塚は目を丸くする。

 物音に驚かされた小動物と、全く同じように見えた。

「え。おしるこ、嫌いだった?」

「そういう問題じゃねぇだろ」

 大体、何でおしるこなんだよ。普通に、茶とか買って来いよ。

 俺が言うと、鬼塚は小さく肩をすくめた。

「豆がごろごろ入ってて、美味しいのに」

「甘ったるくて、吐き気がすんだよ」

 吐き捨てるように、言葉をなぞる。

 鬼塚は笑っていた。

 少なくとも、そういう風に見せかけていた。

「駄目じゃないか」

 突然。

「駄目」という言葉が、地に落ちた。

「人間を羨ましがったりしたら、駄目じゃないか」

 雪風が、宙を舞う。

 この地域では、滅多に雪など、降らないのに。

「俺たちは、『鬼』なんだからさ。人間を見て、苦しくなっちゃあ、駄目なんだよ」

 頭の上に、柔らかい感触。

 鬼塚が、俺の髪を梳いている。

「ひょっとして、後悔してる?」

 優しい口調と裏腹に、俺を探るような目つき。

「『鬼になりたい』って、言ったことを」

 心の中で、反芻する。

 鬼塚の発した、言葉の真意を。

「……後悔?」

 後悔? この俺が、人間を見て、後悔している?

「ふ、ふふふ……」

 ははははは。

 乾いた笑いが、口から漏れる。

 ――馬鹿らしい。実に、馬鹿らしい。

「そんなもの、あるわけないだろ」

 くしゃり。

 缶をぽい捨て、踏みつぶす。

 甘ったるいおしるこの、真っ黒い中身が出た。

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鬼弦くんは 今日も鬼 中田もな @Nakata-Mona

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