なぜ

「すばるー!!」

 男の声がする。

 息子を呼ぶ、男の声が。

「おーい、すばるー!!」

 すばるは辺りをぐるりと見渡して、聞き慣れた声の主を探した。

 途端に嬉しそうな顔をして。

「あっ、お父さん!」

 豆まきは、もう仕舞いだ。

 俺は親に勘づかれない内に、その場から立ち去った。

 ――いや、そのつもりだった。

「え……」

 親の姿が、こちらに近づく。

 それを見て、俺は思わず、硬直した。

「な、何故だ……」

 吃驚、という言葉では収まらない。

 俺の目の前に、あいつがいる。

「えー……、くん……?」

 えーくん。

 「人間」の頃の、俺の友だち。

「息子の面倒を見てくださって、本当にありがとうございます」

 小学生の頃の面影が。

 憎らしいほど、残っている。

「お父さん! このお兄ちゃんね、鬼弦くんって言うんだよ!」

「すみません、鬼弦さん……」

 見るな。見るな。

 見るんじゃねぇ。

 そんな申し訳なさそうな顔で、俺の方を見るんじゃねぇ。

「……えっ、と」

 あいつは迷ったような顔をした。

 心の底の、さらに奥から、何かを引っ張り出すように。

「俺たち、どこかで会ったこと、ありましたっけ?」

 ――ああ、そうだ。

 俺は「鬼」になったから。

 あいつの中に、俺はいない。

「あ、ああ……」

 何故だ、何故。

 記憶が溢れて、止まらない。

 俺が失くしたもの、その全てが。

「鬼弦くん……?」

 あいつは全て、持っている。

 夢も、希望も。過去も、家庭も。

「どうしたの、鬼弦くん……?」

 何故だ、何故。

 俺には、何故、何もない……!!

「ああああああああっ!!」

 すばるの瞳が、びくっと震えた。

 俺の声は、あまりにも大きすぎた。

「お、お父さん……!」

 すばるは縋るような目で、自分の父親を促した。

 一刻も早く、この場から立ち去りたげだった。

「ほ、本当に、ありがとうございました!」

 あいつはすばるの手を引っ張って、駐車場の方へと戻った。

 俺は。

 あいつらが消えた後の後まで、その場から一切、動けなかった。

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