鬼弦くんは 今日も鬼

中田もな

だれ

「こんにちは」

 郊外によくあるショッピングモールの、よくある小さな遊具広場。

 木製のベンチに座ったまま、俺は滑り台の方を見た。

「今日も、寒いね。毎日まいにち、とても寒い」

 子どもがいる。たった一人で。

 退屈を顔に貼りつけながらも、不安そうな表情で。

「だれ、お兄さん」

 柔らかそうな、黒い髪。澄んだように、明るい瞳。

 子どもってやつは、いつもそうだ。

 俺のことを探るように、じっと俺の顔を見る。

「俺は鬼弦。そこのショッピングモールに、買い物をしに来たんだ」

 滑り台に近づいて、冷たい手すりに手を掛ける。

 子どもは逃げない。

 こういうやつが、ちょうどいい。

「鬼弦、くん……?」

「そう、鬼弦。君の名前は?」

 一瞬、ひるんだ隙を見て、俺は下目で覗き込む。おまけに頭を撫でてやると、子どもはすぐに口を割る。

「……すばる」

「すばる。かっこいい名前だね」

 すばるは小さく勢いをつけて、しゅうっと台を滑り降りる。

 俺も続いて降りてやると、すばるはようやく笑みを浮かべた。

「ぼくね、お父さんと一緒に買い物に来たんだけど、途中ではぐれちゃったんだ。だから、ここで待ってるの」

「そうなんだ。すばるは偉いね」

 階段を上り、滑って降りる。

 すばると俺は、何度もそれを繰り返した。

「ねぇ、すばる。今日はさ、何の日か知ってる?」

「もちろん、知ってるよ。今日は節分。鬼の日でしょ?」

 節分。鬼。

 その言葉を、待っていた。

「ぴんぽーん、大正解」

 俺はベンチの方に戻った。置きっぱなしの買い物袋から、某メーカーの豆を取り出すために。

 個包装の表面に、赤鬼の絵が描いてあるやつを。まるで、見せつけるかのように。

「きっと、すばるのお父さんも、豆まき用の豆を買いに来たんだね。だって、今日は節分だから」

 俺はくるりと後ろを向いた。黄色くなった瞳の奥で、すばるの心を見透かしていく。

「ねぇ、すばる。俺と一緒に、豆まきをしよう。俺が鬼で、君が人間」

「え、豆まき……?」

 何故、という顔をしている。

 全て、想定内だ。

「俺は『鬼弦』だから、毎年鬼をやっているんだ。だからさ、俺に向かって精一杯、その豆をぶつけてほしい」

 そう言って豆を渡せば、子どもはすぐにその気になる。

 やがてその内、本当の豆まきが始まっていく。

「お、鬼はぁー、そとぉー……」

「あはははは。そんなんじゃあ、鬼はやっつけられないよ?」

 余裕そうな態度を見せると、すばるは少しムッとした。

 小さな豆をぎゅっと掴んで、そして大きく振りかぶる。

「おっ、鬼はぁー、そとぉー!」

 そうだ、それでいい。

 豆まきは、「鬼」を払うためにやるのだから。

「いっ、いたたたたたっ!」

「鬼はそとぉー! 鬼はそとぉー!」

 しばらくの間、俺たちは、二人だけで豆まきをした。

 広場の隅の鳩たちは、怪訝そうな顔つきで、俺たちのことを凝視していた。

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