閑話 自転車

「スキル社会の落ちこぼれ共め……」


 青年は紙を抱えて、自転車を漕いでいた。

 ……紙には『少年は有罪』『スキル社会万歳』と書かれていた。


「やべぇ! 早くしないと親方に怒られる!」


 青年はアルバイトに明け暮れていた。

 アルバイトでは辛いことも多くあるが、彼は貧困だった子どもの頃よりも、スキル社会が導入された今の方が断然楽しいと思っていた。

 だからこそ、スキル社会の反対運動に対して理解ができなかった。

 青年は、彼らの活動によって自分が今やっている仕事が奪われるかもしれないと考え、アルバイトの合間を縫って、スキル社会の肯定運動に参加していた。

 彼にとって、アルバイトと肯定運動がもはや生きがいとなっていた。


「あの落ちこぼれ共のせいで、遅れちまったじゃねぇか! クソ!」


 今日は少年鑑別所前で行われた、スキル社会反対派のデモの妨害に乗り込んでいた。

 妨害したらすぐバイトに行く予定だったが、警察に身柄を拘束されてしまった。

 2時間ほどで解放されたが、このままではクビになってしまう、彼は荒馬を制御するように、自転車を漕いでいた。

 そんな時だった、突然、周りにいた歩行者が突然足を止め、車道を走る車も止まりだした。


「早くしないと……」


 青年はそれに気づくことはなく、自転車を漕ぎ続けた。

 すると、前方から、少女……カルデナが飛び出してきた。


「あぶね!」


 青年はブレーキを掛けた。

 タイヤが悲鳴を上げ、減速を始めるも、既に少女の目と鼻の先で、手遅れだった。

 しかし、自転車が一瞬のうちで……その場に止まった。


「うわぁ!?」


 青年は自転車から投げ出され、転倒した。

 青年は起き上がりながら自転車の方を見た……すると、カルデナが片手で自転車の籠を掴み、抑えていた。


「お、おい! あぶねぇじゃねぇか! いきなり飛び出すんじゃ……」


 カルデナが自転車を離し、青年の腕を掴んだ。

 青年は振り払おうとするも、カルデナの力が強く、何もできなかった。

 カルデナは掴んだ腕に目掛けて、腕輪を取りつけた。


「ぐ、ぐわぁぁぁぁ!!」


 青年は悶え苦しんだ。

 カルデナが腕を離すと、少年は腕輪を抑えて、跪いた。

 カルデナは青年の顎を掴み、目線を合わせる。


「ねぇ、貴方の望みは?」


カルデナは囁くようにそう言った。


「はぁ……はぁ……」


「言ってみて? 望みはなぁに?」


「お、俺は……」


 青年はゆっくりと口を開き、自らの望みを言った。


「俺は……この社会を守りたい……反対する奴は……許さない!」


「はは! よく言えたね! はいじゃあこれ!」


 カルデナは、赤い携帯電話を青年に渡した。


「ボタンを押して、その腕輪に嵌めるんだよ。じゃあね!」


 カルデナがどこかに消えると、再び時が動き出した。

 青年の漕いでいた自転車は、後輪がゆっくり回った状態で、横に倒れていた。

 動き出した歩行者たちが、青年に注目していた。


「きゃああああ! その人! 腕輪を付けてるわ!」


 1人が悲鳴を上げると、他の通行人が騒ぎ出した。


「やべぇよ! 早く逃げよう!」


「警察呼べ! 警察!」


 通りはパニックになり、皆青年から離れていった。


「俺は……この社会を……守る!」


『ゴブリン!』


 青年が携帯のボタンを押すと、モンスターの名前を告げる怪しい声が鳴った。

 青年はその携帯を、カルデナの指示通りに、腕輪に嵌めた。

 その瞬間、男の体が緑色になり、屈強な体になっていく。

 青年は、ゴブリンのモンスター人間……ゴブリンヒューモンスターに変身したのだった。


「社会不適合者どもは……この手で潰す!」


 青年は目的の場所があるのか、どこかへ歩き出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る