閑話 鍵使いの過去 その4

 こうして俺は引き取られ、苗字も「金剛」に変わった。

 住んでいる場所も、刑務所みたいな施設から、見るからに古そうな鍵屋へと変わった。


『ごめんね、見た目は汚いけど、中は新居同様だから! 鍵屋は見かけだけとは「限」らないって! なんちゃって! ははは!!』


『……』


 今考えれば、初対面から、叔父さんは寒いダジャレを言っていた。


『そうだ! 昇くん! 昇くんって好きな料理は何かな?』


 鍵屋に入ると、叔父さんは開口一番に好きな食べ物を聞いてきた。

 ……まだ叔父さんを信じられなかった俺は、こんな風に即答した。


『……ない』


 ……今考えると、相当感じの悪いガキだ。

 でも、叔父さんは優しくこう返した。


『ないことはないでしょー! 叔父さんに作れるものなら何でも作るよ!』


 もう遅いかもしれないが、もっと愛想よく振舞えばよかったと思う。

 当時の俺は、それを考える思考もなかったと思う。

 明るいおじさんに負け、俺はこう答えた。


『チンジャオロース……』


『何? もう一回言って?』


『好きな食べ物は……チンジャオロース』


『うん! じゃあ叔父さん、頑張っちゃうからね!』


 叔父さんは、好きな料理を作ってくれた……聞いた話だと、鍵屋になる前は料理人をやっていたらしい、昔姉に料理を振舞ったら喜んでくれたのがきっかけとか。

 叔父さんの姉……俺の母さんは昔から頭がよく、実家こと鍵屋が嫌になって広い世界へ出て行った、と言っていた。

 ……そんな広い世界に出た母から生まれた息子が、鍵屋という「狭い世界」へやってきてしまうとはね。


 ……家はそこまで裕福でもなかったが、できる限りのことをやってくれた。

 叔父さんは「そこまで貧乏でもないから気にしなくていい」と言ってはいたけど……。

 ……そういえば、そのお礼、ちゃんとできてないな、何かで出来たらいいな。


 ……学校では、特に人とかかわることもなく、空気でいることに徹した。

 鍵スキルだということは、周知の事実みたいになってて、陰口を言われるようになった。

 ただ、小学校の時のように、人の前で何かされるみたいなことはなかった。


 でもある時、俺はすべてが嫌になった。


 学校へ行ってもつまらない、外に出ようにもやることがない。


 叔父さんは、「何かやりたいことある? 欲しいものはある?」と頻りに言っていたが、俺は何も言わなかった……何も求めなかった、というのが正しいのだろうか?

 俺は、全て終わらそうと思って、誰もいなくなった風呂場で、溺れてしまおうと考えた。


 ……水に突っ込んだ時、色んなことを思い出した。


 父さんや母さんに怒鳴られたこと、鍵スキルを馬鹿にされたこと、養護施設の職員に怒られたこと。

 しばらくすると……暗闇が俺の視線を支配した。

 このまま無になろう……そんなことを考えた時だった。


 ……肩に謎の力が働き、俺は暗闇から解放された。


  ……大きく咳をし、視線が安定し……振り向くと、それまで仕事でその場にいなかった同居人がいた。


『大丈夫かい!? 昇くん!』


 同居人……叔父さんは大きな声で叫んだ。

 ……俺は何も言えなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る