閑話 鍵使いの過去 その3
母親が危篤になり、もう手遅れの状況となった時だった。
母さんは……父の葬式が行われる目前に死んだ。
生んでくれた母親ではあったので、悲しい気持ちは確かにあったが……それ以上に、「無」という感情が強かった。
……母さんの葬式はどうするのか、残された俺はどうするのか、病院の人が話し合っている中、俺は静かに待合室で待っていた、その時だった。
待合室のテレビで速報が入ったのか、テレビのキャスターやスタッフが、大慌てでカンペの準備をしていたのだった。
普通じゃないと感じた呼び出しを待つ患者やその付き人達、果てはその場を通り過ぎる医者や看護師までもが、普段は聞き流す程度のテレビを凝視していた。
キャスターが慌てながらも準備を終え、原稿を読み上げた。
『速報です! 政府は今日、世界各国で導入されている「スキル」及び「レベル」を登録したものを社会に導入する、通称「スキル社会」を導入することを閣議決定しました、これにより、携帯電話の所持が義務化され、職業などが……』
病院内は騒然とした。
「病院では静かに」というのは、壁の張り紙を見れば誰でもわかることだったが、この時は、皆そのことを忘れ、「どういうこと?」「スキルって何?」「まるでゲームみたい……」「スマホの所持義務化って今持ってるやつはダメなの?」というような会話をしていた。
また、キャスターはこんなことも言っていた。
『また、ダンジョン探索のための組織を、各地に存在する猟友会を冒険者ギルドという名前に改る形で発足させ、登録などを簡潔にし、武器の所有も簡単にするということも政府は発表しました』
病院では治安の悪化を懸念する声、「冒険者って何?」という声、「もしかして一攫千金狙えるんじゃね?」という声など様々だった。
俺はその様子を、ただただ見つめる事しかできなかった。
しばらくして、学校に向かうと、何もかもが変わっていた。
全員に携帯電話が配られ、担任の教師が変わった。
新たな担任は「スキル社会の導入で、新たに担任になりました」などと言っていた。
担任は、携帯電話で「ステータスオープン」と唱えるように指示した。
みんな馬鹿馬鹿しいと思いながら唱えると、自分の身分証明が表示されたのだった、所謂ステータス画面というものだった。
……俺の表示はこうだった。
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方丈 昇
NOBORU HOUJO
国籍 日本国
スキル 鍵
レベル1
在籍 国立東都大学付属小学校
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皆驚いた、もちろん俺もだ。
「スキル 鍵」……この時は何とも思わなかったが、周りの反応から、ある違和感を覚える。
『おお! 俺スキル剣だ! なんかかっこいい!』
『私のスキル弓だって!』
『僕は魔法だ!』
皆、自分のスキルに一喜一憂していた。
剣……? 弓……? 魔法……?
それに対して俺は鍵、意味が分からなかった。
俺が困惑している中、担任は「それはみなさんのスキルです、レベルですが、善行を積んだり、誰かの役に立てば上がります!」と言っていた。
俺は唖然としていた……なんなんだこれは、どういうことだ? 小学生ながら、これが普通ではないということは分かった。
……休み時間、俺は今まで以上に落ち込んでいた。
いや、感情が抜けていた……という方が正しいのか?
そんな姿の俺を見て……今までのツケを支払うかのように、他の連中が俺をからかいにやってきた。
まず一人が、俺の携帯を奪い取って、みんなに見せびらかした。
返せと言ったが、聞く耳を持たず、皆に俺のスキルを言いふらした。
『こいつスキルが「鍵」だってよ! だっせー!!」
……みんな大笑いした、かつての自分の鑑写しのようだった。
……しばらくすると、他のクラスの奴が俺の所へ来た、記憶にはないが、恐らく過去に俺が馬鹿にした相手だった。
『お前鍵スキルなんだって?』
『いずれは父さんの後を継ぐんじゃなかったか? ははは!』
『その父さんもいなくなって、可哀そうな奴だなぁ』
俺は腹が立ち、そいつに暴行を振るったらしい。
……らしいというのは、その時の記憶が無いのだ。
俺は両親が死んでからは、一時的に児童養護施設……一昔前の言い方で、孤児院に預けられた。
家庭裁判所で引き取り先が見つかるまでの措置らしい。
……俺はそこの職員に怒鳴られていた
『昇くん! なんでそんなことをしたの!』
そんな事を言っていた。
俺は正直に言った。
『あいつら……父さんの悪口を言ったんです、俺はそいつらの事……昔は住む世界が違うとか何とか言って馬鹿にしたことがあって、その仕返しをされて……』
そう言うと、職員はこんなことを言った。
『あなた……いつも調子に乗っているからそうなるんでしょ!』
事実だった、だが、その時の俺に、その言葉は心に刺さった。
まるで針山に刺されたような感覚になった俺は、我を忘れた。
『お前まで……』
『なんですか!?』
『お前までそんなこと言うのか!』
俺は職員に暴行を振るおうとして……取り押さえられたらしい、例によって、その時の記憶はない。
俺はその後、抜け殻のように生きていった。
中学はエスカレーターで系列校へ上がったが、途中で普通の中学へ編入した……耐えられなかったからだ。
そんな時、養護施設へ戻ると、一人の男性が出迎えてきた。
『君が……方丈 昇くん?』
彼は俺の名前の確認をしてきた……俺は小さく頷いた。
『あぁ……突然で驚いちゃうよね、ごめんごめん』
男性は笑顔で俺を見つめていた。
しかし当時の俺には、何の感情もわかなかった。
『僕は「金剛 卓郎」って言うんだ、君のお母さんの弟! つまり僕は君の叔父さんだよ! 会ったことなかったよね? 君のお母さんが「あんたなんかに会わせたら、昇が汚れる!」とか何とか言って、僕の事を拒絶しててね、ははは……』
俺は男性の言っていることを無心で聞いていたが、悪い人ではないのかもしれないと少し考え、口を開いた。
『……そんな人が、こんなところへ何しに?』
『あぁ、そうだったね! 叔父さんは君の事を引き取りに来たんだ!』
『引き取りに……?』
『そう!』
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