閑話 鍵使いの過去 その2

 そして小学校5年生の頃、ウトピアの出現。

 当時の事は鮮明に覚えている。

 日曜の昼、普段テレビをつけない両親が、その時は俺を放って画面を見つめていた。

 キャスターがこんなことを言っていた。


『私は今、千葉県の九十九里浜にいます! ご覧ください! 突如として、地面が出現したのです! この近くでは火山活動もなく、その兆候もなかったということで、全てが謎に包まれています! また、ここからでも、文明でしょうか? 建物が見えます!』


 謎の黒い影が、日本列島の目の前に出現という速報が入ったのだった。

 それから間もなく、また違う速報が入る


『はい! こちら大阪市の中心部です! ご覧ください! 突如として謎の洞窟が……うわぁ!? なんだあの生物は!? 大阪市は今! 大変な状況に……』


 突如として謎の洞窟が出現し、自衛隊が規制を行っているというニュースだった。

 しかし規制の中から謎の生物……所謂モンスターが飛び出してきて、混沌の渦に巻き込まれていたのだった。

 似たようなことが、海外でも起きているという速報が次々と入ってきた。

 両親は口を抑え、ただテレビを見つめていた……無論、俺もそうだった。

 この世の終わりだと、この時は思った。


 混乱が抑えられるのは、それほど時間が経たなかった。

 ウトピアとの国交樹立、そしてウトピアによる軍事協力と助言。

 これによって、平穏が戻ったと思った。


そして、その時は突然来た。


 ある日のことだった。

 小学校6年生くらいだったであろうか?

 いつものように学校を終え、様々なつまらないことをして、家に戻ると、雰囲気が違っていた。

 いつものように怒る父親がいないのだ。

 俺は玄関から父さんを呼び掛けた……だが反応は皆無だった。

 廊下に俺の声がこれだけ響いているならば、聞こえない筈がない。


 恐る恐る、家の奥の方に入ると、煤のような匂いが漂っていた。

 当時の俺は煤のにおいとは言っても分からなかった、少なくとも子どもながら、煙草ではないことは分かった。


 歩くたびに、その「煙草ではない何かの匂い」は近づく。

 その匂いは、食事をしている居間で、最高潮を迎えた。

 俺はただ事ではないと思い、居間の扉を開けると、いつも怒ってばかりの五月蠅い男が、ぐったりと横になり、口を開いて、固まっていた。

 声を掛けても、揺さぶっても、反応は無かった。

 咄嗟の判断で、俺は窓を開け、母親を探した。


 ……どこにもいなかった。


 母は数年前から病院通いで、その時も病院に行っていたことを失念していたのだ。


 仕方がなく、救急車を呼ぼうと電話を探した。

 学校や幼稚園でも救急車の呼び方は習っていたので、やり方はわかっていた。

 だが、いざ呼ぼうとするのは躊躇した、緊張で手が震え、冷静でいられなかった。


 呼ぶのに数十分かかり、玄関で待機していると、扉越しに大型の車の陰が、赤い閃光を放って家の前で止まったことが分かった。

 ようやく着いた、俺は少し安心した。


 だがその安心は、すぐに終わる。



 同時に救急隊員の人が、既に死亡しているという旨のことを言っていたのだった。

 俺は意味が分からなかった。

 ちょっと前まで、まるで鬼のように怒っていた父が、テレビで偉そうに敵の政治家を詰っていた父が、死んでいる……?


 死ぬというのは普通、年を取って病気になって初めてなるものだと、その時は思っていた。


 だがその考えは、一気にひっくり返り、俺は唖然とした。


 現実を受け止められなかったのだ



 それから間もなくして、死因が自殺であることが、事件の跡を継いだ警察を通じて聞いた。


 警察は、遺書のようなものを書斎で見つけたと聞き、俺に見せてくれた……一部の警察官は「子どもに見せるもんじゃない」と言っていたが、俺が真剣に見たいと言うと、それ以上は言わなかった。


内容はこうだった。



『スキル社会が到来し、議員スキルを持つ者のみが議員になる時代が来る、私が再び政界に足を踏み入れることはほぼ不可能だと判断し、死を決断する』


 最初は何を言っているのか分からなかった。

 スキル社会……? 議員スキル……?

 学校や塾で、そんなことは聞いたことが無かった。

 スキルと言えば、学校でゲームを嗜む同級生が、会話で用いていたような記憶はあった。


 その意味は、間もなくして分かった。

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