第10話
どうして勇者の力が目覚めていなかったのか、今まで考えたこともなかった。
まだ冒険者としての経験が、魔術に触れて研究するという工程が足りないのだろうかと、漠然と考えていた。
「
覚醒しなかった理由が、僕が魔王として覚醒していなかったからだなんて考えもしなかった。
僕は既に、世界から目を付けられていたんだ。
九
もはや神々に比類しうる威力と規模まで化したそれは人の手に余る代物。
疑似魔術臓器にしていなければ耐えられなかっただろう。
体に衝撃が走る。
世界の意志との接続に神経を割いているため、魔王が何をしているかまで分からない。
おそらく斬撃だろう。だが運命を固定した僕には攻撃はもはや無意味だ。
「運命操作とのダブルタスクか、器用なものだ。この充満する魔力量ならどこへ逃げても無駄、座標操作は魔術的な防御も貫通する。そもそも私は防御魔術すら使えないのにこんなにも大規模にする意味などあったかね?」
宇宙に満ちる魔力を感じる。この世界の外の座標に僕の意識を飛ばし、神秘と漆黒に満ちた空間が全てを優しく抱き締める。
ここは現世において死に最も近い空間。遠い未来と今が交差する不思議な場所。
「これはユイとお前への手向だ。魔王ともあろう存在が、一流以外の魔術で殺されていい道理がない。」
詠唱は終わり、周囲に満ちる魔力によって空間が歪む。
「言い残すことはあれだけか、と言っているんだ。」
「…やはり魔術は理不尽だ。世界の意志からの侵食が止まっている今、私が私であるうちに殺してくれ。」
パンッ。
乾いた音が響き、魔王の体が粉々になる。特定された魔王の座標を、世界中の座標に置き換える。
塵すら残さず全てが失くなるまで。そして最後には、ヨレた軍服一着だけが残されていた。
少しして、世界の意志が流れ込んでくる。
この世界の逸脱者はお前だお前だお前だけだ。壊れたように頭に響き続ける不協和音と流れ込む悪意。
壊せ、この世界の全てを。憎め、生きとし生きる全ての人間を。
滅ぼせ、滅ぼせ、滅ぼせ。根絶を、断絶を、虐殺を、屠殺を、全てを灰燼に帰せ。
「
この濁流のような汚れた意志に逆らうことなく、魔王のように壊れてしまえたらどんなに楽なのだろうか。
汚染される感覚は不愉快で、自分の体がまるで自分のものではないかのような感覚に身震いする。
それだけではない。
今まで冒険者として追い求めていた、この世界の真相の全てを望まぬままに理解してしまう。
僕の祖先が過去にしたこと、魔王の葛藤、そしてお父様のことも。全て全て、世界から「知識」として流れ込んでくる。
初めの逸脱者は僕の祖先、それのカウンターとして魔王が生まれ、彼がやがて逸脱者となり僕のお父様がそれに対するカウンターとなった。そして僕は元々血族としての逸脱者であり、カウンターであるお父様の息子だ。その一連の混合した事実に世界の意志が誤作動を起こす。
世界の意志の記憶を読み解くと、僕のお父様にも破壊衝動はあった。しかし、魔力リソースの大半を意志の抑制に使用することで耐えていた。だから魔王に不覚を取り殺された。
思考を切り替え、今の目的を明確化するためにも声を出す。
細く、掠れた声だった。
「擬似魔術臓器は最低限の魔力を生むことが出来る。だが真髄はそこじゃない…膨大な魔力を貯めることを可能にすることこそが、真の目的。」
しかし今は魔力のリソースにできるものが足りない。
魔術師を殺せば多少のリソースにはなるものの、そんな僕の誇りを汚す真似は誰よりも僕自身が許さない。
確か、魔王が率いていた魔族が東の国に居たはずだ。それを少し吸収させて貰おう。場所は日本國といったか。
今残っている魔力の全てを使えば破壊衝動と世界の意志による侵食を防ぐことはできるが、この状態で数百キロを移動することは不可能に近い。
「魔術師は強いからなあ。人間を殺して、奪えばいいか。」
ハッとして口を塞ぐ。今の言葉が自分の口から出たものか、一瞬疑いそうになる。
この僕をしても世界の意志を防ぐ行為は、完璧には不可能なのか。少し興奮状態にあるとはいえ、誰もいない空間でこれなのだ。人間や魔術師が周りにいたら自制が効かず殺してしまうかもしれない。
しかしそんな僕の葛藤を他所に、空中に気配があることに気がつく。
魔術師の気配。瑞々しくて新鮮で、埃臭い血統の匂い。
それは優雅にふわりと地面に舞い降りると、荒野に似合わぬヒールの音を鳴らしてこちらに歩いてくる。
「誰だか知らないが、今の僕に近づくな!殺してしまうぞ!」
「殺してしまう、ね。くふふ、新たな魔王ともあろう人間が随分とお優しいのね。」
僕の声を無視して、なおも歩みを進める人物。
薔薇のような匂いがした。美しく誇り高く咲き誇り、触れたものを容赦なく刺す棘のような。
自我を乗っ取られないように頭を抱えるが、横目でその人物をチラリと見てしまう。
闇のように深い黒のドレスを纏った少女がそこにいた。
肌は陶磁器のように白く、細長い手足にたなびく銀髪は完成された絵画のよう。妖艶に、爛々と輝く紫の瞳は宝石のように美しく、反対に頭に乗るホワイトブリムは清楚な印象を与える。
それが、どうしようもなく、美味し、そ、う、で…
「魔王、ひいては壊れた世界の意志よ、拝聴することを許す!わたくしこそこの世界を統べるもの、全ての地球に存在する種の代表!逸脱を許すものである!」
パンッ。
甘い声、僕の神経をズタズタにし自我を失いそうになるほど澄んだ声だった。
それは僕にはあまりにも毒で、思わず自身に運命の固定をしないと
「これは宣戦布告よ、世界の意志。…そしてアマザ、あなたを救ってあげるから待ってなさい。」
そう言うと動けない僕の肩に手を置き、直接魔力を流し込む。
飢えた魔術臓器はその全てを拒むことなく吸収し、僕の思考は世界の意志を無理やり押し込めることに成功するとようやくクリアになる。
荒い息を整えることもなく、僕は目の前の少女に問う。
「君は…何者だ。どうして僕の名前を知っている。」
「答える義理はないわね。それより、早くその魔力使って日本國に飛んじゃいなさい。わたくしのような超絶美少女が近くにいると、また暴走してしまうわよ?」
茶化す気の一切ない迷いなき言葉だった。ユイやヤシラとも違うタイプの少女を相手にすることは酷く難しく感じた。
「…恩に着る。こんな状態じゃなかったら食事にでも誘いたかった。」
「お熱いのね、でも残念。わたくし既に心に決めたヒトがいますの。ああでも、もし全てが終わってあなたが生きていたなら…ディナーくらい奢られてもいいわよ。」
互いに微笑みを交わし、僕は再び宇宙空間に意識を飛ばす。
俯瞰で見る地球はとても綺麗で、いつまでもこうして見ていられたならと思わずにはいられない。
自身と日本國における距離からおおよその座標を特定、演算開始。
そして世界の意志に呼びかける。
「待ってて、いいのか?その時の僕はもう今の僕ではないだろうが…それでも、いいのか?」
「馬鹿ね。わたくしは地球の種の代表よ、あなたの痛みまで背負うのが義務。待ってなさい。
「僕は…アマザ・イーサンは、限界を超えても君達を待つことを誓おう。そしてさようならだ。
パンッ!
響く鈴の音は僕の体を包み、座標のトレースを開始する。
世界の意志として君臨した僕のこれから先の物語は、僕から語るものではないだろう。
物語は終わらない。世界に人類が生きている限り、この世界が存続する限り。
だからこそ語り手は彼に譲ろう。近いうち、覚醒するであろう勇者に!
異世界転生者(勇者)を勇者パーティから追放した成れの果て @mainitiganbaru
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