第9話
死を前にすると昔の記憶が蘇るというのは、どうやら本当のことらしい。
今から私は、六十年前に残した足跡を辿ることにする。
当時の私が住んでいたレイク王国は豊かな国で、食糧も安定し文字が普及しだしていた。王都のすぐ側にある大きな湖が印象的で水に困る事はほとんどなかったと記憶している。
そんな折、レイク王国の辺境に巨大な鉱山が眠っていた事が発覚する。初めは国内だけで賄っていたそれは、やがて他国に輸出するものが現れた。
そしてそれを羨んだ隣国のサリ帝国が戦争を仕掛けたのは、数年後のこと。
サリ帝国は当時の世界情勢では武力に抜きん出た帝国で、弱者を管理するのは強者の勤めであると主張していた。元々レイク王国はサリ帝国から独立した国で、鉱山の発見で再び併合を持ちかけられたが断固拒否。
そして始まった戦争。
世界からの注目が集まり、サリ帝国に恨みを持つ国やレイク王国の鉱山に興味を示した国がレイク王国を支援。戦況は泥沼に。
やがて戦士不足になり、国は有志を募り戦地に赴いた。だが、戦争は一瞬にして終わりを告げる。上空より突然落ちてきた
これは魔術というもので、サリ帝国にはこれを何回も行使出来る戦力を保持している。戦地に落としたのは慈悲で、これ以上悪戯に戦争を長引かせるのなら王都に落とすと宣言。
心を折られた王様は投降し、レイク王国は再びサリ帝国の傘下に下った。
私の両親は魔術の大岩に潰されたらしく、ひしゃげた2枚のタグになって帰ってきた。
サリ帝国に吸収された元レイク王国民の大半は肉体労働者となり、男性は畑仕事や坑夫に、女性は縫製職に割り振られることに。
そして子供は軍隊に預けられ、ここから二つに分けられる。
魔術臓器を持つものと、持たないものに。
魔術臓器を持たなかった私は、五歳にして剣を握ると眠れる才能を開花させることになる。
魔術によって家族を、国を、将来すら奪われた私はこうして牙を研いだ。
これから先の記憶はあまりない。
十年の月日が経ち、剣士として大成した私はサリ帝国にとって脅威に他ならなかったらしく魔術によって意志を剥奪。ただ戦地に赴いて敵味方関係なく殺戮するだけの機械と成り果てた私は、生きていながら死んでいた。
しかし。
脳内に突然流れ込む知識があった。
それはこの世界に起こった歴史の全て。
この世界に生まれ落ちる全てを祝福する壮大にして無価値な母なる大地の意志。
また、この「地球」と呼ばれる星の運営を妨げる逸脱者をどうしても殺さなくてはならないという止めどない衝動が海馬を刺激する。激情は、しかし私にとって祝福となった。
本能で理解した。私は、
あの大岩を戦地に落とし、両親を殺した憎き術士。
根絶やしにせよ、絶滅させよ。魂を、魔術臓器を粉々にし、その血において星の意志に報いよ。
カウンターとして地球の意志の代行者になった私は、数十年ぶりに自らの意志を取り戻す。
ここは戦場で、血と臓腑の臭いが鼻腔をつく最悪の状況なのに。
「ああ、こんなにも世界は美しい。」
青く澄みわたる快晴が、血風荒ぶこの荒野の空気がどんな秘境の景色より美しく感じる。久しく忘れていた脳味噌を自らの意思で動かす感覚。両手に感じる剣の重さすら愛おしい。
私に魔術臓器はないが、世界からの祝福により魔力が体から湧き上がる。
道理などなく、魔力が存在するという事実だけを私に送りつけてくる。それが、世界の意思に選ばれるということであり、祝福。
そしてだからこそ、世界の意思に従う事にした。しかし今すぐ逸脱者を殺すのではない。今は、この場の全てを破壊したい。
なぜ、どうして、ではない。理屈ではなく事実があるのだ。それに逆らう自我は、とうに消え失せていた。
その後、戦場を荒らすだけ荒らした。
世界の意思は一度落ち着き、自我が再び目を覚ます。正直に言おう、私は自分が怖かった。帝国によって意思を剥奪され十五年、今度は世界の意思に取り込まれる。
私は手を汚し過ぎた。
剣才に恵まれ、利用され続けた人生に価値などない。私の自我であるうちに自死するのが、今まで剣の鯖にしてきた者に対するせめてもの償いなのかもしれない。
人を殺し続けた私には、もはや命の重みが抜け落ちていた。
一晩走り続けた体に疲れはなかった。
無尽蔵に湧き出る魔力は無意識に強化を施し、やはりそこに理屈は存在しない。月が沈み始めた頃から自我を乗っ取ろうとする無意識が存在した。おそらくそれの影響だろう。
反り立つ崖に立ち、乗っ取られる前に世界に別れを告げる。感じる無重力は、空を飛んでいる気分させてくれる。
束の間の自由は、頭から与えられるインパクトによって永遠になるはずだった。しかし、衝撃の瞬間に私は地面に座っていた。理屈ではない、
そして再び無意識の破壊衝動が自我を襲う。
あっさりと乗っ取られた私はどこまでも駒でしかなく、生きているのに死んでいる。事実が理屈を曲げる歪んだ世界が、私は大嫌いだった。
時が流れ、私はたびたび意識を取り戻していた。
それは、サリ帝国を襲い、片腕を失いながら魔族と呼ばれる種を束ねたとき。
それは、敵将を打ち取り自身を「魔王」と名乗ったとき。
それは、逸脱者である座標操作の魔術師を暗殺したとき。
それは、真紅の髪をした少女を両断し、異形の少女の片腕を切断したとき。
世界の意思はすでに半分壊れてしまっている。
それは長い間行われた星の運営の、一つの出来事が原因だ。
私は目の前で両目から涙をながす青年に告げる。
「アマザよ、貴様がこれからどんな残りの人生を送るか見ものだな!この目で見届けられないのが残念ではあるが…せいぜい、健闘を祈る。」
カウンターは、カウンターにしか殺せない。
世界の意思は世界の意思でしか塗り替える事は出来ないのだ。正確にはその末裔であるが、私が血統のカウンターである事実には些細な事だ。
祝福しよう、そして懺悔しよう。
ここに古き魔王は潰え、新たな魔王が誕生する。無辜の破壊と絶望の世界へようこそ。
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