第7話
「未完の大器」
それが僕が三年間共に国々を駆け回った勇者に対する評価だ。短い時間だったが彼は少年から戦士へと成った。
ずっと間近で見ていたのにこの一流の僕をしても彼の能力には底が視えなかった。
三年間では彼の伸び代を見抜くことが出来なかったのだ。この国で最も魔術に精通しているこの僕が、だ。
魔王と名乗るこの男の底の視えない迫力はそれに通ずるものがあった。
だとすれば、僕たちにはこの老人を倒すことは出来ないのか?
「アマザァ!惚けてる暇ァない。戦士が死ぬのは自業自得、だが私たちに手ェ出したこと後悔させるぞ!」
僕の二倍ほどの背丈になった少女が怒号を飛ばす。
思考している暇などない、戦士ならば今できる最善の行動をしろ。
しかしこの戦いは果たして最善なのか?
剣と拳が交わる。
その音はまるで金属をぶつけ合う音に似ていて、火花こそ散らないが、二つの暴力の極致が生み出す衝撃波が死の大地と化した荒野に響き渡る。
「後悔など久しくしてないな。思い出させてくれるのか、若き戦士よ!」
いや、違う。
一流ならば、人間としての思考を捨ててはならない。
「魔術臓器のメンテナンスをする!それまで耐えてくれ!」
言うが早いか荷台に走り出す。戦闘開始と共に投げ捨てたバックパックの回収も忘れない。
争いに背中を見せる僕は格好の的だ。しかし魔王は僕に見向きもせず、戦いに身を任せている。
まるでこの戦争と呼ぶべき争いを楽しむように。命を削る争いは留まることを知らず、致命傷以外で二人が動きを止めることはないようにすら思えた。
実のところを告白すると、魔術を行使するのに必要な「魔術臓器」は既に僕の体内にはない。
しかし先ほどの戦闘で数回、派手なものではないが魔術を行使している。もちろんタネも仕掛けも存在する訳だが。
荷台は木製で枠組みされており、出入り口は布で覆われているだけの簡素なものだ。
しかしその見た目とは裏腹に、職人による強固な「強化魔術」が付与されているため余程のことがない限り破損することはない。
我々魔術師が普段から使用する「強化」と「強化魔術」は明確に違いがある。それは、自身の体内で魔力を循環させ骨子や筋肉を魔力により保護・増強させるのが「強化」。魔術式を組み上げ対象に付与し、詠唱を用いて作動させるのが「強化魔術」という相違点だ。
こんな知識今は必要ない。…しかし、余計なことを考えなくては今はどうにかしてしまいそうだ。
戦士だからいつでも覚悟はできていた。だがそれと心の痛みは別問題である。
やはり何度経験しても、喪失は辛く悲しいものだ。
布のドアをくぐり、急いでバックパックを開く。
荷台の荷物を脇に避け簡単に場所を作る。上半身の服を脱ぎ、鳩尾からへそまで残る痛々しい縫い傷に目を向ける。
そこはかつて魔術臓器があった場所。今の僕にはもうない、血統の歴史と誇りと、魔力が生まれる未知の臓器。人類に残された、神にも届きうる可能性の塊。
バックパックからナイフを取り出し、それで勢いよく縫い跡をなぞるように裂く。
血が噴き出る。頭にのぼっていた血が抜ける感覚。
片手しか使えないので、仕方なく指を鳴らす。音を出す、という儀式が僕の家系の魔術には大切なのだ。
「
運命を固定し、血管を一時的に止める。
しかし臓腑は止めない。なぜなら僕には臓器の8割方が存在していないからだ。
代わりに一つの丸い立体が落ちてくる。拳大の大きさで、体の中に入れていたからか滑りがひどく落としそうになる。他の魔術師とは違う体の作り、僕の家系だけの秘密。
名を、擬似魔術臓器。
僕の家系は気が遠くなるほど古くから、魔術臓器を擬似的に作り出す装置の研究をしていた。それを大成させたのは、今は亡きお父様だった。
今思うと、お父様は魔術の最奥に至っていたのかもしれない。だが世界の意志は強大な力を、禁忌を許さない。
世界には意志が存在する。
魔術とは世界の意志に呼びかけ、世界から力を引き出す作業を指す。だがそれゆえに、世界は逸脱した存在を許さない。
「だからこそ、僕の祖先は世界を騙した。」
かつてこの地に住まうまで、僕たち家族は世界中を転々としていた。人々は異能を恐れ排斥し、災害の原因に、諸悪の根源と呼んだ。
しかしお父様はその人生の途中に愛を見つけた。
そして出兵し、カウンターに殺された。
バックパックを再び漁り、液体が入った木製の筒を取り出す。その蓋を開け、球形に全てかける。青白い液体が躍り出て
すると不思議なことに液体は床に溢れることなく、全て球形が吸い込んでしまった。
その不思議な光景を確認し、再び体内に入れて持ってきた裁縫道具によって自身の腹を縫う。三回目は、とてもスムーズだった。
ここまでにかかった時間はおよそ十分。祈るように布を開け、一秒も惜しいと駆け出し戦場へと舞い戻った。
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