神 と の 契 約

 幼い私は、スルファさんから学び、そして――理解を深めていった。


『カナン、この国はね、武器というものに、とても神経質だ――剣は、上位の警備隊しか持てないし、護身用の短剣は刃渡りが決められ、狩に使う弓矢でさえ、一部の狩人にしか許されていない。それらを扱う職人、材料でさえ国によって管理されている――これから君が関わっていくだろう〈想像物〉は、さらに厳しい。特に――武器に転用されやすい危ういものは、普通の『複写』と違って、『複写』されるごとに王族が立ち会い、その手で重ねて認証印を押す決まりになっているんだ』


 スルファさんは、こうも教えてくれた。


『――〈解読師〉はね、たった一人で『見る』ことを許されているものがある。それは――認証印だ。勝手に『想像』、『複写』された〈想像物〉をあばくために与えられたんだろうね。けれど……認証印のない〈想像物〉なんて存在しない。私も『見た』ことがない。――認証印が〈解読書〉に押されていなければ〈想像物〉は本物にはならない――『複写』できる回数は前もって決められ、もっと欲しい時は〈解読書〉を書き直して、また捺印する――〈解読書〉は一人では書くことも、書き直すこともできない。自由に持ち出せもしない。顕現には必ず、二人以上の『力』を必要とする。そして――神様が、常に〈私たち〉を見ている。――ね? 〈私たち〉は、たった一人で、なんて――できないんだよ』


 そう望んだのは、神様――リトイス・エスキ。

 それを約束したのは、初代フィンルアルト国王――キリメア・ヴィルランファ。

 二千五百年も前に結ばれたというその約束は、今も、破られてはいない――


 始まり、終わり、そして――再び始まった。 

 それは、遠い遠い、遥か、昔のこと。

 この国がまだ『フィンルアルト』の名を持たなかった頃の出来事。

 ここは、どこまでも続く荒れ地だった。人々は厳しい寒さのなか、細々と暮らしていた。

 皆、たいした持ち物もなく、わずかな実りで命を繋いでいた。

 雲ひとつない、晴れた日の朝。リトイス・エスキは、空からこの地を見下ろした。

 地上の人々を見るなり、涙を落とした。

「なんて哀れなのだろう。痩せて、まるで棒のようだ」

 彼は自分の『力』で、人々を幸せにしてやりたいと考えた。

 鮮やかな光とともに地上に舞い降り、そして、頭のなかで思い描いたものを顕現させ、それらを惜しみなく与えた。

 土地を耕す道具――人々は畑をつくり、大きな実りを得た。

 寒さをしのぐ家――人々は暖かな寝床で眠り、労働で疲れた体を癒した。

 人々は感謝した。しかし、彼らはどん欲だった。常に満足しなかった。

 優しいリトイス・エスキは、人々の望みを次々と叶えてやった。

 人の手を介さずに出現する様々な道具。それとともに高度になる文明。

 彼が与えたもののおかげで、瞬く間に集落は村となり、さらには街へと変わり、気づけば大国となっていた。

 やがて、与えても与えても満足しない人々に、リトイス・エスキは疲れてしまった。

 そして――自分と同じ『力』を、人が自由に使えるように『想像』してしまった。

 これが悲劇の始まり。

 人々は気づいていなかった――生きることが楽になるはずだと『想像』した道具によって振り回され、自分たちの役割をなくし、生きていく意味を見失っていることに。

 いつの間にか人々は〈人を攻撃するための道具〉を『想像』するようになっていた。

 何の意味もなく、誰かを傷つけ、奪う――退屈な時間を埋める、ただ、それだけのために。

 人から街へ、街から国へ。

 攻撃の範囲は徐々に広がる。それはやがて、戦争へと繋がった。

 リトイス・エスキは、泣いた。

「ああ、なんということだ。私が与えた『力』によって、人々は争いを創造してしまった」

 絶望した彼は、『想像』したすべてのものを『失効』した。

 人々は一瞬で、何もかも失った。命と体だけが手元に残った。

 再び何も持たなくなった彼らを見て、やはり哀れと思ったリトイス・エスキは、再び彼らに『力』を与えた――制限をかけて。

 『力』は――『想像』、『解読』、『複写』、『失効』――四つに分けた。

 一人につき、ひとつの『力』だけを持たせた。一人でその『力』を使うことも、すべての『力』を一人で持つことも、決して人には許さなかった。

 たった一人の欲望だけで、世界を『想像』させないために。そして――

 ――たった一人の感情だけで、世界を『失効』させないために。

 リトイス・エスキは、人々に告げた。

「私は空へは帰らない。ここに留まり、常に〈想像物〉を見極め、必要なものだけを――必要な分だけを『認証』しよう。私と約束せよ。互いを傷つけるものを『想像』してはならない。〈想像物〉を、争いに繋げてはいけない――手に余るほどの持ち物を持ってはいけない。慢心してはいけない。多くを持つ者は、再び間違いを犯すだろう。私はそれを許さない。人よ、自らも気に掛けよ。考えよ。欲に囚われるな。私の目を怖れよ。『失効』を怖れよ――私は、見ている」

 リトイス・エスキは、一番親しくしていた人間――キリメア・ヴィルランファに、自分の代行者として認証印を託した。そして、地中深くに自ら神殿を『想像』し、自分の姿を巨大な石柱へと変えた。

 彼はそこで、静かに、フィンルアルト国を見守っている――


 果たして神話は史実なのか、確かめようがない。

 それでも――〈想像能力者〉にとって、教訓や指針であることには間違いない。


 認証印を押された〈装甲傀儡〉は実体を持ち、重みを得た。機体から光が消え、徐々に重力に引かれ、二本の足を床に下ろした。

「お見事」と、私の隣で見ていたソクラさんは、同僚三人をねぎらった。と、テシカがこちらに向き直り、シメオンの退室を待たずに、上機嫌で話し始めた。

「二人は、ほんとぉに、残念だよね!」

「また……テシカの自慢話が始まったぞ」と、ソクラさんは、やれやれと呆れ顔だ。

「これは〈解読師〉と〈複写師〉の特権だよね。あんなに綺麗だった光景が、〈想像師〉と〈失効師〉には、見えてないんだから……! ほんと、もったいないよね!」

 興奮冷めやらぬテシカは、腰に手を置き、わざと大げさに胸を張り、自慢げな顔をした。私より四つも年上なのに、彼には少々子供っぽいところがある。

「僕にも見えないんだけど」

 不満そうなシメオンの声に、テシカが『しまった!』という顔をし、途端に小さくなった。その様子に私たちは思わず声を出して笑った――渋い顔をしているファデルを除いて――

「お前は『複写』の度に自慢するよなぁ。いつまで経っても、お子様だ。でも……どう頑張っても僕らには、ただ眩しいだけで……途中経過は見えないんだから――まあ、羨ましいけどさ、そんなこと言われても……なぁ?」

 ソクラさんは悔しげに、同意を求めようと、〈想像師〉の私に、飴色の瞳を向けた。

 ああ、確かに――テシカが自慢したくなる気持ちもわかる。あの美しい光景を見ることができないなんて、本当にもったいない! けれど――

 ソクラさんに、そう返事はしなかった。ただ、「そうですね」とだけ言って、頷いた。

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