認 証 式
待機中の〈装甲傀儡〉の背中には、燃料注入の管が繋がれている。
さすがに『ぜんまい仕掛け』という訳にはいかず、〈改良型複製石炭〉を熱力に変換し、さらに濃縮したものを使用してる。有害物質を一切排出しない、『前』の世界で言うところのクリーンエネルギー――これも〈想像物〉。
腕に白い帯のある機体――班長機だ。腹にある搭乗口の丸い蓋を開け放ち、その上で、足を縁からぶらりと垂れ下げ、のんびりと寝そべる男の姿が見える。
特別警戒中だというのに、相変わらずのおおらかさだ。その様子に、私は思わず笑みがこぼれ、一方ケスは、やれやれ、と、言わんばかりの呆れ顔だ。
「ケス、ここはもういいから。しばらく会ってなかったろう? 今日は警備隊の稽古もないんだし――」
いつもなら、私の仕事が始まれば、ケスも自分の仕事をする。以前は警備隊から指南を受ける側だったのに、今はすっかり逆転した。この栄転を、我が事のように誇らしく思っている。
「いや、そうですけど――でも、姫様……まだ、体調が――」
「ふふ、ガルさんのこと気にしてるな。大丈夫。私もちゃんと、言いつけを守るよ」
「君もずっと張り詰めてたんだろう? 息抜きは必要だよ。カナンには〈認証式〉のあとに話したいこともあるから――ね、行っておいで」と、スルファさんも優しい言葉で背中を押す。
「……じゃあ、お言葉に甘えて」
ケスはさっと頭を下げると、寝そべる男の元へ走って行った。嬉しそうだ。
「いいなあ、ケス」
「そんなこと言うと、彼らがへそを曲げるよ」
「そうだぞ、二人も君をお待ちかねだ」
半円状の広い第一格納庫を抜け、閉じられた大門の端にある通用口をくぐり、第二格納庫に入ると、ハナウォン兄弟の弟――テシカと目が合った。と、途端にこちらへ駆け出した。
「ああ、カナンだ! 元気そうで良かった……! もう、動いて平気なの?」
「まだ本調子って訳じゃないけど、平気だ」
「今日、君の『力』は必要ないだろう? 僕らに任せておけば…………顔色が良くないぞ。しばらく休暇を取ったらどうだ?」と、彼のあとから無表情でゆっくりと歩み寄ってきたのは、テシカの四つ上の兄――ファデルだ。
錆色の髪と瞳。一目見ただけで兄弟とわかる似た顔の造りと背格好をしているのに、性格はまるで両極端――静と動――いや、熊と子犬……の方がしっくりくる。
〈想像物〉の顕現には、それに見合った体力と気力が消耗される。ファデルの言う通り、今日の私は戦力外だ。
「緊急事態に休んでなんかいられないよ。それに、書簡だけじゃ把握出来ないし……ちゃんと自分の目で見て、確認したかったんだ」
ファデルは不服そうに私を見下ろし、ふん、と鼻を鳴らした。
〈想像能力者〉は、〈想像師〉、〈解読師〉、〈複写師〉、〈失効師〉、四師で一つのチームを組む――この世界では〈共団〉と呼んでいる。
大型〈想像物〉――〈装甲傀儡〉の『複写』を一人でまかなうのは負担が大きい。そのため、私の〈共団〉では〈複写師〉を二人にしている。それを任されているのが、ハナウォン兄弟だ。王都勤務になった父親の跡を引き継いだ。彼らは優秀で誤写をしない、信頼のおける〈複写師〉だ。
四人が着ている上着は〈想像能力管理機関〉が提供している制服だ。青みがかった明灰色の生地に、ヘヴンリ家の正装同様、柊の刺繍が施されている。糸の色は所属先によって違う。彼らの色は銅色。王室直属を表す。それぞれの左腕には〈想像能力者〉の証――一対の硝子の腕輪がはめられている。それらは〈リトイスの瞳〉と同じ色だ。
――四人は皆、ヘヴンリ家に
「それにしても、王室の橇を襲撃してまで誘拐するなんて……そんな危険を
テシカはスルファさんに向かって、手で首を切るような身振りをしてみせた。ファデルの無愛想な低い声が、賊たちをあざける。
「後先を考える頭がなかったんだろう。すぐ金になると思ったんだろうが、馬鹿なやつらだ。今頃は檻のなかで震えてるだろうな」
二人は今回の件を、ただの誘拐事件だと思ってくれている。
「……
難しい顔で腕を組むソクラさんのつぶやきを、スルファさんは声を落として遮った。
「そうと決まったわけじゃない。もし、あいつだとして……捕まったのは雑魚ばかりだ。簡単に糸を手繰られる様なへまはしてないだろう……」
私の傷痕の経緯を知る二人は、心配そうにこちらに目を向ける。平気だと伝えるために、笑顔を作って見せた。
「ねえ、カナン。ケスは……元気になった? 随分と凹んでたって聞いたけど――」
テシカは心配そうに眉尻を下げる。ハナウォン兄弟とケスは歳が近いせいか、お互いざっくばらんに接している。
「あ、うん。今はいつも通りだけど……私のせいで、かなり怒られたみたいで……ケスには悪いことしたよ……」
「あれはそんなことで凹むものか。カナン、原因は君だ。自覚しろ。自分が傍にいなかったことで、
「……ごめんなさい」――結局、ファデルにも叱られてしまった。
「ほらほら、ファデル、テシカ。二人とも位置について。そろそろ殿下が御見えになるから」
〈共団〉では〈想像師〉が
通用口に目をやると、シメオンの付き人が立っていた。意気揚々とシメオンが入ってくると、頭を下げ、通用口の扉を閉めて下がっていった。それを合図に、三人は左腕から一つだけ腕輪を抜き取り、右腕にはめ直した。
「お待たせ、カナン。準備はいいかな?」
「……殿下。本日は『複写』ですから。私とファデル、テシカで行います」
四師揃わなければ発動しない『想像』と『失効』と違い、『解読』と『複写』は〈解読師〉と〈複写師〉の二師で発動が可能だ。
勘違いに気づいたシメオンは、口を「あ」と開け、誤魔化すように小さく咳払いをした。
彼の手には、平べったい油紙の袋がある。そこから丸くて薄い、磨り硝子のような板が引き出された。板には文字のような細かな模様がびっしりと刻まれている。〈解読師〉――スルファさんによって紡がれた〈解読書〉だ。
物体を形成している情報を保存した記録媒体で、『複写』及び『失効』の際に必要となる。〈装甲傀儡〉の情報量は膨大ゆえに、その直径は顔を優に隠せる。
スルファさんはそれを受け取ると、目の前にある書見台に立て、両の手をかざした。
王家の紋章を刻んだ腕輪をはめたシメオンが、スルファさんから五十歩ほど離れた、真向かいの上座に立ち、その少し離れた左右にはハナフォン兄弟が既に立っていた。
「よろしいですか? ――それでは〈認証式〉を始めます。『書』を、開封する」
スルファさんの宣言とともに、皆の腕輪がふわりと明るくなると、〈解読書〉も光を持ち、外径から
二本の帯は、互いを鏡に映したかように、同じ動き、同じ形を成していく。
ファデルとテシカ――性格は真逆なのに――二人の息は、ぴたりと重なり合っている。
刻印しているかのように、文字のような模様が帯上に次々と点滅すると、腕輪もその光に同調する。『想像』する時とは違う、独特の美しさだ。『前』の私はこの光景に見とれている。
……モミの木に飾り付けられたイルミネーションみたい――いや、もっと綺麗で幻想的だ……オーロラって、こんな感じなのかな。不思議な色の光……ああ、そうか。この光の色も……〈リトイスの瞳〉と同じ色だ……。
『今』の私はスルファさんたちの技に見入っていた。
……三人の『複写』はいつ見ても奇麗だ。この手早さで誤写なし。さすがだ。
順に――胴、頭、腕、足と、左右別々に形成された物体はまったくの左右対称。寸分の狂いもない――光の帯が物体から解かれ、離れていく。左右は中央で継ぎ目もなく接合されて一体となり、宙に浮かぶ風船のように、ゆっくりと一回転する。
淡く発光する『複写』されたばかりの〈装甲傀儡〉を、スルファさんは凝視し、念入りにその姿を確認する。
「『書』を、封印する」――スルファさんがそう言うと、〈装甲傀儡〉から解かれた帯が、時間を巻き戻したかのように〈解読書〉の中に収まり、同時に三人の腕輪も徐々に光を失った。
スルファさんは胸に手を置き、シメオンに一礼した。
「……誤写はございません、殿下」
「ヴィルランファの名において、この〈想像物〉を、認証する」
そう宣言すると、シメオンは宙に留まる〈装甲傀儡〉に右手をかざした。腕輪の紋章が光を帯び、〈解読書〉も共鳴する。と、〈解読書〉から放たれた真っ直ぐな光が、〈装甲傀儡〉の背中を突き抜け、雪の結晶を思わせる王家の家紋が腹部に投影された――認証印だ。これを押されて初めて〈装甲傀儡〉は現実の物体となる。腕輪の光が消えると、腹の紋章も薄くなり、やがて、消えていった――
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