装 甲 傀 儡

「元気になって良かった……。でもね、カナン。僕は、怒っているんだよ――とても」

 優しかった声が一転。低く、不機嫌になる。

 通された執務室。シメオンは黒塗りの机に両の肘を付き、顔の前で手を組む。いつになく私をにらみ、言葉通り、本当に怒っている。

 当たり前だ。騙し討ちも同然の行為で、王子である彼の顔に泥を塗った。『滅多な事はない』と、大見得を切った手前、私の後ろに立つケスに対しては、ばつの悪さもあるのだろう。

「あ、あの時は……殿下や王族の方々の御身にまで何かあってはいけないと……く、国に仕える身で、私ごときが、その……守って頂く訳にはいかない、とも思いまして……」

 言い訳はしどろもどろ、自分でも何を言いたいのかわからない。声も次第に小さくなった。

「私ごとき、ね……」

 シメオンが勢いよく立ち上がり、がたん、と大きな音を立て、椅子がひっくり返った。

「そんなくだらない遠慮で命を落とすつもりなの! 大体……あんなことしなくたって良かったんだ……! 君に何かあったら、僕だって……」

「……申し訳ありません」

 ……いや、どんなにシメオンが私自身を肯定しても、王族に仕える人間たちは、それを『良し』とは思わないよ……。

「あの時、押さえつけて、無理矢理に縛ってでも、引き止めるべきだった……」

 ……いや、それもどうかと思うけど……。

 シメオンはふうっと息を吐き、付き人が慌てて起こした椅子に、ゆっくりと腰を下ろした。

「姫様に、手荒なことをされては困ります」

 ケスはその言葉を聞き流さない。物言いが気に障ったのか、付き人の鋭い目がこちらに向き、思わずひやりとする。

「いやだな、ケス。冗談を本気にしないでよ。例えば僕が――そう、カナンに殴られることはあっても、その逆は絶対にないよ。ね、カナン」

「それは……」

 ぎくりとする。心当たりのある私は、シメオンからゆっくりと顔をそらした。

「殿下。私が『獣人だから』という理由で、役目を遂行できないのは不本意です。私があの場にいれば、今回のような結果にはならなかったはず――」

「……さすが、自信満々だね」

「その為に、日々鍛錬を重ねております」

 ケスがこんな風に発言することは珍しい。私の周りがきな臭くなってきた事が、気掛かりなのだろう。

「わかったよ。ただし、王族主催の宴席に関してだけは、遠慮してもらう。理由は君もわかるだろう? ……うるさいんだよ、王都のやつら。僕がいくら『いい』って言っても、聞き入れてくれないんだから」

 付き人は自分のことだと思ったのか、不機嫌そうな顔を見せた。

 シメオンの言い回しが引っ掛かった。まさか、私を――『王族主催の宴席』に、参加させるつもりなのか? 疑問の答えはすぐに出された。

「……でね、カナン。兄上から君宛に、新年会の招待状が届くはずだから。二人とも、そのつもりでいてね」

「私にですか?」

 新年会は、三王子の管轄領での持ち回りで行われる。これには王都や、他区の貴族たちも参加する。彼らが私の参加を快諾するとは思えない。断りの返事を出す前に、先手を取られた。

「兄上たちがね、どうしても直接礼を言いたいって。君がおとりになったこと、僕は釈然としないけど……まぁ、結果的にはヴィルランファ家から危機を遠ざけてくれた訳だし――」

 シメオンは言葉を切り、わざとらしくコホンと咳をし、すました顔をする。

「我々は君に感謝してる。第一王子ソクランからの直々の招待だ。……受けてくれるよね?」

 第一王子、直々――という言葉に観念する。お茶会同様、逃げられない。でも――

 新年会に顔を出すのは、やはり気が引ける。どうしても会いたくない人物がいるからだ。ケスはそれを察し、シメオンに問い掛けた。

「……あの、よろしいですか? ヘヴンリ家からは、姫様だけなのですか? その……王都の御本家からは――」

「来ないよ。彼はここ何年も、他の行事にすら顔を出してない。仕事はしてても、屋敷に籠もりっきり。まさに隠遁いんとんだ。今回も親子共々、すでに不参加で返事が来てる。お互い、顔を合わせるのが嫌なんだろ。親子喧嘩がここまで長引くとはね……。ああ、ごめん。君を呼ぶのはあくまでも、君個人としてだから。ヘヴンリの名前に気負うことはないよ」

「……はい」――あちら側の不参加に、密かに胸を撫で下ろした。

 の影響で、ヘヴンリ本家の後継者の席は、空席のままだ。

 祖父様の傍にいることで、王都の貴族たちは、密かに私が後継に選ばれたのでは――と、疑いの目を向ける。とんでもない。そんなつもりはない。私は、祖父様の眼鏡にかなう人物が現れるまでの『繋ぎ』だと思っている。

 ただ、〈想像師〉としてはそれなりの自負がある。本家を去る日が来たとして、許されるのなら、この仕事は続けていきたい。その時、ケスはどうするだろう。祖父様の後ろ盾をなくしても、彼は私の傍にいてくれる? いてくれるなら、それは、どんな理由で――?

 いつも彼の横顔を探るが、その答えは未だ見つけ出せない。

「スルファです。参上しました」

 声を掛けて入ってきたのは、スルファ・エクレンダ――〈解読師〉だ。

 私の顔を見て微笑んだあと、シメオンに向き直った。

「〈認証式〉の準備が整っておりますが、よろしいですか?」

「ごめん、先に行っててもらえる? 王都から客人が来てて。新年会のことで先に打ち合わせておきたいんだ」

「御意。では、第二格納庫でお待ちしております。――カナン、行こうか」

 私たちはシメオンに一礼し、執務室をあとにした。


 豪奢な邸宅から一転。格納庫へと向かう連絡通路は、等間隔に窓と照明があるくらいで、至って簡素だ。

 便宜上、『ヴィルランファ邸』と呼ばれてはいるが、邸宅は一部に過ぎない。敷地の大半は〈装甲傀儡〉に関わる施設が占め、警備隊の駐在所も兼ねている。面積的には『基地』と呼ぶ方が正解かもしれない。

「君の顔を見て、心の底から安心したよ。ケスも……大変だったね」と、スルファさんの眉尻が下がる。彼と私たちの間に気取りはない。ケスはねぎらいの言葉に、「いえ、俺はただ、おろおろしてただけで……」と、少し遠慮気味に返した。

「あの日はこちらも大騒ぎでね。対応に追われて、カナンの事件を知ったのは翌日だ。いやまったく……お互い、とんだ厄日だ」

「書簡を読んで驚きました。そこまでの力を持つ〈外獣〉が現れるなんて……」

「なにせ、夜のことだから。はっきりとした姿はわからなくてね。とにかく気の荒い個体だ。腕のない〈傀儡〉を見たときは、ぞっとしたよ」

「やはり、新種でしょうか?」

「それはまだ……なんとも言えないなあ。とりあえず〈甲冑かっちゅう〉と呼んでいるけど、既存種の亜種の可能性もあるし……。でも、カナン。君はまだ休んでいてもよかったのに。今回は『複写』で対応すると書いてあったろう? 私たちに任せておけば――」

「でも、気になってしまって……壊れた機体、どうしても見ておきたくて」

「そう。やっぱり君は〈想像師〉だね。実はね、君にも見てもらいたい物があるんだが――」

「カナン!」

 第一格納庫の通用口の前から大声で呼んだのは、ソクラ・リメンド――〈失効師〉だ。

「あれ? ソクラも来たの? 今日は出番がないから……招集、掛けてなかったろう?」

「カナンが顔を出すって聞いて、官舎から慌てて飛んできたんだ!」

 ヴィルランファ邸に関係する者は、敷地内にある官舎で生活している。単身赴任者も多い。通いで来るのは、私とケスくらいだ。

「まったく……カナン! 肝を冷やしたぞ……君は、僕らの寿命を縮めたいのか?」

「すいません……」

 ……今日は叱られっぱなしだな。

 怒った素振りのソクラさんのげんこつが、こつん、と頭を小突き、今度は手のひらが、ぽんぽんと頭の上を跳ねた。その手はとても優しい。

 スルファさんとソクラさんには、子供の頃から良くしてもらっている。私が〈想像師〉としてやってこれたのも、彼らの力添えがあってこそだ。

 第一格納庫に踏み入れた自分の足が徐々に固まる。目の前に広がる光景に息を飲んだのは――『前』の私だ。

 ……すごい……これが……〈装甲傀儡〉……私の〈想像物〉……。

 〈装甲傀儡〉たちは、腰から下を反転させ、鳥のように足を折って座している。立てば、三、四階建ての建物ぐらいはありそうだ。その右手には剣や槍――ではなく、柄の長さや、股の幅を自在に変えられる刺股を握っている。

 〈装甲傀儡〉は兵器ではない。故に、武器と呼ぶものは、何一つ装備されていない。

 『前』の記憶が戻った目で見る巨人の姿に、初めて見たかのような胸の高鳴りと、不思議な懐かしさも憶えた。

 ……あ、そうだよ、これ……『前』の私が、子供の頃に考えたロボットだ。名前は……そう、ブロント……! お絵描き帳に描いたり、工作したり――そんな頃もあったな……。

 まるで電球のような体型。丸みのある頭。大きな目は鷲のように鋭い。瞼から顳顬こめかみへと続く兎の耳を思わせる二本の角飾りは、近距離通信用の送受信装置だ。

 深緑の鋼の装甲には、左右対称の柊の柄模様が薄く浮き彫りされている。胸と背中に彫られた一対の大きな目。これは飾りではなく、頭部の目と合わせて、操縦席の壁面全体に画像を投影するための光学機器的役割を果たしている。

 丸い肩から伸びるたくましい腕。丸い指先の大きな手。太い腿。体型の割に短い足。膝から下は、先端が丸い逆さ円錐。まるで――ピーター・パンの宿敵、フック船長の義足だ。

 重量が地面に伝わらない様、接地面を減らした上で、重力をわずかに反転させる機能を備えている。不安定な見た目だが、巨体を支え、〈外獣〉に押し負けない強度を持つ。

 テレビの中、巨大ロボットが、大きな扁平足で街を踏み潰す――正義の為の不可抗力とはいえ、自分のロボットには、そんなことはさせたくなかった。この足のおかげで――街ではないが――森で木々の根を踏み荒さずに済んでいる。

 ……前世の記憶を取り戻す前から、『前』の私の子供の頃の記憶が、無意識のうちに『今』の私に影響を与えてたんだ……。

 『前』の世界でなら絶対にありえない、立つことすら不可能な姿を目の当たりにし、本当にここが、まったく違う別次元の世界なのだと改めて実感する。

 ……大人になってから――いや、生まれ変わった先で、こんなにリアルに三次元化されて対面できるなんて! 『前』の――子供の頃の私に見せてあげたい! きっと、飛び上がって、叫んで、大喜びだ! ……確かに、形はブロントなんだけど……仕方ないか。森で〈外獣〉と対峙するには向かない色と柄だったし……ちょっと残念。でも……絶対に叶うはずのない夢を、次元を越えて『今』の私が叶えてる。本当に、夢みたい……。いや、やっぱり……夢だったりして……。

 べただな――と、思いながらも、自分の頬を、ぎゅうっ、と、つねってみる。

「うん……ちゃんと、痛みがある……」――そう呟いたのも、『前』の私だ――


「これがほしい」

 着せ替え人形を選ぶ女の子たちを尻目に、幼い『前』の私が、誕生日プレゼントにねだったのは、戦隊モノの最後のシメに出てくる、超合金の巨大ロボット――の、おもちゃ。

 金、銀、銅、黒で飾られたメタリックな箱を両親の前に差し出していた。

 男の子になりたかった訳でも、正義の味方に憧れた訳でもない。何なら話の内容も二の次だった。可愛く、キラキラしたものにも、もちろん興味はある。でも、それ以上に――力強く、『かっこいい』ものたちが大好きだった。

 本棚には恐竜や怪獣の図鑑。おもちゃ箱には両親が渋々買ってくれたメカニカルなものたち。けれど、友達と遊ぶために必要だったのは、『可愛く、キラキラ』の方だった。

 友達と共有することのできない、幼い『私』の欲求は、内へ、内へと向かっていく。

 想像した。自分だけのロボットを。自分の力だけで動かせる、巨大で、最高に『かっこいい』ロボット!

 ――そうやって、私の頭のなかで生まれたのが――ブロント。

 言葉の響きと、恐竜のなかでも体が大きいから、という安直な理由で、ブロントサウルスから名前を拝借した。その動力源はジェット燃料でも、ガソリンでも、電気でもない。二酸化炭素を排出しない、驚きの『ぜんまい仕掛け』。究極のエコ機体だ。

 乗り込んでしまえば、ブロントの勇姿を見ることが出来ない。だから、自分の思念で外部から操縦する。難しい操作は一切なし。『巨大すぎれば置き場所に困る』と考え、近所の空き地に置けるくらいの『ほどほど』に留めた――幼い私の、精一杯の想像力。

 想像は自由だ。科学の法則をまったく無視した、現実ではありえない機体。頭のなかでは自在に動くのに――現実の世界に引き出されたブロントは、散々なものだった。

 子供の手で作るものなんて、高が知れてる――使えるものは、空き箱、画用紙、糊、テープ、ハサミ、色鉛筆やクレヨン――どんなに緻密に想像しても、どうがんばっても、頭のなかにあるままを引っ張り出せる訳もなく、巨大でもなく、ましてや動くはずもない。幼子がその技術を手に入れることは不可能――いや、大人であっても無理難題だ。

 ブロントは頭のなかにだけ存在する。決してそこから出てくることのない――出すことのできない――触れることのできない――肉眼で見ることのできない――幻なのだ。

 スーパーコンピューターだって、インターフェースがなければ――見せるすべがなければ、宇宙の謎を解いたところで、何の意味もない。人間も同じだ。

 すばらしいアイデアが脳内に生まれても、アウトプットするには、知識と表現力、そして、専門的かつ高度な技術を身に付け、誰かが生み出した道具、手を貸してくれる仲間が必要となる。それらがなければ、実現しない――実在しない――伝わりもしない。

 それらを得る事が出来たとしても、思い描いたままを、完璧な形で現実世界に引き出すのは不可能だ。頭のなかから取り出す才を持たない私は、いつもこの壁を越えられなかった。

 ――いや、私だけじゃない。多くの人間が、このジレンマを抱えていた――

 でも、この世界は違う。

 私が『カナン・ヘヴンリ』で生きる、この世界なら。

 頭のなかで描いたそのままを――『科学の法則をまったく無視した、現実ではありえない機体』を――顕現けんげんさせることができる。私も持っている――『想像』という能力で。

 ……もしかして、私、すごいんじゃないの……? もう、無能じゃない……なんでも作れちゃう……すごいよ!

 『想像』する能力に浮かれる『前』の私が、『今』の私の幼い頃の記憶を覗き込んだ――

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