第56話 春のひと時

 コロがおやつに夢中になっている間に、ナナさんとご主人は桜の木の周りで遊んでいた。

 珍しくナナさんが追いかけっこをしている。

「可愛いナナさんは何処かな?」

 ご主人がカメラを構え、ナナさんを捉えようとするが身軽に逃れる。

 ナナさんの動きはしなやかで美しかった。尻尾の動きまでもが見る者を惑わす魅力があった。

 ご主人がシャッターを切る時には大概がその尻尾しか無かった。

「もう、ナナさんの意地悪。もういいよ」

 そう言ってそっぽを向いたご主人だったが、「おりゃ」の掛け声と共にナナさんを捕まえようと手を伸ばす。

 ナナさんはご主人の手をかわすと、桜の木に登っていく。するすると器用に登ったナナさんの顔は桜の花に隠れてしまう。

 見ようによっては桜の花から黒い尻尾が生えているように見えた。

 イタズラな桜の妖精をご主人が撮る。

 不意にコロが気になって見てみると、真剣な表情でまだおやつに齧り付いていた。あまりの真剣さにご主人は笑って写真に収める。

「ナナさん。一旦コロの所に戻ろっか」

 ご主人に言われてコロを見たナナさんは返事をして降りてきた。

「コロは間抜けな顔で恥ずかしく無いのかしら」

 ナナさんとご主人が戻って来ても、コロはまだおやつを齧っていた。

「コロは花より団子なのね。コロらしいと言えばコロらしいけどね」

 ご主人に頭を撫でられながらも、コロはおやつに夢中だ。ただ少しだけ表情ご嬉しそうに変化してはいた。

「ナナさん、少しシートの上でゆっくりしようか」

 ご主人はそう言うと、コロを枕にして横になる。

 ナナさんはゆっくりと近づくと、ご主人の腕の中に潜り込む。

「今日はナナさん甘えん坊さんですね」

 ご主人はナナさんを撫でる。ナナさんもご主人も気持ち良さそうだ。

 余りの心地良さに、ナナさんとご主人は寝てしまう。


 ご主人が目を覚ましたのは、3時前だった。流石のコロもおやつを食べ終えて、暇そうにしていた。

「ご主人、おはよう」

「寝ちゃってた。おはよう、コロ」

 コロの頭を撫でる。ふと下を見るとナナさんが仰向けに寝ていた。

「ナナさんはまだ寝てるね。でも、そろそら帰ろうか」

 ご主人はナナさんを起こさないように片付けを始める。

 コロは伸びをして、身体を降る。その音と振動でナナさんが目覚める。

「おはよう、ナナさん。よく寝てたね」

 コロが寝ぼけ目のナナさんに声をかける。

「起きたの?じゃあ、帰ろうか」

 ご主人の言葉に大きな欠伸で返すと、ナナさんは立ち上がる。

 来た時同様にゆっくりと桜の花を眺めながら降りていく。

 風が心地よく、桜の香りに包まれる中1人と2匹は春を感じながら帰路に着いた。

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