第54話 桜の丘へ

 朝からご主人がキッチンで何かを作っている。楽しげな鼻歌が聞こえてくる中、コロとナナさんは顔を見合わせて戸惑っていた。

「どうしたんだろ?」

「さぁ、でもお出かけの準備はしていたみたいよ」

「何処かに行くのかな?」

 2匹の疑問にご主人が振り返って答える。

「今日は少し遠くまで散歩に行くよ。おしっことか今のうちにしといてね」

 それを聞いたコロの身体は嬉しくて喜びのダンスを繰り出す。

 近くにいたナナさんはコロの尻尾がぶつからない様に急いで距離をとり、ふんと鼻息荒く息を吐いた。

「何処行くのかな?」

 未だに尻尾を千切れるくらい振りながらコロがナナさんに尋ねる。

「少し遠くって事だから、今からテンション上げると帰りが辛くなるわよ」

 ナナさんはそう言うが、ナナさんの尻尾は楽しみでゆっくりとだが揺れていた。


 十分程でご主人含め全員が散歩の準備が完了していた。いつもと違うのはご主人の背中の大きなリュックだけ。

「さぁ、行くよ」

 ご主人と共に家を飛び出したコロとナナさんは、尻尾を高く上げて歩き出す。

「あれ?今日はいつもみたいに走らないの?」

 驚いた表情のご主人にコロは自慢げに胸を張って言う。

「今日はゆっくりお散歩するよ」

 ご主人は不思議そうにコロを見つめていた。

 少し進んでは立ち止まり匂いを嗅ぐ。コロとナナさんのペースに合わせているご主人は顔を上げて周りの景色を楽しんでいた。

 いつもは渡ることの無い川を渡り、さらに進んでいく。いつもとちがう道に興奮していたが、コロは出来るだけ心がけてゆっくりと歩いた。時々、わざと立ち止まって匂いをゆっくり嗅いで回った。

「あれはこの前レオが言っていた神社じゃない」

 ナナさんの視線の先には、小さな神社があった。神社は建物の影に隠れるようにして、ひっそりとあった。

「ここで集会してるんだ。日の当たる場所もあるから、気持ち良さそうだね」

 コロが言う通り、参道の横は日の当たる砂地で猫の集会には持ってこいの場所だった。

 神社を通り過ぎてさらに進むと小高い丘があった。その丘は桜の木が生えていて、桜色に染まっていた。

「さあ、着いたよ。今日はここでお昼食べて行こうね」

 ご主人の嬉しそうな声と桜の匂いにコロとナナさんはテンションが上がる。

「まだ、満開には時間があるね。でも凄く綺麗だね」

 桜の花はまだ五分咲き過ぎたところだった。

「この丘の上に広場があるから、そこまで行こうか」

 コロは桜の木の下まで行くと、鼻をつける程の近さで匂いを嗅ぐ。

 ナナさんは桜の木に前足を掛けて登ろうかとしていた。

 そんな2匹を見て、ご主人は笑う。

「さあ、一旦上まで行こうか」

 ご主人の声に従い、コロとナナさんは風に吹かれて散る桜の花を眺めながら歩いて行った。

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