第39話 新たな旅立ち

 庭の隅にコロとナナさんはいた。二匹が見つめる先には、チュー太と数匹のネズミがいる。いや、よく見るとモグリも紛れていた。

「チュー太は旅に出る事にしたんだね」

 コロの声は寂しさを含んでいる。

「はい、家族も納得してくれましたので、行ってきます」

 チュー太の顔は晴れやかだ。

「いいですね。新たな一歩。そんな日に立ち会えるなんて、光栄です」

 モグリはネズミ以上に忙しなく髭を動かしている。

「まずは何処に行くの?」

 ナナさんが優しく問いかける。あまり大きな声や動きをすると、チュー太以外のネズミがパニックを起こすので、細心の注意をはらっている。

「一応、川を上って山を目指そうかと思ってます」

「山ならヤタに会えるかもね」

「俺がどうしたって?」

 タイミングよくヤタの声が、塀の上から降って来る。

「あら、丁度良かったじゃない。旅の先輩として、チュー太に何かアドバイスをあげたら」

 ナナさんが塀の上に飛び移る。

「チュー太って、この前話してたネズミですかい?生きてたんですね」

 ヤタは視線をコロとナナさんへ向ける。コロは笑顔で、ナナさんは素知らぬ顔だ。

「まぁ、なんだ。まずネズミにとって危険な所と、安全な所を見つける事だ。意外と忘れがちなのは、水を飲むときに川の中にデカい魚がいる事だ。聞いた事ないか?ブラックバスとか言う魚。噂で聞いただけだが、大きい奴はネズミも食べるらしい。気をつけろよ」

 ヤタの言葉に、ネズミ達は不安に駆られ騒ぎ出す。

「大丈夫だよ。気を付ければ回避出来るから」

 コロが安心させる様にゆっくり語り掛ける。

「ところで、どれくらいの期間行かれるのですか?」

 モグリが上を向いて尋ねる。

「初心者なら、一週間だろ」

 ヤタが間髪入れずに言う。

 皆が一斉にチュー太を見つめる。

「えっ?おいらは、そのまま行けるところまで行くつもりだったけど、ダメですか?」

「ああ、それは危ないな。まずは四日進んで三日で戻って来るってのを、何度か繰り返して慣らしていかないと。一気には無理だ。住む場所を変えるのなら、話は変わって来るけど」

 ヤタは問いかける様にチュー太を見る。

「まぁ、なんだ。楽しみながら旅がしたいなら、余裕を持たせる事。そして、1番の余裕は、自分が帰る場所を作っておく事だ。いつでも帰れるってのは、本当に気休めになる。嫌になったら、帰ればいいだけだからな」

 ヤタは笑う。

「何度か帰りたいって、思った事あるんだ」

 コロがニヤリと笑う。

「そらそうさ。コロ坊がアホなことして泣いてないか、気になるからな」

 ヤタも軽口叩いて笑う。

 チュー太は真剣な表情で、周りのネズミを見つめると頷いた。

「分かりました。ヤタさんのアドバイス通り一週間で帰ってきます。じゃあ、行ってきます」

 晴れやかな表情のチュー太は、穴に飛び込むと迷いなく進んでいった。

 ネズミ達はチュー太に手を振り見送った。そして、コロ達に頭を下げると、穴の中へと姿を消していった。

「行っちゃったねー」

 しみじみとコロが呟く。

「でも、良いスタートを切れたんじゃないですか?」

 モグリが元気づける様に言う。

「いや、その通り。見送って貰えるのは幸せな事だ」

「まあ、チュー太が帰って来るのを楽しみにしてましょ。もしかしたら、面白い話を仕入れて来るかもね」

 ナナさんは伸びをしながら言う。

 庭の隅には、ほんのちょっとの寂しさが残った。

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