第32話 旅立ちの予感

 暖かな陽だまりの庭にナナさんとコロとチュー太がいる。チュー太はコロの頭の上に乗って、空を見つめていた。

 「おいらも、ヤタみたいに旅に出たいなあ」

「あら、出ればいいじゃない」

 ナナさんが事も無げに言う。

「僕もナナさんに賛成。でも、家族とかに反対されてるなら、難しいよねー」

 コロは頭の上のチュー太に意識を向ける。チュー太はまだ空を見上げている。

「反対されてはいないけど、家族と離れると考えると寂しいなぁ」

「そうね。家族と離れるのは寂しいと思うわ」

「旅のワクワクと、家族と離れる寂しさか。どっちを取るかだね」

 チュー太はコロの鼻の上に降りてくる。

「お二人は旅に出たいと思った事は無いですか?」

「僕はあるよ。ヤタの話とか聞いてると、どんな世界があるんだろうって思う。でも、一人では行きたくないな。ナナさんとご主人と見に行きたい」

 コロはニコニコと笑って言う。

「私は無いわね。のんびりと過ごせるこの環境を捨てるなんて、有り得ないわ」

ゆったりとしていながら、強い意志の籠った口調でナナさんは答えた。

「そうですか」

 チュー太の深い溜め息が漏れる。

「でも、私とコロとチュー太の状況は違うから、あんまり参考にならないと思うわ」

「どういう事です?」

「私達は人間社会に溶け込んでいるけど、チュー太は自然の中にいる。この立場の違いは大きいわ。犬ってね。家から居なくなると探されるのよ。それだけじゃ無い。野良犬だと思われると捕まえられて、主人を探して返されるの。人間にとって飼い主のいない犬が歩き回るのは嫌な事みたいよ」

「人間に追われるって事ですか?」

「それに近いわね。人間としては保護してるつもりなのよ。まあ、犬の場合は今更自然の中で生きるのは難しいから、保護になるんでしょうけどね」

 チュー太は髭を揺らして考えている。

「それに比べてネズミなら、自由に行きたいところに行ける」

「そうだねって言いたい所だけど、そうも言えないよね?人間の近くに行くと殺される可能性もあるから、自由って言っていいか難しいよね」

 コロが真面目な顔で言う。

「あとは気持ちしだいよ。自分がよく知る人達やテリトリーで安心して暮らすのか、思い切って旅に出てみるか」

 ナナさんに言われ、チュー太はまた空を見上げた。

 やがて、ぽつり呟く。

「おいら、家族と話してみます」

 チュー太は地面に降りたって、コロとナナさんに頭を下げると帰っていった。

「チュー太は旅にでるかな?」

「さあね。でも、そうなったら、見送ってあげないとね」

 しんみりとした空気が庭に漂った。

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