第15話 ナナさんに見えるもの

 時々、ナナさんはじっと何かを見つめている事がある。押入れの襖やドア、床、天井、はたまた何も無い虚空を見ている。そんな時、どんなにコロが声を掛けてもナナさんは反応してくれない。

 今も、リビングのソファからカーテンをじーっと見つめている。 

「ナナさん」

 コロが呼びかけるが、やっぱり無反応。

「ナナさん。ねえ、お庭行かない?」

 ソファのナナさんに近寄る。でも、無反応。

「おーい。ナナさん。ご主人におやつ貰いに行こう」

 これも無反応。コロは慎重にゆっくりと鼻先でナナさんを突く。これまた無反応。今度は前足でナナさんの身体を揺する。これはさすがに無反応では無かったが、動いたのは尻尾だけだった。ナナさんの尻尾は苛ついているのか、蛇のように動いている。

 どうしたら、ナナさんが反応するのか?それが気になり出したコロはナナさんの頭に前足を置いてみる。が、ナナさんはまだ見つめている。

 次はカーテンの前に行ってみる。ナナさんを見ると目が合わない。どうやら、コロの目線より上の方を見ているらしい。よし、それならとコロは後ろ足で立ち上がった。

「見て、見て。僕、ナナさんと同じ様に後ろ足だけで立てる様になったよ」

 コロはその場で回ってみせる。一周してナナさんを見ると、ナナさんの顔が凄い形相をしていて、睨め付けていた。

 コロは驚いて座ってしまう。すると、ナナさんが睨みつけているのは、コロの上。

 コロは上を見てみる。でも、何も無い。不思議に思っていると、ナナさんが威嚇し始める。ナナさんの見た事もない怒りにコロは怖くなる。

「出て行け」

 そう言い捨てると、ナナさんはいつものナナさんに戻って、のんびりと欠伸をしている。

「な、何だったの?今の」

「冗談よ」

 ナナさんはさらりと流す。

「ええ、嘘だ。絶対に嘘。本当は何か見えてるでしょ」

 コロは食い下がる。

「本当に知りたいの?知って後悔しない?」

 ナナさんの言葉にコロはたじろぐ。

「でも、ナナさんの見てるものを見れなくても、共有出来ないことの方が嫌だな」

 コロがそう言うと、ナナさんは「はいはい」と曖昧に頷きながらため息を吐く。

「さっきは、カーテンの所に変なおじさんが居たのよ。で、コロが立ち上がってる所に近づこうとしたから、追い返したの」

「そのおじさんって幽霊?」

「さぁね。幽霊だろうが、そうじゃなかろうが、不法侵入には代わりないから。迷惑なおじさんよ」

 ナナさんは鼻を鳴らす。

「今度からそう言う変なの見つけたら、僕に教えて」

「なんで?」

「僕が捕まえるから」

 得意満面なコロ。ナナさんは呆れる。

「捕まえてどうするの?」

「一緒に遊ぶんだよ」

 ナナさんの頭の中は、コロがおじさんを追いかけ回す所を想像する。そう思うと、コロは何かの役に立つ気がしてきた。

「だったら、今日はご主人と一緒に寝なさい。多分あのおじさんまた来るから」

「本当?今夜、おじさんを捕まえるぞ」



 深夜、コロとナナさんはご主人のお布団に入っていた。

「コロ、来たわよ」

 ナナさんがコロの頭を叩く。ハッと目を覚ましたコロは布団から飛び出した。

「おじさん、僕と遊ぼう」

 コロは暗い部屋の中を走り回る。

 ナナさんが見たのは、飛び出して来たコロに驚いて、恐怖の顔で消えていくおじさんの姿だった。

「居なくなったわよ」

「えー」

 そう言われて、コロは淋しそうに布団に潜り込んだ。

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