第6話 映画

 一人と二匹はソファに並んで座り映画を見ていた。ご主人は映画に集中しながらも、器用にコロとナナさんを撫でてくれる。二匹は寛ぎつつ画面の中の人間を目で追っていた。画面の中では二人の男女が楽しそうに話し合ってている。

「キスするのかな?」

「まだ、しないわよ。お話は始まったばかりよ」

 コロの疑問にナナさんが答える。

「今回はハッピーエンドで終わるといいなー」

「あら、どうして?」

「だって、悲しいお話だとご主人泣いちゃうもん」

 二匹とも画面に釘付けのご主人を見る。ご主人は映画やドラマを見るとよく泣くのだ。

 コロが初めて一緒に映画を見た時も泣いて、焦ったコロがご主人の顔を舐め回すという事件があった。まあ、それからも映画を見てご主人が泣く度に、コロは心配してご主人を舐め回すのが恒例となっていた。

 ナナさんは黙って画面へと目を戻した。


 半分眠り始めていたコロは、画面の喧騒で目を覚ます。

「何だか嫌な感じ」

 コロの目が不安になっていく。そして、ご主人の目は、涙に濡れ始めていた。

「仕方ないわね」

 ナナさんはそう言うと、ご主人の膝の上に乗ると、身体を擦り寄せご主人を慰める。

「ナナさ〜ん」

 ご主人はナナさんを抱きしめると、身体を左右に大きく動かす。

「ちょ、ちょっと。酔う。酔っちゃう」

 ナナさんはご主人にされるがまま。危うく毛玉を吐きそうになったナナさんを助けたのはコロだった。

「ご主人、ナナさんに乱暴は駄目だよ」

 身体を起こして、ご主人の肩に前脚をかける。

「ごめんね、ナナさん。ちょっと興奮しちゃった」

 ご主人は毛繕いしながら気持ちを落ち着けているナナさんに謝る。

 今回はさすがに思うところがあったのかナナさんは全くご主人を見なかった。

「ご主人、やり過ぎだよ」

 コロが戦々恐々と呟いた。


 映画はクライマックス。画面の中の男女が抱き合ってキスをしている。

「キスだ。これは好きだよって意味だね。ご主人が僕にしてくれるから、知ってるよ」

 ニコニコと笑いながらコロが言う。ソファの反対端にいるナナさんは気のない返事だ。

 ハッピーエンドで良かったなとご主人を見れば、泣いているではないか。焦ったコロは急いでご主人に飛びかかった。

「ちょっと、コロ。落ち着きなさい」

「いいわよ、コロ。顔を舐めまくってやりなさい」

 ご主人とナナさんがほとんど同じタイミングで言う。興奮したコロには、たぶんどちらの声も聞こえていなかったはずだ。


 数分経つと、一人と一匹は荒い息を吐きながら、ソファに座っていた。もう、ご主人は泣いてはいなかった。

「全くコロは悪戯ばかりするんだから。折角、映画の余韻に浸ってたのに」

 ご主人は一度ため息を吐くと、笑ってコロを撫でる。コロは不思議そうにご主人を見ていた。

「ねぇ、ナナさん。ご主人はどうして今回も泣いたの?」

「それは泣きたいからよ」

ナナさんの答えに目を白黒させる。

「もっと言うなら、泣きたいから映画を見るの。」

「わざわざ泣くために見るの?」

「そうよ。人間は泣きたい時に泣けないから、泣く時間を作るのよ」

「それが映画?」

 ナナさんはこくりと頷く。

「人間って大変なんだ」

 そう言うと、コロは電源が切れた黒い画面を不思議そうに眺めていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る