第8話男パート:独身貴族の話


 金曜日の退勤時間前に青柳清太は焦っていた。



「うわぁ、間に合わない。これじゃ雫が怒っちゃうよ!!」


 そんな彼の隣にいる同僚は涼しい顔をして見ている。



「青柳って大変だよなぁ~、もうじき式だっけ?」


「え? あ、ああそうなんだ。だから今日は仕事終わったら彼女と式場の予約に行く事になっていたんだ」


 思いの外夕方になってから仕事が入ってきてしまい、このままではサービス残業となってしまいそうだった。



「女一人に振り回される何て俺には考えられないけどなぁ~」



 隣の同僚はそう言って自分の荷物を片付け始める。

 彼は青柳清太より五つほど年上ではあるが、仕事もそこそこにこなしているはずなのに役職につきたがらない。


「でも、雫も今日の事楽しみにしているから頑張らなきゃ……」


「そうか、まあ頑張れよ青柳。俺はこれから合コンだ」


 隣の同僚がそう言うのを聞いて青柳清太は顔を上げる。



「あれ? このあいだ新しい彼女が出来たって言ってなかったっけ?」


「ああ、あれとは別れた。それに遊ぶ女なんて常に四、五人はキープしてるだろ普通は?」


「いやいやいや、それは無いよ!!」



 青柳清太はそう言って思い切り顔の前で手を振る。

 しかし隣の同僚は笑いながら言う。



「せっかくの独身なんだぜ? 遊ばなくてどうする?? まあ俺は一生結婚なんてするつもりないからな。自分で稼いだ金を自分の好きなように使うんだ、大いに人生を楽しませてもらうよ」



 そう言ってジャケットを手にかけ退勤時間のチャイムと同時に席を立つ。



「ま、青柳は青柳の選んだ幸せを謳歌するが良いさ、俺には到底理解できないけどな!」


「は、はぁ…… 独身貴族ってやつなのかな?」


「そう、それよ、それっ! じゃ、遅れないように頑張れや~」



 そう言って同僚は手を振りながら退勤をしてゆく。

 そんな彼の背中を見ながら青柳清太は思い出したかのように慌てて手元の書類を片付け始める。



 エレベーターの所まで行って同僚の彼はぽつりとつぶやく。



「ま、一人の女を本気で好きになれるのは幸せさ…… 俺にはもう手の届かない思いだからな」






 そう言って少しさびしそうに彼はエレベータ乗り込んで行くのであった。



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