第7話女パート:母の話


「もう式場は決まったの?」


「うん、だいたいね。でもちょっとこのプランだと厳しいかなって思ったのだけど思い切ってここに決めちゃった」



 雫はそう言って湯呑を置く。


「でも本当に良かった。雫をもらってくれる人がいて……」


「何それ? 私ってそんなに売れ残りそうなのお母さん??」


 雫の母はそう言ってすまなさそうに湯呑を置く。


「だって、母子家庭の娘なんて先方さんに嫌われるんじゃないかって心配で……」


「あの人の親御さんはそんなこと気にしないって言ってたじゃない! 結納でも別に変な顔されなかったし……」


「でもねぇ、うちみたいなところとご縁を持ってくれるなんてね……」


 そう言ってまたまたすまなさそうに湯呑に目を落とす。



「大丈夫だって、私たちはちゃんと幸せな家庭を築くってば!」



 そう言う雫に母は一瞬戸惑ってから言う。



「……一応、お父さんには連絡はしておいたんだけどね」





「やめて! あんな人お父さんじゃない!! 私たちを捨てて他の人と結婚するなんて!!」




 南雫の両親は雫が小学生の頃に離婚していた。

 なので雫は雫になった。


 その後雫は母と二人で母の実家に戻った。


 既に祖父母は無くなってしまったが、祖父母が残してくれたこの家に住みながら何とか地元の大学にまで通えていた。


 そんな雫はそれでも父のこと以外は元気に真っ直ぐに育ってくれた。




「清太は、こんな私でも受け入れてくれた。そして清太は私の家の事情を知っても私と一緒になってくれるって言ってくれた。だから私は幸せなの。あんな私たちの事なんか気にもしないような男の話はしないで!!」




「雫…… 今まで黙っていたけど、実はあなたの大学とかの教育費はあの人が援助していたのよ」


「なっ! だってお母さんずっと苦労して働いていたじゃない!! 高校や大学だってお母さんが頑張って!!」



 驚きと怒りが入り混じった感情で雫はそう言う。

 しかし雫の母はその瞬間だけ優しい顔をして言う。



「それでもあの人はあなただけは愛してくれていたのよ…… 確かにお母さんの元を離れてってしまった。でもそれは私たちの間でちゃんと話し合っての事よ。あの人も私もちゃんと納得して分かれたのよ…… 雫、あなたには辛い思いをさせたけどね……」


「そんな…… でもだって、あの人は、あの人は……」


   

 雫はもの凄くやり切れない気持ちでいっぱいだった。

 自分たちを裏切ってきた男が、苦労させられた母が……


 公立、国立と雫が進んだ学校はそれでも私立に比べれば学費は安い。

 しかし母子家庭の母に雫を通わせるにはやはり経済的に厳しい。

 それなのに母はずっと何も言わず雫を学校へと通わせてくれた。



「あの人に連絡した時に電話の向こうでとても喜んでいたのよ……」



「っ!」



 小さな頃の雫はお父さんっ子だった。

 しかし仕事が忙しくなり、母との喧嘩が毎日になって来た頃にある日突然父は消えた。

 そして離婚したことを理解するまで遠くへ出張していたとずっと聞かされた。

 しかしそれが納得できなくて母の手帳を盗み見て父の居場所を中学の頃突きとめてそこへ行った雫には知らない女とその子供と楽しそうにする父の姿があった。


 それ以来だ。

 雫は父を恨むようになった。


 しかしそんな父が今まで自分の為に学費を払っていた?


 そんな事実は到底受け入れられない。



「でもあの男は私たちを捨てた! だから!!」



「うん、そうだね…… ごめんね雫…… でもね、他人同士が家族になるって言うのは分かれる事は出来るの。でも血の繋がりが有る者はそうはいかないものなのよ。だから、せめてあなたは無理をしないで。清太さんはとてもいい人よ、でも血のつながりがある訳じゃない。だから焦らずゆっくりでいいから無理をせずにその傍らに立ってあげて。そして幸せになって欲しいの……」



 そう言う母の顔はとても穏やかだった。

 雫はそんな母を見てそれでも言う。



「それは、分かってるわよ…… でもあの男は許せない、絶対に呼ばないでよね!!」


「雫がそうしたいならそうするわ……」




 母はそれっきり黙ってしまった。


 雫はいてもたってもいられずに席を立ち自分の部屋に戻ってしまうのだった。



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