第十二話 身体と心の繋がり

 三月二十七日 日曜日


「なるほど……」

 夕香ゆうかの部屋で、ほんの一瞬だけたかと繋がったあの夜のできごとを、涼子りょうこは告白した。それを聞いていた夕香、香奈かな晶子しょうこは一様に無言だったが、各々が思っていることを口に出さないようにしているような気配が感じられた。

 そしてその無言の流れを夕香が断ち切り、口を開いた。

「他人事みたいに聞こえたらごめん。でも、涼子は頑張ったね」

 そう、夕香は言って笑顔になった。

「だね。それはあたしも思う」

 晶子も夕香に同意して頷いくと、追って香奈もうんうんと頷いた。

「そう、かな……」

「そ。良く耐えた」

 耐えきってはいない。耐え難かったからああなってしまった。少なくとも涼子の胸中はそうだった。

「でも……」

「結局ダメだった?」

「……」

 晶子が優しく言ってくれるが、結果は変わらない。貴は確かに言っていた。今すぐできなければもう終わりなのか、と。そんなことはない、と貴は言ってくれている。それでも、駄目だった結果に対して貴がそう思ってくれてる。駄目だった涼子に対して、貴は耐えている。だから、少しも前に進めた感じがしない。

「そこはさ、ある程度貴くんも判ってたんじゃないかな」

「拒絶を?」

「そうまでは言わないけど、何某かそうした反応がある、っていうことは」

「……」

 つまりは、今回もまた駄目かもしれない、という予想を。最後までできはしないだろうという諦めを。貴は持っていたのかもしれない。いや、きっと心のどこかでは、確実にそう思っていたはずだ。

「あんたが悪いなんて言ってないし、思ってもいないわよ。誰もね」

 とん、と涼子の肩で夕香の手が跳ねる。

 判っている。それだって貴の思いやりの一つだ。気遣いの一つだ。だからこそ、それに応えることができない涼子の心が、痛い。

「いい方に考えよ、涼子。だって進めたじゃない」

 香奈もそう言って笑顔になる。けれど、無理に笑っていることは明白だ。それでも、少しでも前を向けるように、涼子に笑いかけてくれる。

「そうかな……」

「そうだよ。その経験があったら、次はもう少し進めるかもしれないし。経験って大事なんだよ、凄く」

 晶子も言って笑う。どこまでも優しい友人と姉に、またしても涼子は励まされるだけだ。いや、今はまだ、今だけは甘えさせてもらっても良い時だ。だから、涼子は、夕香に、香奈に、晶子に、頷いて、懸命に笑顔を作った。

「ありがと、みんな」

 じわり、と涙が出てきてしまう。しかし涼子は必死にそれを堪える。泣くだけでは駄目だ。少しでも、ほんの僅かでも、強くならなければいけない。

「……でも何か、ちょっと変っていうか、あれだね」

「香奈?」

 香奈は訝しげな表情で少しだけ首を傾けた。

「あ、な、なんでもな……」

 香奈が何を言おうとしているのかは判らないが、ぽんと赤面したところを見ると、今の話題とは少し違うことを考えているのかもしれなかった。

「香ぁ奈ぁ?」

 夕香がじっとりと香奈を睨み付ける。

「うぅ……」

 ふぅ、と嘆息して香奈は両手をテーブルにつけた。

「あ、あのね、私は女だからほんとは良く判ってないけどでも……」

「でも?」

 晶子が促す。

「その、する、って、涼子と貴にとっては、今はまだ、凄く大変なことだし、二人の間では凄く重要なことでしょ?」

「……」

 香奈が涼子を見たので、涼子はこくりと頷いた。

「まぁ、そうよね」

「それで、その……」

 夕香の言葉の後、香奈は話を続けようとしたところで晶子が手をポンと打った。

「あぁ!なるほど」

「お姉ちゃん?」

 何がなるほどなのか、涼子にはまだ判らない。

「よく貴くんの方が準備できてた、ってことね!」

 準備、と心の中で反芻すると、夕香も頷いた。

「あー、膨張と硬化ね」

「オブラート……」

 夕香の言葉に香奈が応え、下を向く。耳まで赤くなってしまって少し気の毒な気もするが、流石の涼子も香奈の言いたいことを理解して、顔に熱が集まるのを自覚した。

「包んでるじゃない」

 そう言った晶子の顔も少し赤らんでいる。

「……全然包まれてないよぉ!」

 香奈が晶子に言う。言いたいことは判るが、赤面したくなる理由も良く判る。きっと聞いているだけの自分も赤面しているはずだ。涼子は手を頬に当てた。そかしその直後に晶子が更にとんでもないことを言いだした。

「涼子のテクニックがそれくらい、実は凄かった、とか……」

 晶子の言葉に耳まで熱くなる。

「て、ててて……てくてく……っ」

 声が震えてまともに喋れない。何を言い出すのかと思えば、だ。それにまだ涼子は触れたことがない。触れなくても、貴がそうした状態になるということは、涼子に対して抱きたいという気持ちがあるからなのだろう。そう思うとまだ希望はあるように思える。

「あら、テクならあたしだって負けないわよ。ホンキ出せば諒の一人や二人ものの一分で……」

「そーいう話じゃないでしょ夕香!」

 涼子につられてか、香奈も顔を先ほどよりも赤くして夕香の話を止めた。学生時代にもこういった猥談はしたし、嫌いではなかったが、こういう時は決まって夕香が張り切っている。今も昔もそれは変わらない。

「貴ちゃんだって初めてだし、そりゃあ刺激に弱いんじゃない?」

「もー、そういうことじゃないってばぁ」

「つまるところ、それで変だなぁってことなのね」

 晶子がまとめる。確かに、そういう状況においても身体の変化があるかどうかは女である涼子達には判らないことだ。女に、いや涼子自身に置き換えてみれば、涼子もまた触れられなくても、キスだけでもそうした状態になってしまう。

「まぁこんなとこで、女四人集まったって貴ちゃんの気持ちが判る訳じゃないんだけどねぇ」

 また夕香が溜息をつく。その溜息が終わると同時に香奈がぽん、と手を打ち合わせた。

「あ、そーだお姉ちゃん!涼子のごはんのこと!」

「あぁ、それそれ」

「何それ」

 香奈が言って、晶子も手を打つ。そこまで話が突飛するとは思わなかった涼子は、心拍数が一気に跳ね上がった左胸を抑えた。

「最近涼子、ちゃんと夕飯食べてないのよ」

「た、食べてるもん」

 ばれている、と判ってもつい嘘をついてしまっていた。どの伝で話が漏れたのかは判らないが、どちらにしろ完全に隠せることではなかったし、黙っているだけで隠し通そうという気は涼子にはなかった。いや、そこまでの余裕がなかったのかもしれない。それに知ろうと思えばすぐに知ることができるはずだ。みんなが溜まり場のように利用しているかなみの店へ行けば涼子が食事を摂っていないことはすぐに判るだろうし、晶子に聞けば家で食事を摂っていないことはすぐに判る。

「昼は少し食べてるみたいだけどね、私が言ってるのは夕飯のことだよ、涼子」

 少しきつい晶子の言い方に涼子はしりごみした。嘘をついてしまったことや、心配をかけてしまったことは事実なのだ。

「……食欲ないんだ、最近。無理にでも食べなくちゃって思うんだけど、無理すると気持ち悪くなっちゃって」

 それが先日、貴とことに及んだときに嘔吐してしまったことにも繋がっていた。

「言われてみれば少し痩せたわね、あんた……」

 夕香の言葉で一斉に全員が涼子を見る。涼子は視線を落とすことしかできなかった。不用意だった。心配をかけたくないのは山々だったのだ。どうにもならないことならば先に話しておくか、隠し通すくらいの意地を通さなければならなかった。今の涼子は何もかもが巧くできていない。

「やっぱり貴のこと?」

「うん……。貴のことっていうよりも、私たち二人のこと、だけどね」

「判らないでもないけど……」

 香奈の言葉に答えると、晶子が腕を組んで頷いた。確かに一度は、ほんの一瞬だが貴を受け入れた。だけれどその直後に嘔吐してしまったのだ。最初に貴の身体を突き離した時と何が違うというのか。

 貴を実感してしまってから嘔吐したことは、考えようによってはもっと酷いことなのかもしれない。

 そして、気持ち良かった、と言ってくれた貴のあの言葉が涼子を思うばかりの偽りの言葉だとしたら。そう思うと食事も喉を通らない。目に見えて体力が失われてゆくのを涼子は実感していた。

「……涼子、それやばい」

 夕香がいつになく真剣な面持ちで呟いた。そのことに関しては誰も、何も言わなかったが、恐らくはみんなが同じ気持ちなのだろう。涼子ですら自身が危ういことは判っている。

「あ、あのさ、私思うんだけど……」

 香奈がおずおずと口を開く。何か言い難いことなのだろうか。視線は落ちている。

「私、貴と涼子には仲取り持ってもらったりして凄く感謝してるけど……。だけど涼子、ちょっとだけ貴と離れてみた方がいい、かも……」

「ちょっと香奈ちゃん!」

 香奈の言葉に絶句した涼子が言葉を探しているうちに晶子が声を高くした。

「だってお姉ちゃん、このままじゃ涼子、壊れちゃうよ……。おかしいよこんなの……。半年前にやっと二人が付き合って、みんな凄く喜んで、絶対幸せになんなくちゃいけないのに、変だよこんなの」

(離れる?貴と?)

 その方がおかしい。

 貴は涼子を好きでいてくれる。そして涼子も貴を愛している。涼子には貴しかいないのだ。何故愛して愛されている二人が離れなければならないのか、涼子には判らない。

 他でもない香奈の言葉だ。簡単に思いついたことを口走った訳ではないことは、判る。それでも香奈の言葉とはいえ、耳を塞ぎたくなる。

「だって貴君は真剣に涼子のこと想ってるんだよ!」

「私だって貴が悪いなんて少しも思ってない!貴が凄く頑張ってることだって判ってるよ!余裕なんかないくせに、涼子と二人で凄い苦しんでるのに、私と忠の仲取り持ってくれたりしたんだから。半年前だって涼子のこと必死に支えてくれてたのは貴なんだって判ってる!高校の頃だって根暗な私をいつも笑わせてくれて、貴は凄く凄く優しい人なんだって、そんなのずっと、ずっと昔から知ってるよ!」

「それじゃ!」

 珍しく香奈が気色ばんだ。自身や忠のことですらこれほど怒らなかった香奈が。晶子も香奈に呼応するかのように声を高くした。聞きたくもない言葉を発してしまった香奈だが、香奈がいかに貴を信頼しているかは痛いほどに良く判る。

「それじゃ、そんなに優しい貴がいて、涼子は真剣に貴のこと想ってるのに、何で、なんでこんなに涼子も貴も辛い思いしなくちゃいけないの?」

 だんだんと声の勢いが落ちて、そして涙声になった。

「……それは私のせいだよ、香奈」

 香奈は香奈で本当に涼子の身を案じて、貴を信頼して言ってくれていることが判る。涼子は香奈の肩に手を置いて微笑んだ。きっと上手く笑顔になれていないだろうけれど。

「涼子……」

「あたしは香奈の言うこと、少しだけど判る気がする」

 香奈と晶子の口論に口を挟まなかった夕香が呟いた。

「夕香」

 どうしたら良いのか判らないまま涼子は夕香の名を呼ぶ。

「涼子、ちょっときつい言い方するけどね、別れろって言ってる訳じゃないの。ま、それとは別に涼子のそれ、私が悪いって、逃げてるみたいに聞こえるのよ」

「逃げてる?」

「逃げてないって言える?」

 問い詰められ、そして見抜かれた。落としどころはどうあれ、結局のところ、貴を傷付けてしまうよりは、涼子が傷ついている方が、気持ち的には幾分かは楽だから。

「大本のね、涼子が言う、自分に油断があったっていうのは百歩譲ったとしてもね、それからあんたずっと頑張ってきたじゃない。貴ちゃんのことずっと気遣って、あんた自身傷付いて、それでも踏ん張ってきたんじゃない」

「……」

 夕香の言うことは尤もだとは思う。確かに傷付いて疲れて、貴に全てを委ねたいと思い続けてきた。それでも自分の行動を、気持ちを、舞川まいかわ涼子という存在を自ら正当化することはできなかった。貴を苦しめ続けているのは紛れもない事実なのだから。

「さっきもちょっと言ったけど、あたしはね、多分あたしだけじゃないけど、晶子も香奈も、貴ちゃんだってね、みんな同じなんだよ。あんたが悪いなんてこれっぽっちも思ってない。あんたが自分一人で私が悪いって言い続けてるだけ」

「多分、それはちょっと、あると思う……」

 夕香の言葉に香奈も同意する。そして厳しい表情のまま夕香は続けた。

「涼子がね、私が悪いって思うから貴が苦しむってことは、あながち的外れって訳じゃないと思うよ。あたしは」

「……」

「でもね……」

 何も言えずにいた涼子の変わりに晶子が口を開く。

「いいよ、じゃあ涼子は悪くないとしてもね。いざベッドに入って、自分が抱かれることを望んで、そう言ったのに、その相手を、本気で好きな相手を突き離したり、吐き気がしたり、そんなになっちゃってもみんな平気な顔してあたしは悪くない、って言い切れる?」

 全員が一様に押し黙った。

 みんな涼子や貴を思ってくれて言っていることなのだ。辻褄が合わないことでもそれが相反するということになる訳ではない。だからこそ、誰が何を言っても、どこかに当てはまる。

「貴君はね、あたし達の相手とは違うの。欲しくなったらいつでも抱けるって訳じゃないのよ。それにもうずっと耐えてきてるの。そのことで男が我慢きかないことくらいあたし達は良く知ってるはずでしょ。助平だのいやらしい気持ちだのじゃなくて、男は出さなきゃいけない生き物なんだから」

 淡々と続ける晶子の言葉の温度は低い。

「ありがと、お姉ちゃん。でもみんなムキになりすぎだよ。……立場がちょっと違うだけでみんな私たちの心配してくれてるのは一緒なんだから」

 苦笑して涼子は言う。

 みんなが真剣に自分達のことを考えてくれているのが嬉しかった。そのために喧嘩などして欲しくはない。晶子の真面目すぎる態度に苦笑したのは確かだが、みんなの気持ちが嬉しくて漏れた笑みでもあることを涼子は自覚していた。

「涼子、さっきの話、私だって別れろって言ったんじゃないよ。いつも一緒にいて、ギチギチに色んなこと考えて角が立っちゃうのを抑えて、っていうのを続けるよりは、少しだけ離れてみてもいいんじゃないかなって思ったの。私はね、涼子も貴ももっと、今以上に、もっともっとお互いのこと欲しがんなくちゃ駄目なんだと思う。お姉ちゃんさ、やっぱり男がどのくらい女を欲しがってるかも、私達は良く知ってる、よ、ね?」

 自分で言っていることが恥ずかくなったのだろう。香奈が再び赤面しながら言う。

「あらやだ、香奈ちゃんがそんなマセたこと言うなんてお姉ちゃんどうしましょ!」

 雰囲気を和らげるように晶子は自分の頬に手を当てて、おどけたように言った。

「ち、ちがうよ……。や、えと、ちがくないけど、貴がもっと本気で、ちゃんとした意味で涼子のこと欲しい、って思ったらきっとどんな手だって尽くすと思うの。涼子を傷つけちゃうかもしれない。それでも涼子を目一杯想って、お互いが幸せになれる何かを、きっと、絶対に探し出すと思うの」

 どんな手だって尽くす。

 香奈の言葉を涼子は心の中で反芻した。きっと今までも貴はそうしてきている。様々な手を考えて、涼子に接してきている。涼子が傷つかないように。貴自身も傷つかないように。

 手探りで、二人にとって一番良い何かを。

「確かにそれは一理あるかもね……。貴ちゃんて、なんでこうあたしらの期待を高める存在なんだろうね」

「それが貴君、なんじゃないかな」

 判らなくはない。

 けれどそれは傲慢とも呼べる期待だ。貴は確かにいつでも大切な仲間には優しい。だからこそ期待をしてしまう。

 なまじっか涼子という存在をずっと支え続けてきてしまったから。そんな状態にも関わらず香奈と忠の仲を取り持ったりもしたから。

 その実績がみんなの期待を膨らませる。

 涼子自身の期待も膨らませる。

 それでも水沢貴之みずさわたかゆきという個は、ただの人間だ。涼子はそれを良く知っている。苦しい思いをおくびにも出さず、笑顔でいられる男だ。けれどその裏では全てを背負い込んで、自分独りで解決しようとして、自分の心がどんなにめちゃくちゃになってしまっても、大切な誰かを気遣わずにはいられない。

 そんな男だからこそ、涼子も惹かれた。

「涼子が諦めたら諒なんか捨てて貴ちゃんに乗り換えちゃおっかな」

「だ、だめ」

 冗談めかして晶子と同じことを言った夕香にそう答えはしたが、それでも、と涼子は思う。

 ただの人間。ただの男であればこそ、水沢貴之はただ普通に愛する人を求めたい気持ちも、押さえつけなければならないのだと。

「ま、でも相手を欲しがるのは男ばっかりじゃないからねぇ、香奈?」

「な、なんで私に振るのよー」

 夕香が香奈を責め立てるように言葉を続ける。往々にしてこういうときに鴨になるのは香奈か涼子なのだ。

「えー、だって香奈が言ったんじゃん。お互いを欲しがんなくちゃだめ、って。香奈だって忠に抱かれたいって思ったことあるでしょ?」

「……」

「な、なんで私見るの、香奈……」

 同じ鴨同士、とでも言いたげに香奈が涼子を見つめる。か、っと顔に熱が集まる。

 確かに貴に抱かれたいと思ってはいるが、涼子と香奈では決定的に違う。香奈は愛する人と身体を重ねる悦びを知っている。

 涼子は身体的な快楽を、ほんの少し知っただけだ。涼子が貴に抱かれたいと願う一番の理由は、早く貴のものになりたい、穢れた自身を浄化したいという気持ちの顕れだ。

 貴に触れられた時の快感は二の次だと言ってしまえばそれは嘘になるが、貴の女だという確たるものが欲しかった。

 二人が愛し合っているからこそ繋がっている、という気持ちを共有したかった。そして、だからこそ、思うところがある。

「好きな人を抱きたい、とか、好きな人に抱かれたい、なんてそんなの当たり前の気持ちだよね」

 思い切って涼子は言った。できる、できないは別として。好きな人、愛する人がいれば当たり前の気持ちだ。夕香も晶子も香奈も、みんなそう思っている。涼子の周りだけかもしれない。当たり前の気持ちを当たり前だと思えない人もたくさんいるのだ。だから世の中にはセックスレスの恋人や夫婦もいる。けれど、少なくとも涼子の周り、涼子の大切な親友達はみんな同じ気持ちなのだろう。それだけでも安心はできた。

「私、少しだけ香奈の言う通りにしてみようかな……」

「涼子……」

 貴も言っていた。急ぎ過ぎだと。そしてやつれてきてしまった原因が貴との関係にあるのならば、涼子は一つの結論を導き出すしかないのだ。

(おれなんて泣かせない、って決めたのに、いつもおまえのこと独りで泣かせてるんだぜ)

 そう貴は言った。涼子を泣かす全てから守りたいのだ、と。

「私ね、貴に言われたの。急ぎ過ぎだって。だから……」

(私も、同じなんだね)

 香奈や夕香や晶子が過剰な期待を貴に寄せてしまうように。

 涼子自身が貴を酷く傷つけている。涼子を泣かせる全てから、何一つ貴自身が守れない、と言ってしまうのは。思ってしまうのは、全て涼子が原因だからだ。貴はいつも一人で悩んで、誰も知らないところで崩れ落ちて、そして独りで立ち上がってしまう。

 正しいのか、間違っているのかも判らないまま、壊れそうな、ひび割れた心を少しずつ削って行きながら。

「……判った。まぁ涼子達のことだもんね。私達にできることなんて時々こうして話聞くくらいしかないけどさ、また何かあったらちゃんと話すんだよ、涼子」

 夕香が立ち上がると、腰に手を当てて、嘆息しながら言った。どこか苦笑にも見えるが、その笑顔には温度が感じられた。

「うん、ありがとね、みんな。いつかうんざりするくらいノロケ話、するから」

 何一つ、涼子の存在は貴を支える力になどなってはいないのだ。これが現実だ。どうしようなく救い難い、現実なのだ。

「あら、ノロケなら負けないわよ」

「私だって」

 晶子と香奈が笑顔になって言った。これだけ涼子を、貴を、二人を思ってくれている親友達に、きちんと報いようと、涼子は決心した。

 そばにいて、支えることはおろか、傷つけてしまうだけなのならば。

 今は、どんな手をを尽くしてでも、貴を守りたい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る