第2話『いっそ、昔の宮の森に通う?』
巡(めぐり) 型落ち魔法少女の通学日記
002『いっそ、昔の宮之森に通う?』
空は晴れても心は闇だぁ……
古いお芝居の台詞だったかが浮かんでくる。
桜はまだまだだけど、ゾロゾロと流れにのって出てきた講堂の外、植え込みの梅は嫌味なくらいに紅白の花をつけてるし、空は益々晴れてるし。
グシャ
下足を入れていたレジ袋が風にあおられて飛んできて、不可抗力で踏んでしまう。
「失礼します」
場内係りの女生徒さんが、そのレジ袋を拾ってくれる。他にも二三人の女生徒さん、憧れの旧制服姿で甲斐甲斐しく合格者と保護者の案内やら下足袋の回収やら。後ろのドアからは男子の旧制服たちが入って行って説明会の後始末にかかっている。
あら?
見かけと好奇心だけはわたし以上に若いお祖母ちゃんが人だかりに気付く。
合格者と保護者が「へえ」とか「ほー」とか言ってる。物見高いお祖母ちゃんの後に着いていくと、トルソーに着せた二着の新制服。脇には業者のオバサン二人が侍ってニコニコ説明している。
「合格おめでとうございます。本日より採寸とお申込みを承っておりま~す(^▽^)」
「本日と次の合格者登校日に承ります、直接店舗の方にお越しいただいてもけっこうですよ(^▽^)」
集まっている半分以上は女子と保護者。
さっそく採寸してもらったり、注文したりしてる。
「どうする?」
「帰る」
「そうね、次でも間に合うしね」
「…………」
電車を降りて家まで歩く。
「待ち時間考えたら自転車もありね」
電車は二駅、二駅分合わせても二キロも無い。自転車どころか歩いて通ってもいい距離だよ。
「この遠回りが無きゃねえ……」
「うん……」
表通りと家の前の通りの間には寿川がある。橋の位置が悪いので、グルッと百メートルほど遠回りしないと表通りには出られない。制服の事が無ければ、半分は散歩気分で、この道で通学できたと思う。
小学校も中学校も、川の反対側を三分ほどのところだったから、この道のりは楽しみでもあったんだよ。
それが、もう疎ましい。
「どうしても、イヤ?」
お茶を淹れながらお祖母ちゃん。
家に帰ったから、本来の年相応の姿に戻って、わたしの前に座る。
「でも、仕方ないよね、よく確かめなかったわたしも悪いし……」
「イヤなら無理しなくてもいいのよ」
「だって、今から受け直せる高校なんて無いし……」
ズズズ……
めっちゃ年寄りみたいな音をさせてお茶をすするお祖母ちゃん。
この五月で古希、それで猫舌なんだから仕方ないんだけど、癇に障る。
コトリ
分かっちゃったのか、飲みかけの湯呑を置いた。
「ごめん、そんなつもりじゃ……」
「じゃあ、いっそ、昔の宮之森に通う?」
「え?」
「引退したけど、お祖母ちゃん魔法少女だったからね、それくらいの魔法は使えるし」
「え、えと……どうやって?」
お祖母ちゃんは、現役の頃から型落ちの魔法少女で、ドジばかりしていた。だから、第一線の戦闘部隊からは外されて、内勤の事務仕事とか新米魔法少女の相談係りとかばかりやっていたんだって。そんなお祖母ちゃんに、いきなり言われても、ブタさんが「なんなら空飛んでみせようか?」って言うくらい戸惑ってしまう。
「うちは時司(ときつかさ)って苗字でしょ」
「うん」
「大昔は、朝廷の陰陽師の家系でね、時間の管理とかしていたんだよ」
「初めて聞いた」
「そうだっけ?」
「えと……昔の宮之森に通うって?」
「亜世界の宮之森」
「あせかい?」
「うん、異世界の手前。まあ、パラレルワールド的なかな? 派手な魔法とかは使えないんだけどね、忘れ物取りに行ったり、調べものしたりをね。異世界と違って、ほとんどこの世界と同じだから、昔の人に教わってくるようなこともしてたからね」
「でも、高校って三年間だよ。三年間昔に行きっぱなしになるじゃん」
「ううん、通いでいいんだよ。朝に、昔の学校に行って、夕方には今の時代に戻って来る。まあ、通いのタイムトラベル的な……かな?」
なんかあやふや~。
「ほら、お祖父ちゃん落語が好きだったでしょ。特に八代目の三遊亭円馬」
「うん」
ひとりヘッドホンで落語聞いて笑ってたお祖父ちゃんを思い出す。
「古典落語の名人だったけど、円馬さんは、昔に戻って六代目に稽古つけてもらっていたんだよ」
「そうなの!?」
「うん、真打になったのも亜世界でだったし。その渡りを世話したのは、曽ばあちゃんだったりしてね」
「そうなの……」
ちょっと、そんな気になってきた。
☆彡 主な登場人物
時司 巡(ときつかさ めぐり) 高校一年生
時司 応(こたえ) 巡の祖母 定年退職後の再任用も終わった魔法少女
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