第11話 無能の所業

「っ…ソアラ」


 艶やかな黒髪の美しい少女が部屋に入ってくる──その手には無造作に布の塊を持って。

 その少女は不愉快そうに「ソアラ」という名前を呼んだ内務次官を睨め付けていた。

 内務次官を氷のような目で睨み付けているのはもう一人。白髪混じりの神殿庶務官。


 少女がパチンと指を弾く──殺意を伴った魔力が膨れ上がり、一点目掛けて矢のように突き刺さった──そう、内務次官の左耳を半分削りその後ろの壁へと。


「……お嬢ちゃん、完全無詠唱かよ」


 ガゼールが呆れ果てたように呟く。

 まるで、が魔法を放つ様な魔力構成。

 にしておくの勿体無いな…いや、不死人イモータルだったかと、魔族側に引き抜きたいなとガゼールが改めて思い直す。


「ガゼール違う、そうじゃないというかそれは不可だ」


 ガゼールの思考を読んだのか、駄々漏れだったのかは判らないがイストが釘を刺す。


「そちらの内務次官はだいぶ埃を溜め込んでいそうだな」

『つーかソアラって誰だよ…セリカとあの無能知り合いなのか?』


 冷ややかな目をした大神官が王宮の使者を見やる。

 王宮側の人間は、恐怖によって誰一人動くことが出来なかった。セリカの魔法と大神官の視線によって。


「そちらさんは謝罪だけじゃ済まなさそうだな?なうちのセリカが解りやすく激怒してるのも珍しいが…どうやら、うちの庶務官が何か知ってそうだしな?」


 ちらり、と庶務官の顔を見る。

 その庶務官は未だ内務次官その無能を親の仇を見るかの如くであった。






 殺気に染まったセリカは落ち着くまで茶でも飲んでいろ。ということで大神官に追い出された。居ても邪魔なだけである。


 ◆◇◆


「セリカお嬢様は、亡くなられたグラシア侯爵の後継者です。そこの無能とは違いな」

「……どういう事だい?」


 庶務官の言葉に第二王子が反応する。

 無能と呼ばれた内務次官グラシア侯爵は猿轡を噛まされながら顔を真っ赤に怒りに染めて暴れるも、脇腹に王子が靴先を叩き込んで呻いていた。


「殿下、貴族家の婿には継承権ございますか?」

「婿養子ならば……あぁ、そういうことか。あの抜け目無いじーさんならこんなの婿養子にはする訳無いな」


 第二王子と庶務官のやり取りで取り合えず見えてきたことがあった。

 婿による貴族家乗っ取りは比較的重罪になる──特に上級貴族では。

 目の前にいる、現グラシア侯爵を名乗る無能は公文書を偽造──更に重罪──の可能性も含め徹底的に調べられる事が決定した。


「お前……貴族の所で執事やってたとか言ってたけどグラシア侯爵の所だったのか」

「裏取りしないでその場で採用する方もどうかと思いますが……」

「いや、ほら新規立ち上げ部門で人手足りなくて即戦力欲しくてなー」


 そのやり取りに神殿の秘書官がジロリと大神官を睨む。


『身元くらい確認してくれ』


「侯爵家の令嬢だったというなら、なんであんな国境近くの寂れた村で村人に疎外されて一人で居たんだ?」


 当時、既に母親は居なかった。

 時折、気の良い村の婦人が周囲を憚る様に食事などを差し入れていたが。


「そこの無能の所為ですね」


 裏取りしてくださいと前置きして、庶務官は当時の状況を語り始めた。

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