第2話 大猿会が始まる

 現実世界とはがらりと様子が変わった世界――らしいのだけど、吹雪で真っ白なため、せっかくの異世界がまったく見えなかった。


 危険を承知で、外に出た。

 着膨れするくらいに厚着をして……それでも寒いけど。


「家から駅まで、方向は分かってるから……見えてなくともいけると思うけど」


 目を瞑ってもいける自信がある。物心ついた時から住んでいる我が家だ……、家から駅までの間は、私の庭みたいなものである。


 たとえ大吹雪の中でも……、でも今更なんだけど、赤く染まったエリアの形とか、距離って同じなのかな……と考えてしまう。

 私が知っている町と今の異世界の地形がまったく違えば、私のアドバンテージはまったく活かされない。


 スマホで調べたところ、駅から現実世界へ戻れるらしいとのこと。……地下鉄でもいいけど、駅にさえ入れば、そこだけは異世界の影響を受けない安全地帯らしい。


 事態が収まるのを待って、家でじっとしていることも考えたけど、モンスターがいるなら家を壊される可能性もあるわけで……、してこない、とは思えなかった。

 だから危険を承知で、駅までならなんとか……、行動を起こせる余裕がある内にいってしまおうと思ったのだ。この選択が悪手なのかは、まだ分からない……。


 寒さはあまり感じなくなっていた。

 それは、命の危険を知らせるアラートなのでは?


 体調のこともあるけど、それ以上に……恐怖が感覚を麻痺させていて……。


 真下を見る。視界不良でも、自分の足は見えて――足跡。


 私はいま、私以上に大きな足跡の上に、立っている。



 その足の形は人のそれに似ているけど、でも……大きさ以上に、獣っぽい。


 もっと言えば、猿っぽい。


 クエスト……猿……、吹雪の中の、大猿会……?



「だ、誰、ですかー……?」


 ふしゅるるる――、という息遣いが近距離で聞こえる。


 すぐ後ろ、以上に、……え? 耳元にいるの……?


 分厚い体毛が、私の頬を撫でた。


 いる。


 すぐそこに。


『モンスター』が。




 逃げる、逃げる……――雪を踏む足音は一つじゃない。

 大猿『会』と言うだけあって……一匹じゃないのかもしれない。


 記憶を頼りに、駅までの道を辿る。

 私が知る地元と今の地元は地形が違うかもしれないけど、だからと言って進む方向を変えるのは、より悪手だ。

 ただでさえ吹雪で方向感覚も狂うと言うのに……、体が覚えた道順を、感覚で進めば、それが基準になる。モンスターに追われていながらも、進むべき道だけは見失ってはいけない……!!


「あっ……」


 途中、私の知らない坂道に、足を取られる。尻もちをついて、そのまま十メートル以上も滑り……――坂道の凹凸に体をぶつけ、体の向きも変わり、ごろごろと転がり落ちる。


 平坦な道まで辿り着いたけど……、――ここはどこ?


 まずい。

 今の坂道で、駅までの道順が狂った……ッッ。


 私は後ろからやってきたから……、でも、真っ直ぐに転がり落ちたわけじゃない。斜めに落ちていれば、このまま直進しても駅には辿り着かない気がする……。


 知らない内に駅を越えてしまえば、次に見える駅まで、また逃走劇を続けなければいけないし――、私の体力も、もう持たない。


 麻痺しているけど寒さは私の体力を奪っている……加えて、背後からの恐怖に、私の精神力も削られていて……っ。


 ここはどこなの?

 私の……っ、私たちの地元を、返してよッッ!!



 視界を覆うホワイトバックに薄っすらと見える影……それは人型ではあるけど、人ではない。

 炎のように逆立つ毛並みが、人とは違う存在だと主張している。


 数匹じゃない……もっといる。


 群れ、だ。

 そして、特に大きな一匹が、近づいてくる。


 大地を揺らしながら――私を、狙っているの……?




 ――メール受信。


 チュートリアルをスキップしますか?


 はい/いいえ



 はいを選んだあなたを、自動的に異世界【デービーバック】へ『国籍』を移します。


 これによりあなたのステータスが開放されます。


 習得条件なし【魔法】/習得条件あり【スキル】を開放。


 レベルを開放。【0】……変化あり――【1】を獲得(注意事項……獲得したレベル、習得したスキルは、現実世界へ国籍を移した時点で)。



 初回特典を獲得。

 三回のみ、高レベルでしか扱えない魔法を獲得。


 追加特典あり。

 一回の戦闘でしか使用できない高ランクの剣を獲得(使用後は壊れアイテムとなります)。


 ボス攻略ヒント――

『群れとなり動くモンスターは、単独では獲物を捕らえられません』



 ――以上になります。


 それでは異世界【デービーバック】の世界を、存分にお楽しみください。





 ……振動するスマホに気づけば、なぜかタッチしてもいないのに、勝手に画面が明るくなり、しかも受信したメールの内容を、勝手に音声で読み上げられて――、

 だけどおかげで、文字を目で追う必要がなかった。


 内容を耳で聞いた。

 よく分からなかったけど、よく分かった。


 理解したわけじゃない。

 感覚だけで……、把握する。


 私はこの状況を打破する、大きな力を手に入れた、ということだ。

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