第9話
「準備完了よ」
二日後、作戦決行日。
サーニャはそう宣言した。
サーニャは、白をベースに黒のアクセントが入ったモノトーンのスーツを着ていて、美しい紅の髪を三つ編みに結っている。ハブコロニー《plh-01》で俺がこっそり買った編み込み用のリボンで彩られている。
どうやら、気に入ってくれているようだ。
大きな作戦の前だというのに、サーニャに緊張の色は欠片も見当たらなかった。
「そうか。それじゃあ、しばらくは待機だな」
俺は背もたれに寄り掛かる。
手持ち無沙汰になったので、傍らの収納からレーヨンを一つ、取り出してかじった。
サーニャはすいっとメインオペレーターシートを動かし、手のひらを差し出してくる。俺はレーヨンを一つ取り出し、サーニャの口元に近づける。
いわゆるあーんというやつだ。
しかしサーニャはひょいっと俺からレーヨンを奪うと、ぱくりと食べてしまった。
「……あまりおいしくはないわね」
「まあ、栄養補給を第一に考えたものだからな」
と、ぴぴぴぴぴと通信のアラームが鳴り、作戦司令部からの通信チャンネルが開いた。
『作戦開始まで、あと三分を切りました。機体の最終確認を終わらせ、出撃の準備を整えてください。また、オペレーターは点呼を完了してください。以上』
「ようやくか。イフテ、解析作業はいったんストップして、戦闘に全システムを集中させてくれ」
イフテは普段は能力の9割を解析作業に回している。さすがにこの作戦中はそのようなことをしているような余裕はないだろう。
『かしこまりました』
俺はコンソールを操作して、この作戦の概要を表示する。
今回の作戦の目標は、この星系で活動する武装組織《イーゼルタ》の壊滅だ。《イーゼルタ》はこの近辺を荒らして回り治安を悪化させている組織で、組織のメンバーの中にはすでにDead or aliveの賞金首が何人も確認されている。
噂によれば、隣国からの秘密裡の支援を受けているらしく、単なる武装組織としてはありえないほどの軍備を整えているようである。
参加するのは、レイテリーナ第三王女の旗艦《エースルーズ》を筆頭とした帝国近衛隊の空挺部隊、そして帝国軍の精鋭部隊に、俺たちのような冒険者である。
冒険者にはこの宙域で活動する以上それなりの腕利きがあつまっており、俺のような新人はごくわずかだ。
ちなみに、先日会ったルミナは《ピッグス》の防衛隊の砲手の任務につくようだ。
《イーゼルタ》の本隊はここからハイパースペースを一時間ほど進んだ場所にある宙域で潜伏しているのを帝国軍のレーダーが捕捉している。
作戦の概要を眺めていると、再びぴぴぴぴぴと通信のアラームが鳴り、作戦司令部からの通信チャンネルが開いた。
『全艦へ通達。本作戦への点呼を完了した艦は出撃せよ。繰り返す。本作戦への点呼を完了した艦は出撃せよ』
ようやく、作戦開始の時間だ。
「いくぞ!」
「ええ」
俺はサーニャの返事を聞くと同時にハンガー内のカタパルトを起動する。
「《ノルネ》、発進!」
電磁加速機が青く光る。
そして、《ノルネ》は優雅に加速し、あっという間に宇宙空間へと飛び出た。
「すごい光景ね」
《ノルネ》のカメラには、《ピッグス》から次から次へと宇宙船が飛び出してくるところが映し出されていた。
宇宙船は《ピッグス》を出ると、次々と《エースルーズ》を中心とする艦隊へと加わっていく。
艦隊の船には、軍用機とそれ以外…すなわち、冒険者の船が存在する。
軍用機と冒険者の機体は全く趣向が違うが、それぞれに良さがある。
軍用機は整備性や戦闘能力、長時間の活動能力、効率性などが追求された画一的なデザインで、そんな軍用機が隊列を組んでいるのは息をのむほどに美しい光景だ。
一方で、冒険者の機体は大きさも形もばらばらだが、各々の持ち主の思想が反映されている。それはロマンだったり、あるいは長年の経験であったりするが、歴戦の船はどの船もまた素晴らしい。
そんなことを滔々と語ったが、サーニャには軽く聞き流されてしまった。
俺はさみしい気持ちになりながらも、艦隊の同期システムを利用して艦隊へと加わった。
続々と船が艦隊へと加わっていく。そして、十分とかからずに艦隊が完成した。
中央に第三皇女の旗艦《エースルーズ》があり、その周囲を帝国軍近衛隊の艦隊が展開し、右翼と左翼にはそれぞれ帝国軍が展開するといった陣容だ。
我々冒険者は、役割などに応じて艦隊の各所に散りばめられるように配置されている。俺たちがいるのは、右翼の前方だ。
聞くところによると、軍との関係が深い冒険者は、クエストという形で一時的に部隊へ加わったりしているようである。
と、レイテリーナ第三皇女の旗艦《エースルーズ》から艦隊全体へ向けて通信が飛ぶ。
『全友軍に告ぐ。これより作戦司令官たるレイテリーナ第三皇女より、お言葉がある。心して聞くように』
そう音声が流れると、ぶうんと立体映像がモニターに映し出される。
その昔、人類が光速を突破する移動方法を発見したころ、普段の通信では通信量を抑えるために映像は流さずに音声だけで済ませるのが普通だった。
帝国ではその慣習が今でも残っていて、艦船間や艦船とコロニーの通では音声とデータのみしか授受しないのが普通なのだ。コックピットの画面や人員などは、戦闘に直結するかなり重要な情報であり、傍受されることの危険性は極めて高い。それに、冒険者や運び屋など、宇宙船を商売道具にする職業に守秘義務が要求されることが多いのも関係しているだろう。
レイテリーナ皇女は軍式のボディスーツに身を包んでいる。
重力が弱いためか、ライトブルーの髪が芸術的に波打っていて、持ち前の美しさとも相まって一種の神々しささえ感じられた。
『帝国軍の諸君、冒険者の諸君。まずはこの作戦への参加に対して礼を言おう。この作戦は、我が帝国に属するこの宙域を私有化し、不届きにも荒らして回っている宙族だ』
まだ若干15歳と若いにも関わらず、堂々としたふるまいだ。
『我々は必ずや連中を根絶やしにし、この宙域で好き勝手にふるまう連中に思い知らせてやるのだ。悪は必ず滅びる。勧善懲悪こそがこの世の真理だということを!』
レイテリーナ皇女はそう言うと、高らかに宣言する。
『全軍、ワープ開始!』
立体映像が消え、司令部のオペレーターの機械的なカウントの声が通信で流れる。
『ワープ開始まで、5......4......3......2......1......』
そして、
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