第5話

焦げ茶色の地味なローブを着込んだサーニャと共に、俺は《ピークス》の中にある商業エリアへと降り立った。


手を繋ごうとしたら、ひょいっと避けられてしまった。曰く、「ここは混んでないでしょ」とのことだ。

……まあ確かにそうだが、飲食店には恐ろしい行列ができている。多分、犯人は俺だろう。


俺は腕時計型のパーソナルデバイスを起動して、冒険者ギルドまでのルートを確かめる。


「あっちだな」


サーニャにそう道を示して歩き始める。ほどなくして、俺は後ろから「おい!」と声をかけられた。


振り返ると、おそらく同業だと思われる男が三人、立っていた。

全員、少々柄が悪そうな連中だ。先頭の男は、何やら刺青を顔に入れている。そして、残りの二人もそれぞれ右手と左手に刺青を入れ、それが見えるようにボディスーツの一部分をわざわざ透明な素材にしていた。


「その小袋……売ってくれ」


と、先頭の顔に刺青を入れた男。


「……これか?」


俺は剣帯にくくりつけてあるお守りを取ってみせる。


「それだ!」


食い気味に応える先頭の男。その目は、欲望にギラギラと光っていた。

さっきの近衛兵の女性とは違う、金への欲望に染まった目だ。


……経験上、こういう目をしたやつは破滅する傾向にある気がする。


「いくらで?」

「300万出す」


男はそう即答した。

なかなかに高い値段だ。

俺はこういうヤバげな連中相手に下手に交渉するのも危険だと思い、もうその値段で決めてしまうことにした。

サーニャという全てを打ち倒せる武力はあるものの、有形無形の嫌がらせを受ける羽目になるかも知れない。


「いいぞ。ただし……サイラス侯爵領には持ってかないこと。いいな?」

「あ、ああ」


顔に刺青を入れた男が返事したのを受けて、俺はパーソナルデバイスの決済画面を差し出す。おぼつかない手つきで男は取り出し、気持ち悪いほどに満面の笑みを浮かべて送金手続きをする。

俺は振り込みを確認し、ひょいっと小袋を放ってやると、男は慌ててキャッチする。

そして、大事なものでも抱えるようにそっと胸に抱いた。


「じゃあな」


俺は関わり合いになりたくないので、そそくさとその場を去る。


「……300万?」


傍で唖然としているサーニャの頭をぽんぽんと撫でて、俺は「行こう」と促す。


「……あれ、そんな値打ちものなの?」

「値打ち物というより……いわくつきというか」

「そんなものをどうしてもっているのかしら?ひょっとして、サイラス侯爵となにかあったのかしら?」

「まあ、色々あってな。……ついたぞ」


俺は冒険者ギルドとデカデカと書かれた看板を見上げる。


中は事務スペースと酒場に分かれていた。他のコロニーとまったく同じ構造だ。


もちろんこの宙域では酒は希少なため、提供されているのは果実水(作者注・果実の味になるように化学薬品で味付けした水のこと)のはずだが……それでも、狂ったようにどんちゃん騒ぎが繰り広げられている。


人は雰囲気だけでもここまで酔えるものなのかとある意味感心してしまう。


「2日後に大規模な作戦があるらしいわよ」


と、常人よりはるかにいい耳を持つサーニャが耳打ちしてくる。

どんちゃん騒ぎの中でぽろっと漏らされた情報をキャッチしたらしい。


「それは参加しないとな。とりあえず、色々と話を聞いてみるか」


俺は事務スペースの端末を操作して、順番待ちをした。

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